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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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オルダムでの初めての年越し

 降誕祭が終わると、年が開けるまではあっという間だ。


 精霊魔法訓練所が閉鎖されている為、日々の勉強は、ルークや若竜三人組の誰かが一緒に行ってくれる城の図書館での自習と、本部の自室でガンディやヴィゴ、マイリーやルークが交代で教師役を務めてくれて、進めていた。

「苦手だった歴史も、少しずつだけど分かるようになってきました」

「贈った本が、役に立っているようで良かったよ」

 教科書代わりの歴史書を抱きしめてレイが嬉しそうに言うのを聞いて、マイリーが本を片付けながら笑って振り返った。

「それにしても、ずいぶん増えたな。もう全部読んだのか?」

 一歩下がって、本棚を眺めながら感心したように言うマイリーに、レイも、持っていた歴史書を戻しながら首を振った。

「この段に置いてあるのは全部読みました。僕のお気に入りの本達。一番下の段の図鑑と歴史書は、まだ半分ぐらいかな、全部は読んでないです。三段目は、これから読む本だよ。あ! この陣取り盤ってすごく面白いね。もう夢中になって読んだの。今はガンディやヘルガーに教えてもらってます」

 陣取り盤の説明書を取り出して見せると、マイリーは嬉しそうに笑った。

「お、嬉しい事言ってくれるな。どれ、ちょっと見てやるから盤を持っておいで」

 机に向かうマイリーを見て、レイも目を輝かせて大急ぎで陣取り盤と駒の入った箱を持って行った。

「よろしくお願いします!」

 駒を並べていると、盤の上にシルフ達が乗って、つまらなさそうにこっちを見ている。

「退いてください。駒を並べてるんだから」

『つまんないの』

『何が面白いの?』

 並んだ駒を見ながら首を振って、彼女達はいなくなった。

「陣取り盤に限らず、ゲーム全般が精霊達には不人気みたいだな。俺がしていても、しばらく見ているが、すぐにいなくなってるぞ」

「そうなんだ。あ、確かにそう言えば、ドワーフギルドでジグゾーパズルをしていた時も、つまらなさそうにしていたね」

「ジグソーパズル? ああ、ブレンウッドのドワーフギルドが最近売り出した玩具だな。噂は聞くが、まだ現物を見た事は無いよ。どんな遊びなんだ?」

「えっとね、一枚の木の板を、どうやるのか分からないけど細かく凸凹の模様をつけながら切り離してあるの。それを元に戻すんだよ。本当にピッタリ嵌るんだよ。僕が初めてやった時は、破片も大きくて簡単に出来たんだけど、この前ブレンウッドで見たのは、破片の数が500枚もあったんだよ」

「500枚って事は、25と20の四角か?」

「うんそう。板には元々絵が描いてあって、見本の絵があるから、それを見ながら組み立てるんだよ」

「へえ、面白そうだな」

 話していて、ルークとこれをお土産にしようと話していたのを思い出した。

「ああ! 帰る時に、頼んでお土産にしようと思っていたのに、すっかり忘れてたや!」

 それを聞いたマイリーは、堪える間も無く吹き出した。

「それは残念だな。でも、ブレンウッドでは人気になっているらしいから、春にはこっちでも売りだすんじゃないか?」

 それを聞いたレイは、目を輝かせた。

「だったら良いな。僕、絶対買うよ」

「じゃあ、楽しみに待つとしよう。さて、どうする?一度やってみるか?」

 てっきり、説明から入るんだと思っていたから、レイは嬉しくなった。

「じゃあ、俺の駒は減らしてやるよ」

 そう言うと、マイリーは女王の駒を取ってトレーに置いた。

「それから、先に三手置かせてやる。好きに動かして良いぞ」

 驚いていると、見ていたラスティが教えてくれた。

「実力に差がある対戦の場合、こんな風に初心者に有利になるようなやり方があるんです。さて、三手頂いたらどう置きますか?」

 気が付くと、いつの間にかニコスの精霊が腕の上で駒を指差している。

「駄目だよ。自分でやるんだから」

 心の中で話しかけて、それでも最初は教えてもらった駒を順に動かした。

 しかし、せっかく有利になるようにしてもらったが、勝負はあっという間についてしまった。

「うう、全然駄目です」

 机に突っ伏して泣く真似をしているレイを見て、しかしマイリーは笑わなかった。

「驚いた。正直言って、もっと簡単に勝負がつくと思ったんだがね。お前は充分健闘したぞ。うん、これは将来が楽しみだな。頑張ってこれも精進してくれよな」

 満足そうにそう言うと、その後は、駒の展開の仕方や攻められた時の守備の方法など、攻略本を片手に、実際に動かしながら教えてくれた。

「歴史の勉強より、こっちの時間の方が長かったな」

 陣取り盤を片付けていると、すっかり暗くなった外を見ながらマイリーが笑った。

「ありがとうございました! すごく勉強になりました」

「お疲れ様。それじゃあ一旦戻るよ。夕食は皆で一緒に行こう」

 手を振って出て行くマイリーにもう一度お礼を言って、レイは嬉しそうにラスティを見た。

「えへへ、負けちゃったけど、これは褒めてもらったって思って良いんだよね」

「そうですね、私も驚きました。僅かの間に、ずいぶんと腕を上げましたね」

「ヘルガーやガンディのおかげだよ。でも少し分かってきたけど、これって本当に知れば知るほど難しいね」

「もっと簡単なゲームもあるんですけれどね」

 その言葉を聞いて目を輝かせるレイに、ラスティは小さく吹き出して頷いた。

「では、手配しておきましょう。その陣取り盤を使って遊ぶ別のゲームもありますよ」

「お願いします!」

 無邪気に笑う彼に、もう一度大きく頷くラスティだった。




「早いね、もう12の月も今日で終わりなんだよ」

 雪が降る窓の外を見ながら、レイは窓辺に座ったシルフに話しかけた。

 ルーク達は皆、城での祭事に参加する為、昨日から誰も本部に帰って来ていない。

 今日と明日の二日間は、朝練の訓練所も閉まっていると聞き、のんびり起きて、一日中部屋で本を読んで過ごしていた。

『蒼の森では、もうすっかり大雪になってるぞ。今年の冬も、始まりはゆっくりだったが雪は多いようだな』

「そうなんだ。皆は元気でやってるのかな?」

 しばらく声を聞いていないのを思い出し、不意に寂しくなった。

『呼んでやろうか?』

 優しい声に小さく頷く。

『レイ元気でやっていますか?』

 目の前に現れたシルフから、嬉しそうなタキスの声が聞こえた。

「タキス! うん、元気だよ。昨日から竜騎士の皆はお城の祭事でずっといないの。僕は本部でお留守番なんだよ」

『レイ!元気でやっとるか!』

『レイ!元気なようですね、安心しましたよ』

 慌てたようなギードとニコスの声も聞こえた。

「ギード! ニコス! ごめんね。中々連絡出来なくて」

 考えてみたら、降誕祭の贈り物のお礼を言ったきりだ。

『構わんよ』

『言ったろうお前の生活はそこにあるのだから』

『気にする必要はないぞ』

「あ、まだ言ってなかったけど、あの後バルテンがオルダムまで来てくれてね。陛下から直々にお褒めの言葉を貰ったんだって」

 感心したような三人の声が聞こえた。

「それでね。すごいんだよ……あ、これって言っても良いのかな?」

 ブルーのシルフを見ると、笑って頷いてくれたので、バルテンが男爵の位をもらった事を報告した。

『だ……男爵ですと!』

『これは驚いたドワーフに爵位が贈られるなんていつ以来だろうな俺も聞いた事が無いよ』

 感心したようなニコスの声に、レイは頷いてルークから聞いた事を話した。

「えっとね、150年くらい前に、戦ですごい手柄を立てたドワーフに爵位が贈られた事が有るんだって。でもドワーフってそういう爵位とかには全然拘らないから、貰っても喜ばなかったんだって。それで、それ以来ドワーフへの褒美は、品物やお金で送られるのが普通になったんだって」

『まあそうだろうな』

『宮廷で議会に出るドワーフなど聞いた事が無いわい』

 呆れたようなギードの言葉に、ニコスも苦笑いしている。

『しかしギルドマスターであるバルテンなら話は違うぞ』

『爵位が有れば色々と仕事がやり易くなるだろうな』

『そうでしょうねブレンウッドにも旧市街に貴族達がいますからね』

『彼らとの仕事は間違いなくやり易くなりますよ』

『バルテンを揶揄(からか)う種が増えたな』

 楽しそうなギードとニコスの声を聞きながら、レイは、貴族との仕事って何をするんだろうなどと、呑気に考えていた。


 それから、降誕祭の時に皆からどれだけ沢山の贈り物を貰ったかを夢中になって話した。


 でも、降誕祭の日の事件については話す事が出来なかった。話したら、また泣いてしまいそうだったからだ。

 しかし、蒼の森の彼らは、ブルーからテシオス達と一旦仲直りをした事も含めて、事件の詳細を聞いている。それでも、レイが話さない以上、彼らは知らぬ振りを通した。レイが自分から話してくれるまで、これは触れるべき事ではないと考えていたからだ。

 その後は、蒼の森にどれほど雪が積もっているかを話して皆で笑い合った。


 手を振っていなくなるシルフを見送り、レイは小さなため息を吐いた。

「ありがとうね、ブルー。久し振りに皆の声を聞けて嬉しかったや」

 肩に乗ったシルフが頬にキスしてくれた時、指輪から火蜥蜴がするりと現れた。

「あ、もうそんな時間なんだね。いってらっしゃい。新しい火を貰っておいで」

 そっと指で頭を撫でてやると、火蜥蜴は嬉しそうに目を細めて小さく鳴いた。

『ピィ』

 驚くレイの指にもう一度頬擦りすると、火蜥蜴はくるりと回っていなくなってしまった。

「ああ、行っちゃったや。すごい。二度目だねあの子の声を聞けたのは」

 嬉しそうに笑うと、窓から空を見上げた。

 真っ白な雪が、強い風に吹かれて殆ど真横に飛んでいるように見える。

「オルダムの冬は、風が強いって本当なんだね。訓練所がお休みで良かった。こんな風と雪だったら、毎日ラプトルで通うのは大変だろうな。年が明けたら頑張ろうっと」

 雪が降る日は馬車で行くのが普通なのだが、そんな事を知らないレイは、訓練所が再開された後の事を考えて張り切っていた。


 その時、城中の鐘が一斉に鳴り始めた。遠くの街からも一斉に鐘の音が鳴り響く。

 数多の鐘の音は幾重にも重なって、美しい音を街中に響かせていた。

『新たなる年』

『新たな火が起こされた』

『綺麗な鐘の音』

『素敵』

『素敵』

 一斉に現れたシルフ達の声を聞きながら、レイも何度も大きく頷いていた。

「新しい年だよ。僕もいっぱい頑張るんだ!」

 これからの事を考えて、期待に満ちたレイの瞳は、まるで宝石のようにキラキラと輝いているのだった。

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