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蒼竜とのお出かけ

 その夜、彼は不思議な夢を見た。


 見たことの無い石造りの大きな建物の中で、一人の女性が、多くの精霊達に囲まれて立っている後ろ姿だった。

 硝子(ガラス)の嵌められた大きな窓から幾重にも差し込む光が、とても美しかった。

 しかし、違和感を感じてよく見ると、その女性は大人びてはいるが、わずかに見える輪郭が幼い少女のようにも見える不思議な魅力を持っていた。

 しかし、凛とした立ち姿には、威厳のようなものさえ感じられ、声をかけることをためらわせる何かがあった。

 それに、着ている真っ白な服も、見たことの無い形のものだ。

 不思議に思い近付こうとするが、何故か体は思った通りに動かない。それに、視線が変だ。妙に高い。どうやら、誰かの視線を通して、この世界を見ているらしい。

 視線の主はゆっくりと歩いて、少女の後ろの少し離れたところで止まった。

 その時、目の前の少女が振り返った。

 甘えるような、幸せがあふれ出るような優しい笑顔で、差し伸べられた誰かの手を取る。その手は、あちこちにタコのできた、太くてがっしりした大きな手だった。

 そのまま、その手を差し伸べた男性の腕の中に抱きしめられる。

「愛してるわ、レイルズ……貴方となら何処へでも行けるわ」

 それは、母の声だった。


 目覚めは唐突だった。

 いきなり開いた目の前には、まさに、今にも前髪を引っ張ろうとしていたシルフがいて、お互いに目が合った瞬間、驚きのあまり硬直する。数秒見つめ合った後、大きく息を吐いた。

「お、おはようございます。今朝は起こされる前に起きたね」

 何を言っていいのか分からなくて、取り敢えず、まずはいつもの朝の挨拶をする。

『大丈夫?大丈夫?』

『何を見たの?』

『何を見たの?』

『怖く無いよ』

『怖く無いよ』

『泣かないで』

『泣かないで』

 慌てふためくシルフ達が、何度も彼の頭を撫でたり、髪を優しく引っ張ったりする。

 その時、自分が泣いていた事に彼は初めて気付いた。

 それは不思議な感じだった。悲しい感情は無い、どこも痛く無い、それなのに、涙が次々とあふれ、頬を濡らしている。

 しばらく呆然とベッドに座ったまま、ただ涙を流していた。

「レイ、大丈夫ですか?入りますよ」

 扉を叩く音がして、タキスの声がする。何と言っていいのか分からなくて無言で慌てていると、扉を開いたタキスと目が合ってしまった。

「どうしたんですか? シルフ達が慌てて知らせに来たので……」

 無表情で涙を流すレイを見て、驚きのあまり声が途切れる。

 そっと部屋に入って来て、ベッドの横で膝をついた。震えている手を取って両手で温めるように優しく摩る。

「どうしました?なにか、怖い夢でも見ましたか?」

 静かな声で問いかけるが、何と言っていいのか分からなかった。だって、何故自分が泣いているのか分からないのだから。

 ようやく涙が途切れた頃、タキスがシーツで顔を拭いてくれた。

「あのね……分からないの。どうして泣いてたのか」

 普通、泣いた時は息も苦しくなるし、しゃっくりだって出る。それなのに、今は普通に息ができるし、しゃっくりも無い。普通に話すことだってできる。

「何か、夢を見ましたか?」

 タキスが尋ねる。少し考えて、先ほど見た夢の話をした。

「その少女がお母様だったと?」

「うん、間違いなく母さんの若い頃なんだと思うよ。それに、レイルズって呼んでたから……」

「視線の主はお父上だったと?」

「多分……僕は父さんの顔は知らないけど、名前はレイルズだって聞いたよ」

 タキスは少し目をつぶって考えた後、ゆっくりと話し始めた。

「何とも不思議な夢ですね。ですがおそらく、貴方のその涙は、その夢で見た、誰かの感情に引きずられたんだと思いますよ」

「誰かって……誰?」

「さあ、それが誰かまでは分かりませんが、貴方が見たのは、予知夢……ではありませんね。その逆の過去見(かこみ)の力の一種でしょう」

「それはどんな力なの?」

「その名の通り、過去にあった出来事を誰かの目を通して見ることのできる力です。でも、ほとんどの場合、ごく近い肉親など、見ることのできる人物は限られると言われてますね。私も予知夢の力を持った方にはお会いしたことがありますが、過去見の力を持った方に会った事は有りませんね。こんな夢を見るのは初めてですか?」

「うん、母さんの夢は見たことあるけど……いつもの母さんだったよ。こんなの初めて」

 タキスが口を開こうとした時、廊下から声が聞こえた。

「おい、どうした? 」

「大丈夫か?」

 戻ってこないタキスを心配して、ニコスとギードまで見に来たらしい。

「大丈夫だよ、ちょっと寝ぼけただけ。心配かけてごめんなさい」

 レイが何でも無いように答えてベッドから降りる。タキスは何か言いかけたが、彼が笑う顔を見て、もう何も言わなかった。

「さあ、早く起きてください」

 代わりに背中を叩いて立ち上がった。


「え? 今日はお休みってどうして?」

 朝食を食べながら、今日は何をするのか聞くと、今日はあなたはお休みです。と、言われてしまったのだ。

「いいお天気ですし、ニコスがお弁当を作ってくれましたので、蒼竜様と今日は遊びに行ってらっしゃい」

 その言葉に驚いていると、目の前にシルフが現れた。

『蒼竜様来てる来てる』

『来てるよ来てるよ』

『お出かけお出かけ』

『楽しみ楽しみ』

「でも……」

「それと、明日は一日働いてもらいますが、明後日は夜明け前に出発して、街へ買い出しに行ってもらいますからね。あまり疲れ過ぎないように」

 タキスの言葉に飛び上がった。

「街へ行くの! うん、頑張って働くよ!」

「でも、今日はお休みですよ」

 ニコスが笑って、肩からかける大きな鞄を渡してくれた。

「ここに、お昼ご飯が入ってます。飲み物はお茶と、こっちの瓶にはミルクが入ってます。たっぷりありますから、飲む時に、両方半分ずつコップに入れて飲んでください。蜂蜜はこの瓶に入ってますから、匙で好きに入れてくださいね」

「お弁当だ!」

 嬉しくて大きな声が出た。

「こっちはおやつのビスケットです。ちょっとお腹が空いた時につまんでくださいね」

 もう一つ、小さな入れ物も渡されて、鞄の中に入れてくれた。

 軽くて薄いセーターを渡されたので、それを着てからマントを羽織るとお出かけの準備は完了だ。

 鞄を斜めに肩にかける。

「さあ、いってらっしゃい」

 表に出ると、庭に蒼竜が待っていた。

「それでは蒼竜様、レイの事よろしくお願いします」

「うむ、任せておけ。それではレイよ、出かけるとしようか」

 伏せてくれたブルーの腕に乗ったが、首の上側にはちょっと背が……届いた。

「あれ? この前は届かなかったのに?」

 不思議に思いつつ、何とか這い上がって首元にまたがる。

「いってらっしゃい」

「気をつけてな」

「楽しんでこいよ」

 三人に見送られて、ふわりと浮き上がる。ゆっくりと上空を旋回した後、山の方へ向かって一気にスピードをあげる。あっという間に流れる景色に、今朝の夢の不安も飛んで消えていくようだった。


「どこへ行くの?」

 しばらく眼下の景色を楽しんでいたが、心配になって尋ねてみる。

「竜の背山脈の途中に綺麗な草原があってな、今、秋の花が満開だそうだ。珍しい花もあるから、何なら、少し摘んでいくとよい。街でなら売れるかも知れんしな」

「売れるかな?分からないけど、せっかくだから摘んで帰ろうかな」

『売れるかな売れるかな』

『綺麗綺麗』

『お花沢山お花沢山』

 周りをシルフ達がクルクルと手を取り合って踊っている。それを見て、声を上げて笑った。


 途中の草地に、まん丸に配置された大きな石が沢山置いてある不思議な場所があった。

「あの丸い石、面白いね。どうしてあんな風に置いてあるんだろう」

「あれも太古の巨人が作った遺跡の一つだ。なぜ丸いのかは知らぬが、四季の一日ずつ、石の間から真っ直ぐに日が差して、とても綺麗な影が出るぞ」

「へえ、見てみたいな」

 思わず呟くと、ブルーが笑ったようだった。

「なら、今度連れて来てやろう。その時は、夕暮れも綺麗だが、夜明けが一番綺麗だと我は思う」

「楽しみにしてるね。えっと今度なら……春かな?」

「そうだな、冬はこの辺りの雪はとんでもない量だからな。やめた方が良いと思うぞ」

 遺跡の上をゆっくり旋回した後、再び向きを変えた。


 到着した草原は、まさに一面花の絨毯に覆われていた。最後の蜜を求める蝶や蜂達も沢山飛び回っていた。

 花の多くは小さな株の小花達だが、所々に、ひと抱え以上もあるような、大きな塊のようになって咲いている白い花もあった。根元の幹は、レイの腕ぐらいあった。

「すごいね、見たこともない花ばっかりだ。すごく綺麗……皆も来ればよかったのに」

 ふと、一人が寂しくて呟くと、シルフ達が何人も現れて髪を引っ張ったりマントの裾を引っ張ったりし始めた。

『遊ぼう遊ぼう』

『遊ぼう遊ぼう』

『追いかけっこ追いかけっこ』

『捕まえる捕まえる』

「鬼ごっこだね。誰が鬼?」

 すると、全員がレイを指差した。

「え? 僕がするの?」

 全員が頷いた。

 ちょっと考えて、足元の赤い花を一輪摘んだ。

 マントのボタンの穴に差し込んでおく。

「じゃあ、十数えたら追いかけるからね。あまり遠くへは行っちゃダメだよ」

 目を隠して数を数える。

 精霊達は少し離れたところで円陣を組むように少年を囲んだ。

「……八、九、十!」

 数え終わって目隠しを外した瞬間に、一斉にいろんな方向へ飛んで逃げる。

 しかし、ゆっくりなので簡単に手が届きそうだ。

 どの精霊も皆、笑いながらふわふわと飛んでいて、簡単に捕まえられそうで、もうちょっとで届かない。

 だんだんムキになってきて、草原を走り回った。

 あと少しで手が届きそうだったのに、あっと思った時には転んでいた。

 下草は柔らかく、全然痛くはなかったのだが……もしかして、今、転んだ時にシルフを下敷きにしたような気がする。

 起き上がろうとした時、一人の精霊が目の前に降りて来た。

『潰れた潰れた』

『ぺちゃんこぺちゃんこ』

『どうしようどうしよう』

『大変大変』

 真っ青になる。

「ご、ご、ごめんなさい。どうしよう」

 慌てて体を起こすと、ふわふわとシルフが飛び上がった。

「え?……無事なの?」

 半泣きになりながら言うと、皆が一斉に笑った。

『引っかかった引っかかった』

『イタズライタズラ』

『大丈夫大丈夫』

『怒らない怒らない』

 笑いさざめくシルフ達をあっけにとられて見て、ようやく自分がからかわれたんだと気付いた。

「もう! なんだよ、びっくりしたじゃないか。本当に潰しちゃったかと思ったよ」

 怒るつもりだったのに、イタズラが成功して大喜びのシルフ達を見ると、もうどうでも良くなって一緒に笑った。

「ずいぶんと楽しそうだな」

 疲れてきたので、花畑で仰向けに転がって空を見てると、ブルーがそばへ来て座った。

 地面は少し冷たかったので、ブルーの脚に乗りお腹の上で転がった。

 もう、太陽はすっかり上まで上がっていた。

「喉乾いたし、お腹すいたや。ブルー、ご飯にしてもいい?」

「もちろんだ、ほら、これだろう」

 シルフ達が、鬼ごっこをする時に足元に置いた鞄を取って来てくれた。

「そこの大きな石のところで食べると良い。テーブルに出来るだろう」

 ブルーが言うところには、たしかにテーブルにするにはぴったりの平たい石があった。

 鞄を持ってそこへ行ってみる。

「何があるのかな?」

 わくわくしながら鞄から中身を出していく。

 油紙で包んだ小さな丸パンが四つ入っていた。コップやフォークも入っている。

 言われた通り、甘い香りのするお茶とミルクをコップに入れてから、パンの包みを開けてみる。

 木の香りがする。

「これ、昨日の燻製肉だ」

 食べようとして、手を止めて一旦膝の上にパンを置き、精霊王への祈りを呟く。

 今度こそ、かぶりついた。

「美味しい!」

 大きな声で言って、もう一口かじる。あっという間に食べてしまった。

『美味しい美味しい』

『美味しい美味しい』

『燻製燻製』

『美味しい美味しい』

 シルフ達がご機嫌で踊っていた。

 それを見ながら、二つ目を開けてみた。

 薄くスライスしたハムが何重にもなって挟まっていて、そこにはレタスと燻製の卵が半分に切って並んでいた。大きな口を開けて食べてみる。

「これも美味しい。こんな玉子初めて食べるや」

 これも美味しくて夢中で食べた。

 合間にお茶を飲み、三つ目を開けてみる。

 一個目よりも赤い色をした、分厚い燻製肉が挟まっている。一緒に入ってるのはレタスとトマトを切ったものだ。

「これも美味しい!」

 肉の味が一番しっかり分かって美味しい。ゆっくり味わってたべた。

「どれも美味しいけど、三つめの味が一番好きかな?でも、燻製玉子も美味しい。どうしよう、お腹いっぱいになっちゃったや」

 最後の一つを手に持って考えていると、ブルーが顔を寄せて言った。

「まだ時間は早いから、置いておけば良いではないか。後でまた食べれば良い」

「そうだね、じゃあそうするよ。ごちそうさまでした」

 パン屑を払い、鞄に入れて残ったお茶を飲んだ。

 晩秋とは思えない穏やかで暖かい日差しの中、ブルーのお腹の上でお昼寝をした。

 レイのお腹の上と首元、それに髪の毛の中でシルフ達も一緒にお昼寝をするふりをしていた。


 目が覚めた後は、花を摘んだり、また追いかけっこをしたりと楽しく過ごした。

 ちょっとお腹が空いてきたので、さっきのパンを開けてみると、山鳩のハムとキリルのジャムが挟んであった。

「これも美味しい。ハムとキリルのジャムって合うんだ」

 初めて食べる取り合わせだったが、とても美味しかった。

 鞄から、ビスケットの箱も出してみる。割れたのがあったので、半分食べてみて、その美味しさに驚いた。

 サクサクなのに不思議に柔らかくて、口の中で溶けるみたいに無くなった。

「何これ、初めて食べるや! 美味しい!」

 残り半分もあっという間に食べてしまった。

「……もう一枚だけ、残りは後でまた食べよう」

 コップにお茶とミルクを入れて、もう一枚はじっくり味わって食べた。

 甘いミルクの入ったお茶と一緒に食べると、さらに美味しかった。

「お休み最高!」

 満腹になって、ブルーの背中にもたれながら伸びをする。

 もう、朝に感じた不安は、すっかり消えて無くなっていた。

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