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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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愚か者達の支払った代償と事件の後始末

 レイルズが、駆けつけて来た竜騎士達に連れられてこの場を去り、担架に乗せられたマークも、衛生兵に付き添われて運ばれて行った。

 残されたキムは、大きなため息を吐いて、振り返った。

 駆けつけた第二部隊の保安担当の兵士達に、取り押さえられているテシオスとバルドに向き直る。

「なんで、こんな馬鹿な事したんだよ」

 二人は、互いの顔を見て俯いた。それから、堰を切ったように泣き出した。

 ようやく今になって、己のしでかした事がどれ程無謀で危険で、そして愚かな行為だったのかをようやく理解したのだ。


 泣いているテシオスとバルドの周りには、見た事も無いくらいに怖い顔をした、大勢のシルフ達が空中から二人を取り囲んでいる。足元には同じく大勢の火蜥蜴達とウィンディーネ達も彼らを並んで睨みつけるようにして見つめていた。

 そして、キムの目には見えないが、巻き取られた問題の紙が宙に浮いたまま留まっているのを見ると、光の精霊達もまだそこにいるのだろう。

「シルフ、こいつらもう連れて行っても良いか?」

 キムが、近くのシルフにそう聞いたが、彼女達は誰も返事をしない。

 精霊達は、異様なまでの静けさで二人を取り囲んだきり、動こうとしなかった。

 教授の一人が、そっと近づいて来て声をかける。

「シルフ、どうした? まだ何か問題があるか?」

 異様なまでの緊張を孕んだ彼女達の様子に、精霊が見えるもの達は皆、異変を感じて黙って見ていた。

 その時、ようやく泣き止んだテシオスが、消えそうな小さな声で周りを見回しながら怯えたように呟いた。

「シルフ……何処にいるんだ?」


 キムは最初、彼が何を言っているのか分からなかった。目の前に、あんなに大勢の精霊達がいるのに、一体何を言っているのだろう。

 隣では、同じく泣き止んだバルドも、周りを見回して怯えたように呟いた。

「見えない。何処にいるんだよ、シルフ! ウィンディーネ!」

「シルフ! サラマンダー! 姿を見せてくれよ!」

 その二人が叫ぶ声を聞いて、ようやくキムは彼らの怯えの意味を理解した。


 テシオスは、風と火、バルドは風と水、それぞれ二つずつの属性に対して適性があり、それらの精霊達が見えて、その属性魔法が使えていたのに。

 今の二人の目には、今まで見えていたはずの精霊達が全く見えていないのだ。


『愚か者には罰を与えよ!』

『愚か者には罰を与えよ!』

『闇に染まりし穢れた手』

『我らと繋ぐ価値は無し!』

『愚か者には永遠(とわ)の孤独を!』

『愚か者には永遠の孤独を!』

『代償を払え!』

『己の為した愚行の意味を思い知れ!』

『思い知れ!』

 吐き捨てるようにシルフ達が口々にそう言い、ウィンディーネ達も、同じ言葉を口々に言い放った。

 火蜥蜴達は、頭を上げて威嚇するような短く甲高い声で鳴き、怒ったように口を開けて尻尾を打ち振っている。

『愚か者には永遠の罰を!』

 最後に、一際大きなシルフがきつい声でそう叫ぶと、精霊達は次々にくるりと回って順にその場からいなくなった。


 キムの目の前に来た大きなシルフは、彼の頬にキスをすると口を開いた。

『この場は我らによって封鎖される』

『人の子は全て立ち去るが良い』

「お待ちください!現場検証をしなければなりません!」

 それを聞いた第四部隊の兵士が叫んだが、現れたシルフ達は一斉に首を振った。

『この場はこれ以上人の子に晒してはならぬ』

『危険也』

『危険也』

『早々に浄化すべし』

『その後に結界の修復を!』

『急ぐべし!』

『急ぐべし!』

 その言葉を聞いた人々は、もう何も言わずに一斉に素直にその場を立ち去った。

 彼らは皆、精霊の判断が一番正しい事を理解しているのだ。


 引きずられるようにして立ち上がったテシオスとバルドは、両側と前後を屈強な第二部隊の兵士に囲まれて連行されて行った。

 その後ろ姿を見送り、これから、軍部の取調室でどのようなやりとりがされるのか考えて、キムは苦い顔になった。

「お前ら、本当に大馬鹿野郎だよ。自分達が失ったものがどれ程大きいものなのか、いずれ思い知るだろうさ」

 正直言って、偉そうで気に食わない所もある奴らだったけれど、このひと月程は確かに楽しかったのだ。

 自分でさえそうだったのだから、あの素直なレイルズが彼らが逮捕された事を知ったらどれ程心を痛めるか、考えただけで胃が痛くなりそうだ。

「まさか、処刑されるような事は無いだろうけど……これは、俺なんかが口出し出来るような事じゃ無いよな」

 大きなため息を吐いて、キムも足早に建物の外に出た。

 そして、この一件をダスティン少佐に連絡する為に、まずはシルフを呼び出した。



 精霊魔法訓練所は、一旦、ブルーが張った守護の結界によって守られ、その間にブルーが連れて来た光の精霊達によって、訓練所の全ての空間の浄化作業と結界の修復が成された。

 それは人間達がするよりも遥かに確実な行動だった。


 事件の知らせを聞いて、城の降誕祭の催事に参加していたケレス学院長が血相を変えて戻って来た時には、殆どの結界の修復作業は終わっていた。

 精霊達の仕事振りは、それ程の素早いものだった。




 竜騎士隊の本部に戻ったレイ達を待っていたのは、心配顔の若竜三人組とヴィゴだった。

「殿下とマイリーもすぐに戻って来る。一体何があったのだ? あの雷はラピスが放ったものなのだろう」

 ヴィゴの言葉に、またレイルズが泣き出してしまった。

 とにかく全員揃って一旦休憩室に移動して、まずは座ってそこでお茶を入れた。

 ルークが、レイルズを慰めている間に、タドラがマークから聞いた話を皆に報告する。

「先程、第二部隊の保安部のバイソン少佐から、レイルズからも出来れば話を聞きたいと言われた。大丈夫か?」

 ヴィゴのその言葉を聞いて、ルークは何か言いかけたが飲み込み、自分に縋り付くレイルズの肩を叩いた。

「そんなに泣いたら目が溶けちまうぞ。ほら、これで顔を拭けよ」

 ユージンが持って来てくれたお湯で絞った布で、そっと顔を拭いてやる。

 レイルズは大人しく、なされるがままだ。

 暖かい、蜂蜜がたっぷり入ったカナエ草のお茶の入ったカップを、ルークがそっと彼の手に持たせてやる。

 受け取って、まだ半泣きになりながらもゆっくりとお茶を飲む姿を全員が黙って見守っていた。


 ようやく落ち着いたレイは、飲み終えたカップを机に置いてヴィゴを見た。

「はい、大丈夫です。でも正直言って……どうして彼らがあんな事をしたのか、僕にはさっぱり分かりません。座学を満点取っていたのなら、召喚魔法の危険性なんて、絶対に判っているはずなのに……」

 また涙ぐむレイのその言葉に、ヴィゴが片眉を上げた。

「待て、何の話だそれは?」

「え? 何が?」

 レイがヴィゴの質問が分からず、首を傾げる。

「俺が調べた限り、彼らはこの一年間で座学の単位を一つも取っていないぞ。しかし実技に関しては、この半月程で下級の全ての単位を取っている。そもそも座学の単位が一切取れて無いのに、なぜ次の段階の魔法陣の授業を始めているのだ?」

「え? テシオスとバルドは、座学の単位はほぼ全部、満点で取ったって言ってたよ」

 思わず、その場にいた全員が首を傾げた。

「彼らが嘘をついていたとしても、単位を管理している教授達まで騙されているのは、どういう訳だ?」

 嫌な予感にヴィゴが立ち上がろうとした時、ノックの音が聞こえた。

 アルス皇子と、補助具を付けたマイリーが入って来る。

 立ち上がって迎えた彼らに挨拶も無しに、二人はレイルズの前に来た。そして黙ったまま、交互にそっと抱きしめてくれた。

「よく無事で……そして、よくやってくれた。君の勇気に心からの敬意を表するよ」

 アルス皇子にそう言われて、またレイの瞳に涙があふれた。

「幼き勇者に心からの敬意と感謝を」

 マイリーがそう言ってレイの額にそっとキスをすると、もう一度力一杯抱きしめてくれた。

 また泣き出したレイルズを、マイリーは黙って泣き止むまでずっと抱きしめていてくれた。


 レイルズが落ち着くのを待って、改めて全員が椅子に座る。

 最初に口を開いたのはマイリーだった。

「とにかく今、分かっている事だけでも報告しておこう。問題のテシオスとバルドの二人は、軍本部の取調室に連行された。ただし、未成年である事を鑑みて、取り調べにはそれぞれの家から派遣される執事が付き添う事になるだろう。まあこれは家柄も考えると当然の配慮だろうがな」

 全員が食い入るようにマイリーの話を聞いている。

「精霊魔法訓練所は当分の間、閉鎖されるそうだ。建物の一部に甚大な被害が出た事と、研究施設にも損害が出ているそうだ。こっちは物理的な被害では無く、闇の眷属に接した事による研究施設内の浄化処置の確認の為だそうだ」

「研究員達にとっては冗談じゃないだろうけど、まだ、その程度の被害で済んで良かったって事ですよね」

 ルークの言葉に、マイリーは頷いた。

「最悪の場合、結界の修復が取り返しのつかない程になっていたとすれば、このオルダムに、闇の眷属が出入り自由になるところだったのだ。そのような事態を考えただけで背筋が寒くなるよ」

 全員がそれを聞いて、無言で腰の剣に手をやった。

「闇の眷属の中でも、我々人族が相手に出来るのは、精々がガーゴイル程度までだ。あの場に、もしもレイルズがいてくれなければ……闇蛇はあの場にいた精霊使い全員を食い殺し、更に力を増していただろう。そのような事になっていたら、我々の精霊竜達でも太刀打ち出来たかどうか分からんぞ」

 ヴィゴの言葉に、若者達は全員震え上がった。

「全くもってその通りだ。犯人の誤算は、あの場に古竜の主がいた事だ。我らにとっては、この上もない僥倖だった訳だがな。既に第二部隊の者達が、一の郭にあるテシオスとバルドの自宅に向かっている。上手くすれば犯人を取り押さえられるだろうが、どうかな?」

「大人しく、捕まってくれると思うか?」

「念の為、第四部隊の精霊使い達が同行している。まずは、彼らからの報告を待とう」

 まるでその声を聞いていたかのように、机の上にシルフが現れた。

『残念ながら、無駄足だったようだぞ』

「ブルー!」

 顔を上げたレイの声に、シルフは飛び上がると彼の肩に座ってその頬にキスをした。

「ラピス。無駄足とはどう言う意味だ? まさかこの短時間で逃げられたのか?」

 マイリーの声に、シルフは首を振った。

『自宅に踏み込んだ彼らが見たのは、それぞれの家で倒れていた死後数ヶ月は経っている死体だった』

「どう言う事だよ、それ」

 ロベリオの声に、マイリーは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「要するに、この忌々しい一連の事件は、まだ続いていたって事か!」

 自分の補助具を取り付けた左足を叩いてそう言う彼を見て、全員が国境での戦いを思い出していた。

『そうだ、何処かに奴らを寄越した死霊術者(ネクロマンサー)がいる。其奴が間違いなくこの一連の事件の黒幕だろう』

「何処にいるか分かりますか?」

 アルス皇子の言葉に、シルフは首を振った。

『残念ながら、既に支配の糸は断ち切られておる。元を探るのは、もう我でも不可能だ』

 大きなため息を吐いたヴィゴとマイリーが顔を見合わせる。

「分かりました。とにかく今は、警戒を最大限にします」

「確かに、その程度しか出来そうにないな」

『念の為、他の竜達にも手伝わせて、シルフと光の精霊達に城を中心に周辺を巡回させている。今の所、闇の気配は雑魚程度しか引っかかってはおらん。この程度の雑魚は、何処にでもいるから特に心配は要らぬ』

「よろしくお願いします。我らに出来る事があれば、何なりと言ってください」

 アルス皇子の言葉に、シルフは笑って首を振った。

『其方らは、人である其方らにしか出来ぬ事をしろ。こちらは我と竜達が引き受ける』

 シルフの言葉に、全員が頷いた。



「ルーク、お前はバイソン少佐と連絡を取って、先にレイルズの事情聴取に立ち会え。若竜三人組は、城へ戻って降誕祭の祭事に立ち会え。何でもない顔をしていろ。何か聞かれても、もう解決したと言っておけ。夜には俺達が変わってやるから、それまで手分けして最低限でいいから祭事に顔を出しておく事。いいな」

 若竜三人組は、その言葉に直立して敬礼すると、レイルズの背中や肩を何度も叩いて、慰めるように額や頬にキスをしてから、手を振って足早に部屋を後にした。

「それじゃあ、殿下は陛下への報告をお願いします。俺とヴィゴは軍部へ顔を出して状況を確認します」

「わかった。父上も心配しておられるだろうからね」

 そう言うと、アルス皇子は、改めてレイルズの手を取った。

「とんだ降誕祭になってしまったね。どうか元気を出しておくれ。君には、我々が付いているから安心して今日は休みなさい。明日は、午後から私と一緒に父上のところへ挨拶に行くからね。そのつもりで準備をしておく事。いいね」

「分かりました。ご迷惑掛けて……本当にごめんなさい」

 また泣きそうになりながらも、健気に頭を下げる彼を皇子はもう一度しっかりと抱きしめた。

「大丈夫だ。君が謝る事など一つも有りはしないよ。堂々と胸を張っていなさい」

 背中を叩いてから手を離した皇子は、ルークに目配せして、彼が頷いたのを見てから部屋から出て行った。

「シルフ、軍本部のバイソン少佐と連絡を取ってくれるか」

 シルフを呼び出したルークがそう言い、マイリーとヴィゴも、もう一度レイルズの背中を叩いて頭を撫でてから二人揃って部屋を出て行った。

「了解です。それではお待ちしています」

 シルフが消えるのを見送ってから、ルークは大きく伸びをした。

「バイソン少佐が、担当の者と一緒に来てくれるそうだから、ここで待っていれば良いよ」

 小さくため息を吐いたレイは、ルークの言葉に頷いた。


 すっかり余裕を無くして、とにかくもう泣かないようにするのに必死だったレイは、休憩室のツリーの下に積み上げられたものすごいプレゼントの数々に、全く気付く事が出来なかった。

 プレゼントの山の上に座ったシルフ達は、つまらなさそうにリボンを引っ張りながら、何とか気付いてもらえないかと、ずっと必死で合図をしていたのだった。

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