降誕祭の始まり
「凄いね。大きなツリーがあちこちにあって、お城の降誕祭はとっても綺麗だね」
図書館での勉強を終えて、食堂へ向かう為に一旦外に出た時、中庭に設置された見事なツリーに気がついたレイとマーク、キムの三人は、寒い外の気温も気にせずにツリーの前で揃って見惚れていた。
「城の中庭の正面に飾ってあるツリーは、これの倍はあるぞ」
「何それ見たい!」
何気なく言ったキムの一言に、レイは目を輝かせる。二人はそれを見て、笑って顔を見合わせた。
「何なら、今日の授業が終わってから行ってみるか? 身分証があれば中庭までは俺達なら入れるぞ」
「噂の見事な城のツリーか。それなら俺も見たいよ」
同じく田舎出身で、辺境の砦ではリースのみだったので、そもそもツリーを見た事の無いマークも目を輝かせている。
「じゃあ、お前らの授業が終わったら一緒に見に行こう。ここに集合な」
「分かった。それじゃあ夕方にもう一度集合だな」
「楽しみだね。じゃあそれは後で、まずはお昼ご飯だよ。僕、お腹ぺこぺこだよ」
「しっかり食べろよ、育ち盛り」
マークに背中を叩かれて、態とらしく悲鳴を上げてキムの後ろに隠れた。
「助けて。マークが僕を虐めるの」
「それは大変だな……諦めろ!」
笑いながらそう叫んで、いきなりレイの首を抱えてふわふわな頭をぐしゃぐしゃにした。
「やだー!誰か、たしゅけてくらはい」
笑い過ぎて、途中から何を言ってるか分からなくなり、それが可笑しくてまた皆で笑った。
「何をやってるんだよ、お前らは。幼児組か」
呆れたような声がして、テシオスとバルドの二人が顔を出した。
「お、もう終わったのか? 今から昼食なら一緒に行こうぜ」
立ち直りの早いマークが顔を上げてそう言い、五人で一緒に昼食の為に食堂へ向かった。
「今日、授業が終わったら、城の中庭にツリーを見に行こうかって言ってるんだけど、お前らも行かないか?」
食後のお茶とデザートを食べている時にキムがそう言い、一瞬目を輝かせた二人は、しかし、顔を見合わせて残念そうに首を振った。
「魅力的なお誘いだけど、俺達しばらく、毎日補習があるらしい」
「まあ、かなり休んだから……それに、魔法陣の描き方と上級魔法も早く覚えたいしな」
「ああ補習か、やっぱりそうなるよな。まあ、頑張れ。それで早く全部理解して俺に教えてくれ」
遠い目をしたマークにそう言われて、思わずバルドが叫んだ。
「何言ってるんだよ! 順番から行けば、お前が俺達に教える役だろうが!」
それを聞いたキムとレイルズは、堪える間も無く同時に吹きだした。
「最初っから人を当てにするんじゃねえよ。まあ、気持ちは分かるけどな」
ようやく笑いを収めたキムにそう言われて、テシオスとバルドは揃って舌を出した。
「まあ、何処まで習うかって言われたら、俺達の場合は正直言って微妙だよな」
テシオスの言葉に、バルドもちょっと考えて頷いた。
「まあ確かに、習ったところで実践する機会があるとは思えないよな」
その言葉に、レイは驚いて顔を上げた。
「え? どうして?」
「だって、軍人のお前達と違って、俺達はそもそも将来は文官になるんだから、仕事で精霊魔法を使う機会があるとは思えないよ」
「いやいや、お前、何言ってるんだよ。そんなの絶対有利になるに決まってるじゃないか。俺はてっきりそのつもりで、今のうちに真剣に精霊魔法を習いに来ているんだと思ってたぞ」
キムの言葉に、二人が首を傾げる。
「だって、遠方の誰かと話をする時に、自分で風の精霊魔法の声飛ばしが使えたら、一々担当部署まで行かなくて済むし、内密の話だって人を介せず出来るんだから、し放題だろうが」
「そうだぞ。普段誰かを探す時には、シルフに聞けば少なくとも何処にいるかは分かるぞ」
「例えば内密の文書を隠す時に、鍵のノームと話が出来れば、自分でしか開けられない様に頼めるよな」
「いい考えだけど、城の鍵のノームは全員第四部隊が管理してるから、残念ながらそれは勝手には頼めないと思うぞ」
「あ、そうか。さすがにそれは無理か」
二人の話を聞いて、テシオス達は呆気にとられている。
「お前、座学で何を習ったんだよ。こんなの、精霊魔法を使える奴の常識だろうが」
「精霊魔法って、軍人が使うもんだと思ってた……」
「言われてみたら、確かにその通りだな。すげえな精霊魔法」
「だからお前ら、座学の知識が応用出来てないぞ! 覚えるだけなら、誰でも出来るぞ!」
キムの言葉に、テシオス達がまた揃って舌を出し、それを見た三人が笑い出して揃って大笑いになった。
「そうか、どうしてテシオス達は剣を持っていないのかって思ってたけど、お城の誰でも剣を装備している訳じゃないんだね」
その言葉通り、現役の第四部隊の兵士であるマークとキムは、腰に一般兵士が使う中剣と呼ばれる剣を装備しているし、レイは、当然ギードに作ってもらったミスリルの剣を装備している。
対して、テシオスとバルドの二人は、レイが着ているのと同じ騎士見習いの制服だが、剣帯も剣も装備していない。
感心した様なレイの言葉に、テシオスとバルドは顔を見合わせた。
「レイルズも軍人になるのか?」
「うん、そうだよ。いっぱい棒術や剣術の訓練もしてるよ」
無邪気な返事に、四人は苦笑いしている。
「俺達が偉くなる頃には、お前も立派な軍人になってるんだろうな。しっかり頑張れよな。頼りにしてるぞレイルズ君」
「えへへ、頑張ります」
照れた様に笑うレイルズを、二人もからかう様に突いて笑っている。
その会話を聞いていて、キムは違和感を覚えた。
「え?……こいつら、もしかして、レイルズの正体に気付いてないのか? じゃあ、どうしてわざわざ謝ってきたんだ?」
不意に寒気を感じたように身震いをする。
何故だか急に不安になってきたのだ。何か、重要な事を自分は見逃している気がしたのだ。しかし、目の前で大笑いしてじゃれ合っている彼らを見たら、そんな不安もいつの間にかどこかへ行ってしまった。
彼らと別れて午後の授業の教室へ向かっていて、レイは、自分が身分証明書を持っていない事に突然気が付いた。
「ええ、どうしよう。お城へは身分証が無いと入れないって言ってたのに」
泣きそうになり、教室にまだ教授が来ていない事を確認すると、レイはこっそりシルフに頼んでラスティを呼ぼうとしてもっと困ってしまった。
「えっと、ラスティは精霊魔法が出来無いんだよね。どうしよう。ルーク達は皆お城に行ってるって言ってたし……」
実は、呼ぶ側が精霊魔法を使えれば、受け取る側は使えなくても問題無いのだが、それを知らずに困ったレイは、考えた末に、ガンディに連絡を取った。
『どうした?何かあったか?』
何時ものガンディの声が聞こえたので、レイは身分証が無くて困っている事を話した。
『成る程了解した』
『それなら仮の身分証を発行してやろう』
『迎えの護衛の兵士が行く時に持たせてやる』
『それをもらったらそのまま彼らと一緒に城に行きなさい』
「ありがとうガンディ。わがまま言ってごめんなさい」
『こんな我儘可愛いもんじゃよ』
『それではしっかり勉強しなさい』
「はい、今から午後の授業です」
嬉しそうなレイの声に、ガンディの笑う声が聞こえてシルフは手を振っていなくなった。
「困りますね。ここで勝手に声飛ばしを使われては」
背後から聞こえた声に、レイは驚いて直立した。
「ええ? 声飛ばしは使っちゃ駄目なの? あ、駄目なんですか?」
慌てて言い直すレイルズを見て、恰幅の良い、地理担当のチャールズ教授は笑っている。
「一応、この部屋にも守護の結界が張ってあるはずなんですけれどね。まあ、貴方の竜からすれば、我々の張る結界なんて、紙切れも同然でしょうけれどね」
苦笑いしている教授に、レイは慌てて謝った。
「すみません。勝手に使っちゃ駄目だって、知りませんでした」
「まあ座ってください。緊急時は構いませんよ。必要だと思ったら絶対に使ってください。でも、普段は一応、声飛ばしを使いたい時は、専用の部屋が有りますからそこを使ってくださいね」
「分かりました。気を付けます」
そう言うと、渡された数冊の教材用の本を受け取った。
「それで、わざわざ隠れて声飛ばしを使って、誰と話していたんですか?」
「えっと、今日授業が終わったら、皆でお城のツリーを見に行こうって言ってたんです。でも、お城に入るのに、僕、身分証を持っていなくて……竜騎士の皆は、今日はお城へ行っててお仕事中だし、それで、白の塔のガンディに聞いたんです。どうしたら良いかって」
それを聞いて、驚いていた教授だったが、考えてみたら、毎日護衛の兵士が一緒にいるから、自分で身分証を持つ事など考えていなかったのだろう。その辺りは、世間知らずの貴族の子息の様にも見えた。
「それで、届けてくださるって?」
「はい、護衛の兵士の人が迎えに来てくれる時に、持って来てくれるそうです」
「良かったですね。それでは始めましょうか」
返事をして指示された頁をめくったレイは、真剣に教授の話を聞きながら、聞いた内容を必死でノートにまとめていた。
真剣なその様子を見ながら、護衛の兵士が持ってくるのが一体どんな身分証なのか、ちょっと気になった教授だった。
「ありがとうございました」
授業が終わって、ノートを閉じながら、レイは立ち上がってそう言った。
「はい、お疲れ様でした。それじゃあ気をつけて楽しんできてくださいね」
分厚い書類や本を抱えた教授は、そう言って笑うと部屋を出て行った。
「楽しみだな。お城の降誕祭のツリー、本部のツリーも大きかったけど、あれよりもっと大きいって、どんな風なんだろうね」
肩に座ったシルフに話しかける。
『楽しんでくると良い。今から行けば、暗くなるだろうから一層綺麗だぞ』
意味が分からなくて首を傾げていると、ブルーの声をしたシルフは笑いながらレイの頬にキスをしていなくなってしまった。
「ああ、行っちゃったや。まあ良いや。ブルーが綺麗だって言うんだから、きっと凄いんだろうな」
ノートや筆記用具をまとめて鞄に入れると、ワクワクしながら廊下を早足で歩き、夕焼けに赤く染まる表に出た。
騎竜を止めてある場所に、いつもの第二部隊の兵士の顔が見えた。
「キルート、お待たせしました」
駆け寄るレイルズに、キルートと呼ばれた兵士は直立して敬礼をした。
「今来たところです。ガンディ殿からお聞きしましたが、この後、城へ行かれるそうですね」
「うん、身分証が無いから、どうしたら良いのか分からなくて、でも誰に聞いたら良いのか分からなかったの。だって、ルーク達はお仕事中でしょう? それで、ガンディに聞いてみました」
「ええ、それで結構ですよ。これを預かって来ました。これを城の入り口の兵士に見せて頂ければ、そのままお入り頂けます」
そう言って、一枚の木札を渡してくれた。嬉しそうにそれを見て受け取ると、真剣な顔で書いてある文字を読み始めた
「あ、レイルズって僕の名前が書いてあるね。あれ? 保証人……? って所に、ガンディの名前が書いてあるよ」
「これは仮の身分証ですので、依頼されたガンディ殿が保証人になります。次回までに、正式なヴィゴ様が後見人の身分証をお作りしておきますので、今回は、これをお使いください」
「分かりました。えっと、キルートはどうするの? 先に帰るの?」
「いえ、お邪魔にならない様に、少し離れてついて行きますので、どうぞ私の事はお気になさらず、楽しんでください」
驚きに目を見張っていると、キルートは一礼してラプトルに跨ると、そのまま門の外に出て行ってしまった。
「お待たせ。寒かったろう。中で待っててくれても良かったのに」
「お待たせ。それじゃあ行こうか」
入れ違いにマークとキムの声が聞こえて、レイは満面の笑みで振り返った。
「うん、早く行こうよ。日が暮れるともっと綺麗になるって聞いたよ」
「お、よく知ってるな。精霊達がツリーに飾られた小さな蝋燭に火を灯してくれるんだよ。ちゃんと専用のランタンに入ってるから危険は無いよ」
キムの言葉に、マークとレイは目を輝かせた。レイは、花祭りの夜を思い出して更に嬉しくなった。
「早く行こう!」
我慢出来なくなったレイは、そう叫んで一気にラプトルに飛び乗った。
「それじゃあ、我慢出来なくなったレイルズ君が勝手に走り出したら困るから、俺達も早く行こうぜ」
それぞれ、自分のラプトルを担当の職員から受け取る。
彼らも、それぞれのラプトルの背に一気に跨ると、三人は並んで城に向かって速足で駆け出した。
その少し後を、キルートが付かず離れずの距離でついて来ている事に気付いたのは、最後尾を走るキムだけだった。
「まあ当然、そうなるよな。ってか、レイルズってどんな身分証持ってるんだろう。まさか、本物って事は……いやいや、それは無いよな。そんなの出したら大騒ぎになるぞ」
小さく呟いて首を振るキムを、シルフ達が楽しそうに見ていた。
先頭を走るレイは、訓練所の帰り道に寄り道するなんて、考えたら初めての体験な事に突然気が付いたのだった。
「どうしよう、僕、どんどん悪い子になりそうだよ」
小さな声でそう呟いたが、走りながら笑い出す自分を止められなかった。レイの肩や頭の上には、嬉しそうなシルフ達が座っていた。
『寄り道』
『寄り道』
『悪い子だね』
『悪い子だね』
「あはは、怒られたら一緒に謝ってね!」
人が多くなって来たので、ラプトルをゆっくりと歩ませながら、レイはそう言って嬉しそうに笑った。




