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空の旅

「これはまた……すごい眺めだな」

 ニコスが呆然と呟く声が聞こえた。

 眼下に広がるのは、点在する林と草地と岩場が、まるでタイル細工のように敷き詰められた不思議な光景だった。

 前方には、蒼の森ほどでは無いが十分に大きな深い緑の森があった。

「神々の視点ですね……」

「確かに、神々はこんな風に天の山から我々を見ておられるのでしょうか」

 感極まったように呟くニコスの呟きに、タキスも答えた。

 あっという間に、目指す大きな森へ到着する。

「どこへ行けばよいのだ?」

 蒼竜の声が響く。

「古塚の横を流れる小川沿いに東に進んだ所に、丸太小屋があるのがお分かりでしょうか?」

「ああ分かった、あれだな」

 わずかに首を東に向けて進路を変えた蒼竜は、ゆっくりと丸太小屋の前に着陸した。


「着きましたぞ、ギード……ほら、頼むから俺を絞め殺すのは止めてくれ」

 背中に張り付くギードにニコスが声をかけても、彼はしがみつく手を離さない。

「大丈夫?僕が支えててあげるから頑張って降りようよ」

 本気で手を貸すつもりで言うレイの言葉に、ようやく顔を上げたギードは、大きなため息を一つ吐いて泣くような声で答えた。

「……お、お気遣い感謝しますぞ。大丈夫ですのでどうかご心配なく」

 それを聞き、タキスとレイは順番に蒼竜の背から降りて、シルフ達が降ろしてくれた荷車を丸太で出来た狩り小屋へ運んで行った。

「先に降りますよ」

 ニコスが先に蒼竜の腕まで降りて、振り返って手を貸した。

 ギードは、半分腰が抜けていたようだが、何とか手を借りて転がるようにして地面に降りることが出来た。

「ワシはやっぱり地面の上が良いわい」

 地面に座り込んだまま、蒼竜を見上げて苦笑いする。

「諦めて慣れてくれ。こればかりはどうしてやることも出来ぬわ」

 面白がっているような笑いを含んだ声で、蒼竜が真面目に言った。

「分かっておるのですがな、こればかりは自分でもどうしようもございませぬ」

 一人と一頭は、顔を付き合わせて大真面目に話をしている。

 少し離れたところで、三人は必死で笑いをこらえて荷車の影に隠れていた。


「さて、予定より随分と早く着いてしまいましたので、先に捌いてしまいますか?」

「まあ、流石にまだ昼飯には早かろう」

 相談を始めた二人から離れて、まだ座り込んでいるギードのところへレイが走り寄り背を撫でた。

「大丈夫? お仕事できそう?」

「ありがとうございます、もう大丈夫ですぞ」

 苦笑いして立ち上がったギードは、レイの頭を撫でてから二人のいる荷車の方へ向かった。

「レイも獲物を捌くのか?」

 ブルーが興味津々で聞いてくるので、ちょっと考えて答えた。

「えっと、僕は鹿や猪は捌いてるのは見たことあるけどやったことはないんだよ。タキスには、大物は力が要るから僕にはまだ無理だって言われちゃった」

「なら見学だな。我も人が獲物を解体するのは見たことがないから楽しみだ」

 ブルーのお腹にもたれながら、疑問に思ったことを聞いてみた。

「ブルーって普段は何を食べてるの?やっぱり肉食なの?」

「何でも食うぞ。まあ、肉も食べれば果実や魚も食うな。とは言え、蒼の泉には魚はいないので、魚が食いたくなったら、森の横の川か湖へ行くな」

「そうなんだ、じゃあみんなが作ったハムやベーコンは?ニコスはお料理がとっても上手いんだよ」

 面白そうに笑うと、レイの体に頬擦りしながら答えた。

「我の体の大きさを考えてみろ。大鍋いっぱいのスープでも我にとっては一口にもならぬ」

「そっか、確かにそうだよね。残念だな、とっても美味しいのに」

「その分レイがしっかり食べてくれれば良い」

 頬擦りされて倒れそうになり、鼻先に抱きつき笑った。


「レイ、我々で先に大物を捌いてしまいますので、あなたはどうしますか?」

 タキスが側へ来て聞いた。

「ブルーも見てみたいんだって。ここにいた方がいい? 」

「まあ、それなら好きにしててください。蒼竜様、レイのことよろしくお願いします」

 蒼竜を見上げて笑ってそう言うと、タキスは小屋の方へ戻って行った。

 三人は、小屋の横にある川へ向かった。なんとなくレイとブルーも少し離れて着いていく。

 そこには二人の小さなノームがいて、鹿と猪の上に座っていた。

「見張りをありがとうございました。特に問題ありませんでしたかな?」

 ギードが手に持った何かの瓶をノーム達に渡す。

『特に問題なし良い夜であったぞ』

『良い夜であった』

 囁くような声で答えると、それを受け取って消えてしまった。

「なるほど、狩った獲物はノームに番をさせておったのか」

 ブルーが感心したように言う。

「今、何を渡したの?」

 振り返ったギードが教えてくれた。

「あれは酒でございますよ。獲物の番を頼む時には、いつもお礼に酒を渡しております」

「ドワーフの飲む酒ならば、奴らも満足するだろう」

 面白そうにブルーが言った


 その後、三人は手分けして、あっという間に大物を捌いてしまった。

 初めは後ろで見ていたが、残念ながらほとんど手元が見えなくて、途中からブルーの頭に乗せてもらって上から見学した。

 その後の、小さな山鳩や土ウサギを捌く時には、レイも少しだけ手伝った。

「なんと、もう終わってしまったわい」

「そうですね、二日の予定が一日で済んでしまいましたね」

 切り分けた肉を麻布や油紙で包みながら、皆で笑った。

「お昼は、作業の合間に軽く摘んだ程度でしたからね、少し早いですが、ここで食べて帰りますか?」

「まあ、確かに腹は減ったが……正直、満腹で空を飛んで平気でおれる自信はないぞ」

「それは困ります!」

「やめてそれは嫌だよ」

「御免こうむります」

 三人が真顔で同時に言い、全員が吹き出した。

「我もそれは勘弁願いたいな。ならば片付けて帰るとしよう」

 ブルーも大真面目にそう言い、全員が頷いた。

「それが良いですね。ところでレイ、お腹空いてませんか?」

「帰るまで我慢できなければ、簡単なもので何か作るぞ」

 竜人二人に心配されて、レイは首を振った。

「僕、今日はほとんど何もしてないもん。まだお腹も空かないよ」

 笑って言い、大きな肉の塊を荷車に乗せる手伝いをした。ブルーは面白そうに皆が働いているのを見ていた。


「それでは蒼竜様、またよろしくお願いします」

 タキスが改まって蒼竜に声をかけ、順番に背に乗って行く。最後にシルフ達がそっと荷車を背中に乗せて帰る準備は完了だ。

「それでは戻ると致そう。帰りは丁度夕陽に向かって飛ぶから、綺麗な夕焼けが見れるぞ」

 翼を広げた蒼竜がそう言うと、ふわりと浮き上がり西に向かって一気に加速した。

 今度は我慢したらしく、なんとも言えない牛のうなり声のような不思議な悲鳴が森にこだました。


 飛んでいる竜の背から見る夕陽は、確かに特別に美しかった。皆、無言で目の前いっぱいに広がる光景に見入っていた。

 夕焼けに世界が赤く染まる中、自分達の少し下を白い渡り鳥の群れが飛んでいる。

「まさか飛んでる鳥を上から見る日がこようとは、思ってもみませんでしたね」

 タキスが呟くように言う。

「本当に、なんとも不思議な眺めだな。それにこの夕焼けの美しい事。俺は詩人ではないが詩の一つでも詠めそうな気分だよ」

 ニコスも、鳥を見下ろしながら言った。

「夕焼けの中を帰りし愛し子よ、迷わぬように泣かぬよに、精霊王の見守りよあれ、精霊王の祝福よあれ」

 レイが(そら)んじた詩を聞いて皆驚いた。

「レイ、それは……何処で覚えたんですか?」

 タキスが驚きを隠さず尋ねる。

「村長が、よく僕らが遅くまで遊んでると言ってたの。これを聞くと、もう帰らなくちゃって気になってね。結局いつも解散になっちゃったんだよ」

 夕陽を見ながら笑う少年を見て、皆無言だった。


 日が暮れる前に家の前に到着した。ゆっくりと着地したブルーの背から順番に降りる。今度はギードもなんとか自力で降りてきた。

「ありがとうございました蒼竜様、お陰で随分と楽させていただきました」

 タキスが降りて礼を言う。

「本当にありがとうございました。良い経験をさせていただきました」

 ニコスも嬉しそうに礼を言った。

「あ、ありがとうございました……まこと、良き眺めで御座いました… …」

 降りたまま座り込んだドワーフを見て、蒼竜は喉を鳴らすようにして笑った。

「諦めて早く楽しめるようになってくれ。そう度々怖がられては我も何やら切ないぞ」

「今日は来てくれてありがとうブルー。会いたかったから嬉しかったよ」

 体にもたれかかるようにしてキスをした。顔を寄せてくれたので、鼻先にもキスをした。


 荷車を降ろした後は、皆で手分けして荷物と肉を家へ運んだ。

「明日からは何をするのだ?」

 蒼竜が、荷降ろししている上から覗き込んできた。

「明日からは、この肉を保存のために数日かけて下ごしらえをします。その後また茹でたり燻製にしたりしてハムやベーコンにするんです」

 ニコスが答えるのを聞いて、ちょっと考える。

「燻製作りは見てみたいな。では、その時にまた見にくることにしよう」

「もう帰るの?」

「うむ、もう今日の仕事は終わりであろう。早く家へ入って休むと良い」

 見上げるレイに頬擦りしてから、大きく翼を広げた。

「レイよ、いつでも遠慮せず呼んでくれれば良い。シルフ達が伝えてくれる、すぐに飛んでくるからな」

 もう一度頬擦りしてからふわりと浮き上がり一度頭上をゆっくり旋回すると森に帰って行った。

 大きな姿が見えなくなるまで、皆で見送った。

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