光の精霊達と王都への到着
赤く染まり始めた夕陽を背に、二頭の竜はオルダムを目指して並んで飛行していた。逸る心のままに来た時よりも速い速度で進んでいると、不意にブルーが速度を落として止まった。
「どうしたの?」
急に止まったブルーに驚いて、レイはブルーが見ている足元の森を同じように見下ろした。彼の目には、何の変哲もない森に見えるが、ブルーは違うようだった。
真剣な様子で、黙って森の一点を見つめている。
「どうした? ラピス」
ついて来ないブルーに気付いたルークが、パティに合図して戻って来た。
「シルフ、念の為この辺り一帯を調べておけ。 光の精霊よ、シルフと共に行け。万一の場合、森ごと徹底的に浄化しろ」
『了解了解』
『調べる調べる』
『清めよ清めよ』
『大事な森を』
『守るよ守るよ』
『我らの森を』
ブルーの声に、不意に何十人もの光の精霊達が現れて、同じく大勢現れたシルフ達と共に、そう言いながら一斉に森に向かって飛び去っていった。
「一体何事だ?」
言葉も無くそれを見送った時、背後のガンディの呟きにレイは答えられずに首を振った。心配そうに下の森を見ていると、背中の上にいるレイに、ブルーは振り返って喉を鳴らした。
「ちょっと妙な気配が残っていた。大丈夫だ心配いらぬ。あくまでも念の為だ」
何でも無い事のように言って、東の空を見た。
「このまま行けば。今日中にはオルダムに到着できそうだな。さあ、行くとしよう」
大きく翼を広げると、パティに一度だけ頷いてそのまま東に向かって飛行を続けた。パティも何も言わずに、その横についてそのまま東に向かった。
しばらく、誰も口を開かず飛行を続けたが、日が沈んで一気に辺りが闇に染まり始めた。
「だんだん暗くなってきたね。えっと光の精霊さん、照らしてくれますか」
レイが胸元のペンダントに向かって話しかけると、五人の光の精霊が現れて二頭の前と左右について明るい光を放ってくれた。
「おお、こりゃ良いや。以前ヴィゴと一緒に帰った時は、真っ暗な中を飛んだからね。やっぱり灯りがあると心強いよ」
嬉しそうなルークの声に、皆も笑顔になった。
「さっきはすごく大勢の光の精霊達がいたね。ブルーは何人の光の精霊とお友達になってるの?」
「我と常にいるのは二十人だけだな。後は、ここら辺りにいた光の精霊達を呼び集めたのだ」
「……つ、常にいるのが二十で、後はその場にいた? あの数が?」
ガンディの叫ぶ声に、ブルーはまた振り返った。
「人には見えぬのだろうが、ウィスプは少しでも光のある所なら何処にでもいるぞ。その気になって呼び集めれば、シルフの数よりも多く集まる」
「いやいや、それは普通では有り得んだろう。本来、ウィスプを見つけるのは容易な事では無い」
驚いて首を振るガンディに、ブルーは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「我にとってはそれが普通だ」
「すごいねブルーは」
絶句するガンディや周りの者達に気付かず。レイは嬉しそうに笑ってブルーの首を叩いた。
「えっと、もう暗くなったけど、光の精霊ってまだその辺りにいるの?」
顔を上げたレイがそう言った途端、あちこちに小さな光が灯り、囁くような声が聞こえた。
『主様がお呼び』
『主様がお呼び』
『でも人の子がいるよ』
『我らが見えない人の子がいるね』
『おかしな集まり』
『不思議な集まり』
『変なの』
『変なの』
「え? ちょっと待て。おい、これ……誰の声だ?」
突然、ルークがそう言って辺りを見回した。
「え? 光が増えてる? どういう事だ?」
「ルーク……お前は光の精霊は見えなかったはずだ。彼らの声が聞こえるのか?」
ガンディの声に戸惑いつつも頷くルークの周りには、何人もの光の精霊達が集まって、嬉しそうに短い彼の髪を撫でたり肩に座ったりし始めた。
「これって……初めて見る精霊だけど、こいつらが光の精霊なのか?」
今、彼の周りにいる精霊達は、光を発してはいないのでルークには見えない筈だ。しかし、彼の目線は完全に精霊達の動きと一致していた。
「おお、素晴らしい。これは完全に見えておるな。よしよし、帰ったら改めて確認してみよう」
ガンディは、そう言って嬉しそうに何度も頷いた。
光の精霊の全く見えないモルトナとロッカは、彼らの会話の邪魔をしないように黙っていた。
「ええと……ルークです。よろしくな」
戸惑いつつも、自分の腕に座った光の精霊に大真面目に話しかけているルークだった。
「そろそろ腹が減ったな。シルフ、この下は降りても大丈夫か?」
ルークの声に、シルフ達が現れて嬉しそうに頷いた。
『大丈夫だよ』
『大丈夫だよ』
『この辺りに危険な肉食獣はいない』
『森狼はもっと北にいる』
「ブルー、何処か降りられそうな場所ってある?」
レイがそう話しかけると、ブルーは小さく喉を鳴らした。
「ならば、この先に小さいが草原がある。そこで食事にすると良い」
ブルーの案内で草原に降り立った一行は、まず火を起こしてお湯を沸かした。
二頭の竜の鼻先や翼に、幾人もの光の精霊達が座って光を放ってくれたおかげで、周りは昼と変わらない程の明るさになった。
ルークの頭の上と肩にも、ずっと光の精霊が座っている。
手早く人数分のお茶を入れて、携帯用のコップに注いで渡した。
「美味しい美味しいお弁当! ニコスの作ったお弁当!」
レイは即興お弁当の歌を口ずさみながら、鞄から取り出した包みを各自に手渡して回った。
自分の分をカナエ草のお茶の入ったコップと一緒に持って、ブルーの側に行き大きな足に座る。
「あ、生ハムだ。こっちは薫製肉と目玉焼きが入ってる」
包みを開いて嬉しそうに笑うと、精霊王へのお祈りをしてから食べ始めた。
「おお、噂に違わずこれは美味い」
薫製肉の入った方を食べながら、ガンディが嬉しそうに笑顔になる。隣で、モルトナとロッカも食べながら何度も頷いている。
「本当に美味しいよな。この生ハムや薫製肉も作ってるんだって?」
ルークも食べながら、感心したようにそう言った。
「そうだよ。狩りはギードがしてくれるの。凄かったんだよ。今年の秋に狩りに行った時は、大きな角を持った雄鹿と、大きな猪が二匹も取れたんだよ。それで皆で捌いたの」
「おお、そうか。狩りをしたら肉を食べる為には、自分達で捌かねばならぬな」
苦笑いしながらそう言うガンディに、街暮らしの者達も同意するように頷いていた。
「もちろんそうだよ。でもギードが言ってたけど、今年の狩りは様子がおかしかったんだって。たった一日でそれだけの獲物が獲れるなんて、普通は有り得ないって」
「たまたまその日は幸運だったのだろう。東の森には、獲物となる動物が多いからな」
話を聞いていたブルーにそう言われて、最後の一口を飲み込んでからレイは大きく頷いた。
「うん。ギードもしばらく心配していたけど、特に問題無いみたいだって言って笑ってたよ」
「そうだな。そういう事も時にはあるだろう」
優しいブルーの言葉に、レイは嬉しそうに何度も頷いて、街暮らしの皆に、薫製肉の作り方の説明をした。
「ご馳走様。それじゃあ行くとしようか」
ルークの言葉に、食べ終わって最後のお茶を飲み干したレイも立ち上がった。
「シルフとウィスプ達、帰ってこないね」
小さな声で話しかけると、ブルーは静かに喉を鳴らして頬擦りしてくれた。
「大丈夫だ。何の心配もいらぬ。レイには我が付いておるぞ」
大きなその頭に力一杯抱きついて、額にキスを送った。
再び光の精霊達に先導されて東に向かった彼らの目に、ようやく王都の灯りが見えてきたのは、かなりの時間が経ってからの事だった。
「おお、夜に空から見ると、美しいですな」
「確かに、地面に星空が有るようだ」
モルトナとロッカの呟きが耳元で聞こえた。彼らの声までシルフ達は律儀に届けてくれる。
確かに、彼らの言うようにまだ休むには早い時間だった事もあり、街には前回よりも多くの光が煌めいていた。
「凄いね。あの一つ一つの光が全部、誰かのお家なんだね」
レイの言葉に、全員が改めて光る街並みを見つめた。
ほんのりと赤い色や、消えそうな程に弱い光、煌々と灯る白っぽい光など、よく見ればそれぞれに光が違う。そこには確かに様々な人の暮らしがあるのだ。
「平和な日常ほど大切なものは無い。それを守る為に、俺達がいるんだよ」
ルークの言葉に、真剣に頷くレイだった。
暗闇の中に浮かび上がるように美しい城を上空から見て、レイは感嘆の声を上げた。
「凄い。この前見た時よりも光が多いね」
「前回よりもかなり時間が早いからな。レイルズ、もう光の精霊達を呼び戻せ。中庭に降りるぞ」
ブルーに言われて、レイは光の精霊達を呼び戻した、彼らは素直にペンダントの中に戻ってくれた。
ルークの周りにいた光の精霊達も、それを見て残念そうにいなくなったが、そのうちの二人は、ルークの頭の上と肩に座ったまま動こうとしなかった。
「お疲れ様でした」
篝火が煌々と炊かれた中庭にゆっくりと降り立った二頭の竜に、第二部隊の者達が駆け寄って来た。
「失礼します」
ブルーの腕にも声を掛けて竜人の兵士が上がり、ガンディとロッカが降りるのを助けた。彼らが降りてから、レイも自分でブルーの背中から飛び降りた。
そのままブルーの背中に上がった兵士達が、手早く装備を外して持って降り、手綱と鞍を外してくれた。
「おかえり、待ちかねたよ。オパールとラピスもご苦労だったね。今夜はゆっくり休んでくれ」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはマイリー以外の全員が揃っていた。
「ただいま戻りました」
直立して敬礼するルークの横で、モルトナとロッカも直立して敬礼をした。レイも慌てて横に並んで、見様見真似で直立して敬礼をした。ガンディはそんなレイを見て、密かに笑っていた。
「ああ、その箱はこっちへ。後はまとめて休憩室に運んでくれるか」
ルークの言葉に、大きな箱が一つ台車ごと渡された。
「……これか?」
アルス皇子の言葉に、全員が頷いた。
「とにかく行きましょう。マイリー様に合わせて、補正せねばならぬかもしれませんからな」
「そうですね。恐らくリーザンよりもマイリー様の方がお身体は逞しいでしょうから、補正は必要でしょうね」
ロッカの言葉に、モルトナも同意して頷いた。
ルークが台車を押して、一同はそのまま足早に白の塔の入院棟に向かった。
振り返って手を振るレイに大きく喉を鳴らしたブルーは、彼らが建物に入るまで見送り、そのまま自分の寝床である湖に戻って行った。
その日のマイリーは夕方頃から全く落ち着かず、夕食を食べた後はもう何も手につかなかった。
信じられない思いと、信じたいという思いが交錯して、自分でもどうしようも無い。
「まるでプレゼントを待つ子供みたいだな」
不意に我に返って恥ずかしくなり、一人でそう呟いて苦笑いしていた。
その時、廊下が俄かに騒がしくなり、焦ったようなノックの音がした。
「起きているよ、どうぞ」
応えると、すぐに扉が開いてガンディ達だけでなく、竜騎士隊の全員が入って来た。
「ただいま戻りました」
ルークが敬礼してそう言うのを見て、マイリーも同じく敬礼を返して頷いた。
「ご苦労だったな。それで、どんな成果があったって?」
マイリーの言葉に頷くと、モルトナとロッカが急いで持って来た大きな箱を縛っていた紐を解いた。
全員が固唾を飲んで見守る中、金具を外して蓋を取り外す。中には大きな袋がいくつも詰まっていた。
赤いリボンの付いた袋を、二人がかりで大事そうに抱えて取り出す。
ヴィゴがベッドの横の机を移動させ、空いた場所にその袋を置いた。
「これでございます。マイリー様、起きてこちらの椅子に座って頂けますか」
背もたれのない丸椅子を置いてロッカが言うと、ヴィゴが起き上がったマイリーを抱き抱えてその椅子に座らせた。
「まずは、ズボンの上からで結構です。装着してサイズを確認致しますので、痛い箇所や窮屈だと思われる箇所があれば言ってください」
今のマイリーが着ているのは、薄手の部屋着だけだ。
「失礼します」
モルトナがそう言って袋から取り出したベルトの塊を手に、マイリーの足元にしゃがみ込んだ。
隣にロッカが跪くと、二人掛かりでマイリーの足を持ち上げて補助具を足に通した。
全員が無言で見つめる中、足の甲から足首部分のベルトを締める。
マイリーは何も言わない。
頷いた二人は、続いて膝下と膝の上まで引っ張り上げて、そこでもベルトを締めた。膝の左右には見慣れない曲がった棒が取り付けられている。
「ちょっと痛いな。もう少し緩めてくれるか」
膝上部分のベルトを指差して、マイリーが口を開いた。
「ここですね。これぐらいでしょうか?」
一つ穴を緩めて締め直す。
「ああ、それで良い」
頷いたマイリーに二人も頷き、太腿の付け根部分にもベルトを締めた。ここは最初から二つ緩めた位置で締める。
「さすがに、一年半車椅子生活だったリーザンとは足の太さが違うな」
後ろで見ていたガンディが、その様子に嬉しそうにそう言った。
腰に回したベルトも、伸びる革を引っ張り上げて位置を確認してしっかりと締める。
二人が頷き合って立ち上がった。
「さあ、説明は後です。とにかく、ご自身でその補助具の成果をご確認ください」
立ち上がって胸を張る二人に、マイリーは真剣な顔で一度だけ頷いて、そのまま手をついてゆっくりと立ち上がった。




