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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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森への帰宅

 駐屯所に到着したレイは、中庭にブルーの姿を見つけて歓声を上げて駆け寄った。

「ブルー!」

 ラプトルから飛び降りて、その勢いのままに大きな顔に飛びついた。

「元気そうで何よりだ。ブレンウッド滞在は楽しかったようだな」

「うん! あのね、タキス達が会いに来てくれたんだよ。一緒に緑の跳ね馬亭に泊まったの。それからルークと一緒に神殿に参拝したんだよ。もうね、街中の人が出て来たんじゃないかってぐらいに凄い人だったの。えっとそれからね……」

 勢いのままにまくしたてるレイを見て、ルークが笑いを堪えながら声を掛けた。

「おいおい、落ち着けって。皆が驚いているだろうが」

 慌てて周りを見ると、何人もの兵士が呆気に取られてこっちを見ていた。

「えへへ。久しぶりにブルーに会えて、ちょっとはしゃいじゃった」

 照れたようにそう言って、もう一度大きな顔に抱きついた。

 ブルーは、嬉しそうに静かに喉を鳴らしてくれた。

「おかえりなさいませ。昼食をご用意しておりますので、こちらにどうぞ」

 司令官の声に、レイは抱きついていた手を離した。

「えっと、食べてくるから待っていてね」

「ああ、行っておいで。其方は育ち盛りなのだからしっかり食べなさい」

 ルーク達と一緒に建物の中に入る時に、振り返って手を振るレイに、もう一度ブルーは大きく喉を鳴らした。

 一般の兵士達は、ブルーが人間が苦手だという事を聞いているらしく、皆、遠巻きにして敢えて誰も近付こうとしない。

 気にせず、ブルーはその場に丸くなって翼に顔を埋めた。


 食堂で司令官と一緒に皆で昼食を食べた後、中庭に戻ってくると、驚いた事に兵士達が大勢整列して待っていてくれた。

「対応は俺がするから、見ていると良い。これも経験だ」

 ルークにそう耳打ちされて、小さく頷いたレイだった。

「行くぞ」

 ガンディに背中を押されて、レイはブルーの側に行った。

「レイルズ様。ラピスに鞍を取り付ける為に、背に乗ってもよろしいでしょうか」

 ブルーの側にいた第二部隊の兵士達が数名、並んで敬礼しながらそう尋ねた。彼らは全員人間だ。

「えっと、ブルー。鞍を取り付けるんだって。背中に乗ってもらっても良いかな?」

 ちらりと彼らを見たブルーは、鷹揚に頷いた。

「良いって」

 振り返ってそう伝えると、彼らは顔を見合わせて頷いた。

「失礼します」

 順に二人が背中に上がり、下側の者と息を合わせてベルトを投げて身体に回すと、段取り良くあっという間に装着してしまった。鞍の横にはレイの荷物が取り付けてあった。

 大きな背から滑り降りて来た二人は、もう一度ブルーに挨拶してから下がった。

「ご苦労様。それじゃあ順番に乗ってくれるか」

 ルークに言われて、まずレイがブルーの背中に上がり、ブルーの腕に乗った第二部隊の兵士が、順番にロッカとガンディが登るのを手伝ってくれた。

 それを見てからルークとモルトナが、パティに乗った。

「それではこれにてお暇いたします。お世話になりました」

 ルークが竜の背から敬礼してそう言った。

「それではお気をつけて。またのお越しをお待ちしております」

 下がって敬礼する司令官の声に全員が一斉に敬礼する。前列には、見覚えのあるサディアスや朝練で一緒に手合わせしてくれた兵士達も並んでいるのが見えた。レイは嬉しくなって、ブルーの背から皆に手を振った。

「お世話になりました。ありがとうございました!」

 敬礼を解いた兵士達が、皆笑顔になって手を振ってくれた。

「それでは行くとしよう」

 ブルーが大きな翼を広げてそう言うと、ゆっくりと上昇する。

 湧き上がる歓声に送られて、一同は駐屯地を後にしたのだった。

 二頭の竜が飛び立った時、街からも大歓声が沸き起こった。

「すごいね。皆上を見てるよ」

 レイの嬉しそうな声に、ロッカとガンディも笑顔になった。

「人気者じゃな」

「人気者は、僕じゃなくてルークだよ」

 声を上げて笑いながらそう言うレイに、全員が呆れたようなため息を吐いたのだった。


 ブレンウッドの街から蒼の森の石の家まで、直線距離で空を行くと、本当にあっという間だった。

「こんなに近かったんだね」

 無邪気に笑う嬉しそうなレイに、もう皆笑うしかなかった。


 いつもの上の草原には、三人が並んで手を振ってくれているのが見えた。

「ああ、ほらタキス達がいるよ。あそこに降りてブルー!」

 声を上げてブルーの首を叩くレイに、ブルーは喉を鳴らしてゆっくりといつもの場所に降り立った。

「ただいま!」

 転がるように、高いブルーの背からいきなり飛び降りたレイにガンディとロッカは慌てたが、そのまま何事もなかったように着地してタキスに飛びつくのを見て、二人は顔を見合わせて苦笑いしていた。

「どうぞ、気をつけて降りてください」

 ニコスがブルーの腕に上がって来て、二人が降りるのを手助けしてくれた。それを見て、レイも慌てて降りるのに手を貸した。


 一旦、パティの背中に乗せていた荷物も全部降ろして、ギードが持って来た台車に積み上げて、二度に分けて全部持って下りると、家畜や騎竜達も集めて一緒に坂道を下りて行った。

 ガンディとモルトナ、ロッカの三人は、目を輝かせて辺りを見回していた。

「それじゃあパティ、今夜はここで待っていてくれるか」

 ルークも愛しい竜にそう言ってキスすると、皆の後を追って坂道を駆け下りて行った。

 ルークを見送ったパティは、大きく伸びをしてその場に丸くなった。それを見たブルーは、坂を下りた彼らが家に入ったのを確認してから、森の泉へ戻って行った。


「おお、これは素晴らしい。話には聞いておったが、これ程のものであったとは……」

 ロッカは扉を開けて入ったところで、上を見上げて歓声を上げて動かなくなってしまった。隣では、ガンディとモルトナも、同じように呆然と丸い天井を見上げている。

「さあ、まずはお部屋にご案内いたしますので、どうぞこちらへ」

 ニコスの声に我に帰った三人は、照れたように笑い合った。

 用意していた客間に、順に案内して、ニコスは夕食の準備の為に居間へ戻って行った。

 一旦荷物を部屋に置いてから、レイが順番に家の中を案内して回った。


「あの、もしよろしければ、向こう側の貴方の工房を見せては頂けませぬか」

 ロッカの言葉に、ギードは笑って頷いた。

「僕も見たい!」

 レイの言葉に、逆にモルトナとロッカが驚いてレイを見た。

「レイルズ様は、ギードの工房をご覧になった事が無いのですか?」

「おお、言われてみれば、見せてやると言っておったがそのままだったな。もちろんレイも一緒に来ると良い」

 頷くギードを見て、ガンディがタキスの肩を叩いた。

「ならばタキスよ。其方の薬草庫を見せてもらえるか?」

「ええ、喜んで。それではこちらに」

 タキスとガンディが薬草庫に向かい、ギードの案内で、レイとモルトナ、ロッカがギードの家に向かった。

「俺は遠慮するよ。居間にいるからゆっくりしておいで」

 ルークの声に、レイは振り返って元気に返事をした。


「廊下を開けてあるから、そちらから行くとしよう」

 笑ってそう言うギードに、レイも嬉しそうに頷いた。

「え? どういう事ですか? ギードの家は向こうでしょう?」

 不思議がる二人に、レイは自慢気に胸を張った。

「来れば分かるよ。すごいんだよ。石のお家は」

 案内されて来た洗面所の壁の棚を動かす二人を見て、モルトナとロッカは呆気にとられた。

「ええ! これは一体何事ですか?」

「おお、素晴らしい。戸棚がそのまま扉になっておるのですな」

 モルトナと違い、ロッカは一目でどうなっているのかを理解して感動していた。

「えっとね、今はまだ大丈夫だけど、雪が降り出したらさっき入った扉は雪で埋もれて開かなくなっちゃうの。だから、ギードの家とこっちの家は、渡り廊下でつながっているんだよ。普段は締めているけど、冬の間は開けておくんだよ」

 歩きながらレイが、同じように厩舎の扉や納屋の扉を開いて、一生懸命説明していた。

「家畜や騎竜は、冬の間はここにいてもらうの」

 もうすっかり掃除の終わった、家畜達の広い部屋を覗きながら、ここもレイが説明した。

「成る程、そのままさっきの草原に上がる階段があるんですね。これは素晴らしい。石の家の特性を利用した見事な構造ですな」

 感心しきりのロッカに笑って、ようやく到着したギードの家に入った。

「こちらが、普段使っておる作業場です。石を磨いたり、通常の細工物もここで行いますぞ」

 壁一面に道具が置かれた作業場に、ロッカとモルトナは目を輝かせた。

 こういった道具は、主なものは決まった形があるが、細工をする際の細かな道具などは、職人が自分で作るのがほとんどな為道具に個性が出る。珍しい形の道具を手に取り、質問攻めにする二人だった。

 レイも嬉しそうに、散らかったギードの作業机を見つめていた。

「今は何をしてるの?」

 机の上の石の塊を見てレイが質問すると、ギードが振り返って戸棚を指差した。

「ダイヤモンドの原石を取り出しております。中々に状態の良いものが幾つか取れましたのでな。取り出したら一旦洗って汚れを落としてから、何処を切り出すか決めねばなりません。これが大変でしてな」

 大変だという割に、嬉しそうに話すギードの言葉を聞いて、レイはもう一度机の上を見た。

「どれが原石なの?」

 机に散らかっているのは、レイの目にはどれもただの石コロに見える。

「これがそうだぞ。ほれ、光に透かして見ると良い」

 ギードが大きな石を手に取って渡してくれた。机に置かれたランプにかざして見る。

「あ! すごいや、透明だ!」

 思わず声を上げた。手渡されたそれはただの石のように見えたが、確かに光が透けて輝いている。

「これなら、かなりの大きさのダイヤが削り出せましょう。もう楽しみでなりません」

「おお、なんと素晴らしい……私はここに住みたいぞ……」

 思わず呟くロッカの言葉に、全員が同時に吹きだした。


「こちらが、ミスリルを細工する際の高温度の炉のある部屋です」

 次に連れてこられた部屋は、壁にさっきの作業場よりも小さな炉がある部屋だった。

「おお、これも素晴らしい。見るからに使いやすそうな炉だ」

 しゃがんで炉を覗き込みながら、ロッカが感心したように呟いた。

「これは……ミスリルですね」

 壁に置かれた道具は、全てミスリル製だ。当然これも自作の道具が殆どで、三人はまた目を輝かせて道具を見ながら話に花を咲かせていた。

 レイも感心して作業机を眺めていた。机の上には、見覚えのある色をした大きなミスリルの塊が置いてあった。

 その塊の上には、シルフが座って嬉しそうにこっちに向かって手を振っていた。



「お邪魔します」

 ルークが居間に入ると、机の上で芋の皮を剥いていたニコスが慌てて立ち上がった。

「ルーク様、皆は? どうされましたか?」

「ああ、気にしないでください。ガンディとタキス殿は薬草庫に行きましたよ。残りはギードの家に行きました。俺は貴方と少し話がしたくてね」

 そう言って、勝手に椅子に座る。

 手を洗ったニコスが、慌てて戸棚から酒を取り出して机に置く。それから、床の保冷庫から氷の塊を取り出して、砕いた塊をグラスに入れて彼に見せた。

「軽くお飲みになりますか? お茶が良ければすぐにご用意致しますが」

 それを見て、ルークは目を輝かせた。

「じゃあ、少しいただきます。ああ、勝手にやりますから、気にせず仕事してくださいね」

 そう言ってグラスを受け取って、言葉通り自分で瓶の蓋を開けて氷の入ったグラスに酒を注いだ。

「綺麗な氷ですね。これは?」

「地下の肉を保管している保冷庫の、更にもう一段下に小さな部屋がありまして、そこで勝手に出来るんですよ。もちろん、ウィンディーネに頼んで作ってもらう事も出来ますが、ゆっくり作られるこの氷は中々に美味いんです。酒との相性は抜群ですよ」

「確かにこれは美味い」

 グラスを回しながら、嬉しそうにルークが酒を口にした。

「あの子は、上手くやれそうですか?」

 芋の皮剥きを再開しながら尋ねたニコスの言葉に、ルークは笑って頷いた。

「ご心配には及びませんよ。彼はどこに居ても彼のままです。正直言って俺は最初心配してました。他人との付き合いなんて殆どした事がないし、勉強だって知識は偏ってる。まだ未成年とは言っても完全に子供扱いしてもらえる年齢じゃないでしょう」

 頷くニコスに、ルークはもう一度笑った。

「でも彼はどこに行っても彼のままだった。初めての喧嘩の話、聞きましたか?」

「ええ、宿で聞きました。その……ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

 困ったように謝るニコスに、ルークは首を振った。

「ご心配には及びませんよ。もう向こうの父親と話はついています。今頃テシオスは自宅で謹慎させられて、強制的に勉強させられていますよ。もう一人のバルドってのは、父上が学院長からの普段の素行を聞いて激怒してたらしいから、下手したら殴り飛ばされてるかも」

 思わず顔を見合わせて同時に吹きだした。

「まあ、今回はさすがに騒ぎになったんで放って置けなくて裏から口を出しましたが、一応、怪我でもしない限りは好きにさせるつもりです。いちいち子供の喧嘩に保護者が口出しするなんて、野暮の極みでしょう?」

「ありがとうございます。そうして頂けるのが一番良いと私も思います」

 満足そうに笑って、剥いた芋を水場に持って行った。

「陛下は、レイルズと貴方達の為に、一の郭に屋敷を用意させるおつもりです。野暮を承知でお尋ねしますが、皆でオルダムにお越しになるという選択肢はありませんか?」

 驚いたニコスが振り返ると、真剣な顔のルークと目が合った。

「今回、殿下から出発の前に密かに頼まれました。貴方達のお考えを確認して来てくれと」

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