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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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ドワーフギルド

 ブレンウッドの駐屯地に到着後、レイ達五人は司令官直々の案内で別の部屋で用意された昼食を頂いた。

「ご馳走様でした。美味しかったです」

 レイの言葉に、キルガス司令官は嬉しそうに頷いた。

「お口にあったようで何よりです。しかし、この若者があの巨大な竜の主とは……一般人と聞き、正直心配しておりましたが……ほぼ問題無いようですな」

 司令官の同席にも物怖じせず、やや慣れない言葉使いにまだ難は有るものの、綺麗にカトラリーを使って食事を終えたレイの様子に、キルガス司令官はそう言って笑った。

「レイルズは、私なんかよりずっと優秀ですよ。私が竜騎士見習いになってすぐの頃は、それこそカトラリーの種類も知りませんでしたからね」

 苦笑いしているルークの肩を、ガンディが叩く。

「半年で、完璧に覚えてみせた奴が何を言うか」

「……付け焼き刃って言葉、ご存知でしょう? 今だから言いますけど、お披露目の時、足が震えてましたよ」

 驚くレイに、ルークは片目を閉じてみせた。

「安心しろ。お前は、ある程度の基礎は出来てるし、お披露目まで二年もあるんだからさ」

「十年あっても、絶対出来る気がしない……」

 そう呟いて机に突っ伏すレイを見て、ルーク達四人は堪えきれずに吹き出した。そんな一同をキルガス司令官は、驚いたように目を瞬いて見ていた。

 気を取り直すように咳払いをした司令官は、立ち上がって扉を示した。

「それでは、表に竜車をご用意しておりますのでどうぞ。ドワーフギルドへは、第二部隊の者がご案内いたします」

「わかりました。それじゃあまずは目的のドワーフギルドへ行こう」

 ルークに続いて全員が立ち上がった。


 廊下には、第二部隊の制服を着た女性兵士が待っていた。

「リッキー、久しぶり。そうか、今はブレンウッドにいたんだ」

 女性兵士の顔を見たルークが、笑顔でそう言って話しかけた。

「ルーク様、お久しぶりです。覚えていてくださるなんて光栄です」

 そう言って、はにかんだ笑顔の女性兵士とルークがにこやかに話しているのを、何となく四人と司令官は少し離れて見ていた。

「おうおう、相変わらず女性には人気があるのう」

 面白がるようなガンディの言葉に、モルトナとロッカも同意するように笑って頷いている。

「え? だってルークは格好良いもん。誰でも好きになるでしょ?」

 当然のようにそう言ったレイの無邪気なその一言に、堪えきれずに司令官まで揃って吹き出した。

「そうじゃな。うむ、確かに格好良いわい」

 ガンディが、からかうようにそう言って、もう一度吹き出した。

「人気者は辛いですな」

「一度ぐらいは、そんな目にあってみたいものですな」

 モルトナとロッカは、顔を見合わせて、そう言って笑っている。

「ええ?どうして人気者だと辛いの?」

 不思議そうなレイの言葉に、三人は顔を見合わせ吹き出すのを堪えて揃って妙な顔になった。それから揃って何やら悪そうな満面の笑みになった。

「教えてやろう。つまりな、女性に人気があると色々とな……」

 ガンディが、良からぬ事を教えようと嬉々として口を開いた時、振り返ったルークが釘を刺した。

 四人の声は、ルークと女性兵士にも聞こえていたのだ。女性兵士は横で笑いを堪えている。

「こら待て。勝手に人の事好き勝手言うんじゃないよ。それにリッキーは既婚者だぞ」

「おう、お前、遂に人妻にまで……」

 芝居染みた様子で上を向くガンディを見て、また大人達が吹き出す。レイは意味が解らず、首を傾げていた。

「ガンディ! だから好き勝手言うなって。言っておくけど、リッキーの旦那のキルトーは、俺の精霊魔法訓練所の同期生なんだよ。同じ月の入学だったから、二ヶ月近く一緒に授業を受けてたの。ちなみに、リッキーの旦那は第四部隊だぞ。あれ、そう言えばキルトーは?今はオルダムじゃ無いよな?」

「はい、夫もこちらに勤務しております。あの時の娘はもうすぐ七歳になります。一昨年の春に、二人目の男の子を出産して、この秋からようやく仕事に復帰したところなんです」

 そう言って笑うその表情は、本当に幸せそうだった。

「それは知らなかった。そうか二人目は男の子か。出産おめでとう。幸せそうで何よりだよ。しばらくこっちにいるから、キルトーに顔出すように伝えてよ。久しぶりに一緒に飲みたい」

「伝えておきます。ああ、失礼しました。ご挨拶がまだでした。改めまして、初めまして。こちらにおいでの間の案内役を仰せつかりました、リッキーと申します」

「レイルズです。よろしくお願いします」

 差し出された手を握りながら、レイも笑顔で挨拶した。

「まだ見習い、今月から勉強を始めたばかりだからね。何にも知らないと思ってもらっていい」

 ルークが、レイの肩を叩いてそう言った。

「了解しました。レイルズ様、何でも遠慮なく聞いてくださいね」

「はい、よろしくお願いします」

 笑顔の素敵なリッキーに、何だか嬉しくなったレイだった。


 彼女の案内で表に出ると、大きなトリケラトプスが引く箱型の竜車が待っていた。

「大きい。トリケラトプスってこんなに大きくなるの?」

 思わずそう呟くと、隣にいたリッキーが教えてくれた。

「騎竜は、人と違って死ぬまでずっと成長しますからね。大型の竜車を引く時には、これくらいの大きな身体の騎竜を使います」

「そうなんだ。この子と比べると、トケラは確かにまだ小さいや」

 そう言ってトリケラトプスの横に行くと、手を伸ばしてその大きな角を撫でた。

 それを見た女性兵士と司令官が慌てて止めようとしたが、トリケラトプスは顔を少しあげると、嬉しそうに喉を鳴らした。

「なに? ここが良いの?」

 そう言ってレイは、大きな角の付け根の辺りを爪を立てるようにして、少し強めに掻いてやった。

 嬉しそうに目を細めたトリケラトプスが顔を上げて更に大きく喉を鳴らすのを、リッキーと司令官は呆気にとられて見ていた。

「どうしたんですか?」

 視線を感じたのか、振り返ったレイが不思議そうに尋ねる。

「軍のトリケラトプスは、飼育担当の者以外には殆ど懐きません。不意に横から触ったりすると、嫌がって首を振る事さえあります。騎竜に悪意は無くとも、その大きな頭と角で払われたら人は簡単に怪我をします」

 驚いて目を瞬かせたレイは、もう一度大きなトリケラトプスを見る。

「えっと、ごめんね。触られるの嫌だった?」

 しかし、トリケラトプスはレイを見てまた大きく喉を鳴らして、角を下げて横に立つレイの体にすり寄るような素振りを見せた。

「よかった。怒ってないみたいです」

 無邪気なその言葉に、リッキーと司令官は顔を見合わせて苦笑いしていた。

「まあ、気にしないでください。こいつは色々と桁違いなんですよ。こんなのまだ普通ですよ」

「そうなんですか? さすがは……古竜の主ですね」

 最後は小さな声でそう言うと、ルークと二人、顔を見合わせて肩を竦めた。


 竜車の窓は、カーテンが引かれていて外からは中が見えないようになっていて、屋根の上には、持ってきた箱が乗せられて紐がかかっていた。

 リッキーも含めて全員乗り込むと、司令官と見送りの兵士達が揃って敬礼して見送ってくれた。

 御者台に乗った兵士が合図すると、少し揺れてギシギシと車輪が音を立てて動き始めた。思ったほどの揺れは無く、乗り心地は快適だった。

 一番最初に乗り込んだレイは、窓の横に座って、そっとカーテンの隙間から街の様子を覗き見した。

 見覚えのある広い道路を竜車は進んで行く。

「懐かしいだろ?」

「うん。あ、いつも、あそこの噴水のある通りの朝市でお買い物したんだよ」

 嬉しそうに話すレイの言葉に、リッキーが驚いてルークを見た。

「彼は、蒼の森にいたからね。街へ何度か買い出しに来た事があるらしいよ」

「えっと、今年の花祭りは楽しかったよ。僕、花祭りを見たの、初めてだったんです」

 その言葉に、彼女も納得したように頷いて笑った。

「そうだったんですね。ブレンウッドの花祭りは、オルダムに次ぐ規模だと言われているんですよ。花人形の行列はご覧になりましたか?」

「中央広場に飾ってあったお人形は見ました。えっと、僕は四日目と五日目に来たんです」

「花人形の行列のある日には、更に人が増えますからね。買い出しを兼ねて来られるのなら、その日は外して来られるのも分かります」

「そうだ! 中央広場の人気投票ってどうなったか知りませんか? 僕、親子の鳥が気に入ってたんです」

 目を輝かせるレイの言葉に、リッキーは納得したように頷いた。

「確かにあれも見事でしたね。順位は……首を振る鳥が一位で、親子の鳥は二位でしたよ」

「やっぱりそうだよね。綺麗だったもん」

 嬉しそうなレイをルーク達は面白そうに見ている。

「なら、来年の花祭り、楽しみにしてろよ。オルダムの花祭りは世界一って言われてるからな」

「楽しみにしてます!」

 素直な返事に、大人達はまた笑った。


「間も無く、ドワーフギルドに到着致します」

 御者台に座った兵士の言葉に、レイは慌てて座り直した。

 レイの頭の中は、バルテンに会ったらなんて言ったら良いのかを必死で考えていた。

 ごめんなさい? それともお久しぶりです?

 無言でパニックになっているレイだったが、無情にも竜車が止まるのを感じて小さなため息を落とした。

「怒ってるかな? やっぱり嘘は良くないよね……」

 急にしょんぼりしたレイに、ルークが気付いて覗き込んだ。

「どうした?腹でも壊したか?」

「何でもないです。それより、降りないの?」

 止まったのはいいが、何故か誰も降りようとしない。

「お待たせ致しました。どうぞ」

 聞き覚えのある声がして、外から竜車の扉が開かれた。

 リッキーが最初に降り、ロッカとモルトナが続く。ガンディとルークが降りるのに続いて、レイも外に出た。

 まだ高い太陽に照らされた見覚えのある中庭には、バルテンとドワーフ達が勢揃いしていた。端には、いつも遊戯室で相手をしてくれた人間の女性の姿もあった。

「ようこそ、ブレンウッドのドワーフギルドへ。竜騎士様直々にお越し下さるとは。この上もない名誉でございます」

 深々と頭を下げる彼らに、ルークが当然のように対応しているのを、レイは尊敬の眼差しで見つめていた。


 バルテンは、ルークと握手した後、ロッカやモルトナとも握手を交わし、ガンディを紹介されて彼とも握手を交わした。

「レイルズ様、ようこそブレンウッドへ。早速頼っていただけて嬉しいですぞ」

 そう言ってにこやかに差し出された右手を握りながら、レイはもう少しで泣きそうになった。

「ご立派になられましたな。どうぞ、我が家と思ってお寛ぎください」

「えっと、ごめんねバルテン。嘘ついてて……」

 何と言って良いのかわからずにそう言いかけたが、バルテンは遮るように首を振った。

「訳ありだとは思うておりましたが、まさか竜騎士様だったとは。良き冥土の土産話が出来ましたわい」

 満面の笑みでそう言われてしまっては、もう、笑うしかないレイだった。



 案内された大きな部屋で、まずは、ここに来た一番の目的である伸びる革を見せてもらう。

 ロッカとモルトナ、ガンディの三人は、それぞれ出された伸びる革を手に取り、感心しきりだった。

「話には聞いていたが、まさかこれ程のものだとは。これだけ強度に差が作れるのなら、これは活用範囲がまだまだありそうですな。それから、この製作に関しては、ここのドワーフギルドに優先権があります。まずは陛下に陳情なさって、技術の保護を。製作方法も無闇に拡散させぬようにした方が良いのでは?」

 真剣なロッカの言葉に、バルテンは苦笑いしている。

「これを作る為には、まず、この元となる切り目を入れた伸びる革を作らねばなりません。これには、面頬の細い溝を削れる高度な技術を持った者が必要です。そして、元となるゴームの原液に、数種類の薬剤を調合しますが、これらも取り扱いには注意が必要なものばかりです。出来上がった液を加熱して革に染み込ませ、さらにはシルフの技で素早く乾燥させる事を何度も繰り返さねばなりません。それができるだけの技術と知識を持った者であれば、別に、作ってもらっても構わぬと考えております」

 それを聞いて、ロッカも納得したように頷いた。

「確かに、安易に真似出来る技術では無さそうですな。そうお考えならば、何も言いますまい。さてと、そうなると……」

 ロッカとモルトナ、ガンディにバルテンまで加わって、いきなり技術交換の話し合いが始まった。

 出来上がった革は、元の箱に入れられて、大きな製図用の紙が取り出されて机に広げられた。

 それぞれにペンを取り出して、話しながら不思議な絵を描き始める。更にバルテンは、足元の箱から不思議な革で出来たベルトの塊を取り出して話し始めた。ガンディがそれを見て興奮している。

 突然に始まった専門家達の真剣な話し合いに、レイは呆気にとられて見つめているしか出来ない。

「レイルズ。俺達は邪魔みたいだから席を外そう」

 そっと肩を叩かれて横を見ると、ルークも苦笑いしている。

「こうなったら、もう水でもぶっかけない限り終わらないよ。まあ、その為にここまで来たんだから、とことん、好きなだけ話し合ってもらおう」

 そっと立ち上がったが、誰もレイ達を見ない。

 真剣な顔でそれぞれが紙に絵を描きながら意見を言い合っている。時には他の人の絵に手を加えて頷きあったりもしている。

 思わず、顔を見合わせてそれぞれに首を振った。


「では応接室に参りましょう。お茶をご用意します」

 苦笑いしているリッキーの言葉に頷いて、レイとルークは静かに部屋を後にした。

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