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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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初めての怒り

「そう言えば、キムってここで何を習ってるんだ?」

 レイとマーク、キムの三人は、食堂で各自山盛りに取った料理を食べながら他愛ない話をしていたが、マークの質問に、キムが呆れたように食べていたハムを置いた。

「今更な質問だな。俺は研究生だよ。お前らが通ってるここでの通常の単位は、とっくの昔に全部取ったぞ」

「研究生って?」

 また知らない言葉が出てきて、レイは首を傾げた。

「ああ、ここの卒業生で、ある程度の成績の良いやつなら希望すればなれるぞ。一応、こっちは年間に少しだけど自分で学費を払ってる」

 ここの学費は要らないと聞いていたレイは、驚いて彼を見た。

「ここって、学費は要らないって聞いたよ?」

「お前らが取ってる通常の単位は学費は要らないよ。研究生ってのは、簡単に言えば自分の研究の為にここの場所を借りてる卒業生達ってとこかな。精霊魔法は、使う人が多ければ多い程発動は容易になる。研究するなら、同じ場所に集まったほうが色々と効率がいいんだよ。それに、ここなら研究に行き詰っても教授達の意見をいつでも聞けるし、いざとなったら助けてもらう事だって可能だからね。その上資料は見放題。研究したいのなら、使わない手はないだろう?」

「自分の研究? キムは何をしてるの?」

 無邪気なレイの質問に、苦笑いしたキムは教えてくれた。


「精霊魔法の合成と発動の確率について」


 それを聞いた二人は、全く同じ行動を取った。つまり、目を瞬いて沈黙した後、同時に首を傾げたのだ。

「お前ら。仲良過ぎだろ。何だよその同調率」

 咄嗟に口を押さえて吹き出したキムを見て、また二人が同時に首を傾げる。

「だから、面白すぎるからそんなに同調するなよ。双子かお前らは」

「ええ、年が違うんだから、双子な訳無いでしょう?」

 レイの言葉に、今度はマークとキムが同時にため息を吐く。

「だからお前は、いちいち言葉通りに受け取るなって。そんな事分かってるよ」

 呆れたようなマークの言葉に、キムも隣で頷いていた。

「だって……そんな事言われても、よく分かんないよ」

 困ったようなレイのその様子に、二人だけでなく、彼らの周りにいた者達までもが小さく吹き出した。

「ま、これも経験だ。頑張って覚えような」

 すっかり保護者気分のキムにそう言って頭を撫でられて、レイは素直に返事をした。それを見て、また周りは小さく吹き出したのだった。


 まだ此処に通いだして数日だが、レイは密かな有名人になっていた。

 教授達からの評判はとても良い。今のところ、マークとキム以外の他の生徒とは殆ど接触は無いが、食堂や図書館での無邪気な言動に、皆、密かに気になっていたのだった。

 合同授業の時には、出来れば声を掛けてみようと考えている生徒は一人や二人では無かった。

 マークとキムは、そんな周りの反応に気付いていたが、敢えて口出しはしていない。誰と付き合うかはレイルズが決める事だと思っているからだ。


 食事を終えた三人は、レイが薬を飲むのを黙って見ていた。

「それって、何の薬なんだ? どこか悪いのか?」

 マークの質問に、レイは教えてもらった言い訳をそのまま言った。

「僕もよく知らないんだけど、ずっと体が弱かったから、元気になるお薬なんだって」

 二人は顔を見合わせて小さく首を振った。

「多分、滋養強壮剤みたいなもんだろうな」

「十分でかくなってるんだから、もう必要なさそうだけどな」

 苦笑いして肩を竦めた。それから、揃って食後のお茶を取る為に立ち上がった。

 食べた食器を返却口に返して、もう一度並んでお茶やデザートを取った。

 レイルズは、いつもお湯の入ったポットをもらい持参のお茶を飲んでいる。

それも特製の苦い薬草茶だと聞いて、マークは飲ませてもらうのをやめた。


 実は、キムはとっくにレイルズの正体に気付いている。

 マークから紹介されて、一緒に食事をして気が付いたのだ。その日の夜に、ダスティン少佐のところに走って行き確認した。

「なんだ、もうバレたのか?」

 そう言って笑った少佐の口から、古竜の主である竜騎士見習いの若者が、精霊魔法訓練所で勉強を開始した事を聞かされた。

 ただし、まだ未成年である事を踏まえて、成人までは一般へのお披露目はしない事も聞かされて、結果として、会っている時だけで良いから、レイルズの事も出来るだけ面倒を見てくれるように頼まれたのだ。

 他にも、第四部隊に籍のある研究生が数名、同じように言われているのだとも聞いた。

 但し、あからさまに面倒を見るような事はするなとも言われた。

 他人との接触が殆ど無かった彼に、ここで他人との付き合い方を学んで欲しいのだそうだ。

 お茶にミルクを入れながら、キムは子供のように下らない話で盛り上がっている二人を、若干呆れた目で眺めていた。

「ま、楽しそうだから、別に止める必要はないよな」

 マフィンを齧りながら、午後からの予定を考えていて、キムは不意に隣に誰かが立った事に一瞬反応が遅れてしまった。

 いきなり、突き飛ばされて椅子から落ち掛けて慌てて立ち上がる。

「何する……」

 目の前に、騎士見習いの服の背中が迫っていて、慌てて一歩大きく後ろに下がった。

 キムがいた場所には、マークを目の敵にして苛めている貴族の馬鹿息子が二人、胸を張って立っていた。

「おいお前、こっち来いよ。こんな貧乏人の無能者と一緒にいても何の得にもならないぞ」

「そうだぞ。俺達の所に来いよ。父上に口利いてやるぞ」

 お茶を飲み掛けていたマークの目の前に、彼がわざと急に右手を差し出した為、マークはコップを叩き落とされてしまい、胸元がお茶でびしょ濡れになってしまった。

「またかよ……」

 しかし、椅子のすぐ後ろにもう一人が立っている為に、マークは立ち上がる事も出来なかった。

 そんなマークを驚きの表情で見たレイだったが、驚いた事に、自分の目の前に差し出された右手を握り返した。

「はじめまして、レイルズです」

「テシオスだ」

「バルドだよ」

 それぞれの右手を握るのを、マークは呆気に取られて見つめている事しか出来なかった。

 そして、黙ってレイルズが立ち上がるのを見た。

「やっぱり、俺なんかより、貴族と付き合った方が良いよな……」

 そう考えた途端に、本気で泣きそうになった。

 しかし、レイはその場から立ち去ろうとはせずに、二人に向かってこう言い放ったのだ。

「マークとキムに謝れ。いきなり何をするんだよ」

 当然、ついてくるのだとばかり思って立ち去ろうとしていた二人は、黙って振り返った。

「……今、なんて言った?」

 静かなテシオスの声に、周りがざわめく。

「キムとマークに謝れって言ったんだ。いきなりキムを椅子から突き落として、マークのコップをわざと叩き落とした。マークはびしょ濡れじゃないか。だから、謝れって言ったんだよ」

「お、お前、誰に向かってそんな口きいてる」

 ワナワナと怒りに震えるテシオスの言葉に、レイはきっぱりと言った。

「テシオスとバルド、君達二人に言ってる」

「俺達の父上が誰か知っても、そんな口きくのか?」

 首を傾げるレイに、テシオスは堂々と言い放った。

「俺の父上は、元老院の議長を務めるエッケル侯爵だぞ」


「……誰、それ?」


 申し訳なさそうなレイの言葉に、どうなる事かと固唾を飲んで見守っていた生徒達が、同時にあちこちで吹き出した。

 キムとマークも、堪えきれずに小さく吹き出して慌てて口を押さえた。

「父上が誰であっても関係無い。ここでは身分を問わず誰もが平等に学ぶ環境だって聞いた。お前はただのテシオスで、僕はただのレイルズだよ」

「ば、馬鹿にしてるのか、貴様!」

 レイの言葉を聞いたテシオスが、左手でレイの右腕を掴んだ。その上で殴ろうとしたのだが、残念ながらレイにとっては右手も左手も変わらなかった。

 テシオスの拳を、簡単に左手で止める。

「弱っちい拳だな。第一、殴る時に親指を握る馬鹿って本当にいるんだな。そんな拳で僕を殴ってたら、今頃親指の骨が折れてるよ」

 呆れたようなレイの言葉に、周りからまた失笑が聞こえた。

「な……なんだと……」

 左手で止められていた拳を離されて、はっきりと言われた。

「その、汚い手を離せ。そして二人に謝れ」


 テシオスは、怒りのあまりどうして良いか分からなくなった。

 今まで、父親の名前を出して驚かなかった奴はいない。

 それなのに、目の前のこいつは全く動じずに、こちらに謝罪を求めてくる。右腕だって、振り払えばいいのに、こちらから離すように要求してくる。

 そんな事は、絶対に許せなかった。

 しかし……


「離せって言ってるだろう!」


 驚くほど強い声でそう言われて、咄嗟に手を離してしまった。

 また背後から失笑が聞こえる。

 こんな屈辱は生まれて初めてだった。

「お、覚えてろよ!」

 そう言い捨てて、逃げるように食堂を後にした。慌ててバルドがその後を追う。

「待てよ。まだ謝っていないぞ」

 背後から聞こえるレイルズの声は、聞こえないふりをした。


 二人の姿が見えなくなってすぐに、食堂は大爆笑と拍手の渦に包まれた。

「すごいよ君!」

「君の勇気に乾杯だ!」

「尊敬します!テシオス相手に一歩も引かなかった!」

「あいつら逃げていったよ!」

「初めて見た。あんな悔しそうな顔」

「スカッとしたよ!」

 何人もが、そう言ってレイの背中や肩を叩いた。

「マーク、着替えはあるか? とりあえず更衣室へ行こう。無かったら俺のを貸してやるよ」

 ようやく我に返ったキムが、まだ呆然としているマークの背中を叩いて目を覚まさせる。

「ああ、持ってるよ。……それよりなあ、あんな事して……あいつ、大丈夫なのかよ?」

 庇ってくれた事は、本気で泣きそうなくらいに嬉しかった。しかし、この後の事を考えると、どう考えてもまずい気がした。レイルズに迷惑は掛けられない。

 濡れた服のままでテシオスを追いかけようとしたが、笑ったキムに羽交い締めにして止められた。

「大丈夫! 絶対大丈夫! なあ、賭けないか? あいつらが謝りに来るかどうか」

「はあ?そんな訳無いだろう?」

「じゃあ、お前は謝りに来ない、だな! 俺は来る方に賭けるぞ。俺が勝ったら今度街に出た時に、昼飯奢れよな」

 声を上げて笑うキムに、マークは驚いて声も無かった。


 そして、レイは自分のやった事に内心でパニックになっていた。

 キムを突き飛ばされて、マークをびしょ濡れにされた。そして、何よりも彼の言った言葉がレイの怒りに火をつけたのだ。

「こんな貧乏人の無能者と一緒にいても何の得にもならない」と。

 ようやく周りが開放してくれたので、レイはとにかくマークに声を掛けた。

「大丈夫? 着替えって持ってる?」

 苦笑いして、マークは立ち上がった。胸元だけでなく、ズボンや下着までびしょ濡れだ。

「とにかく着替えてくるよ。すまないけど、先に教室に行っててくれるか?」

 午後からは、一緒に精霊魔法の系統についての授業があるのだ。

「分かった、じゃあ先に行ってるね」

 残りのお茶を飲み干してから、トレーを手に返しに行こうとした。

「あ、あの、フレディです。よろしく」

「チャペリーです。よろしく!」

「あの、リッティロッドです。ロッドって呼んでください!」

 しかし、次々に自己紹介されて、レイは慌ててトレーを置いた。


 自己紹介の嵐から解放される頃には、もう何人と握手をしたのかレイには完全に分からなくなっていた。

「うわあ、授業が始まるよ。ごめんね。それじゃあまた明日!」

 時間を知らせるチャイムを聞いて、慌ててレイはそう叫んで食堂を後にしたのだった。

 その食堂での出来事は、その日のうちに訓練所中の生徒達の知るところとなり、翌日にはレイはすっかり有名人になってしまった。


 しかし、その翌日から一週間。レイルズも、そして問題児のテシオスとバルドの二人も、誰一人として訓練所に姿を現さなかった。

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