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母への想い

 たっぷりの昼食の後、午後からはニコスと一緒に、摘んできた薬草を乾燥させる作業を手伝った。

 水で綺麗に洗って、あるものは枝ごと紐で括り天井から吊るしておく。また別のものは、葉だけ毟り取り、そのまま広げて乾燥させる。

 初めてする作業は楽しくて、何に使うのかなど作業の度に質問しながら、何種類ものお料理用の薬草を、言われた通りに順番に片付けていった。

 次の作業の為に、散らかった枝やゴミを集めていた時、足元の棚に置いてある見覚えのある瓶に気付いた。

 手からほうきが落ちて大きな音を立てた。驚いたニコスが何か言ったが、その時の彼にはそれに返事をする余裕など無かった。


「母さんの砂糖漬けだ……母さんの砂糖漬けだ……」

 呟きながらしゃがみこみ、目の前にある瓶に顔を近づける。

 迂闊に手を触れたら消えてしまうんじゃないか。そう思えて、どうしても触ることができなかった。

 間違いない。これは去年、母さんが作った砂糖漬けだった。

 それに瓶にも見覚えがある、これは、自分がエドガーさんに教えてもらって、蜜蝋で封をしたものの内の一つだ。


 それまで、秋に作っていたのはキリルのジャムだけだったのに、新しく良いお砂糖を扱う行商人が来てくれたので、少し無理して砂糖を追加で買い、村の女性たちに母さんが教えながら作ったものだった。

 出来上がった砂糖漬けは、まるで宝石のように綺麗だった。

 瓶詰めする前に、子供達の口に内緒で放り込んでくれて、皆で笑いあった事が、まるで昨日の事のように思い出せる。

 涙があふれて止まらない。とうとう我慢できなくなって座り込み、そのままうずくまり大声で泣いた。

 誰かが体を起こして抱きしめてくれた。涙は止まらず、その胸に縋り付いて泣いた。


 ニコスと交代して、薬のための何種類もの薬草を選んで収穫していたタキスの目の前に、不意に風の精霊達が現れた。

『大変なの大変なの』

『大変なの大変なの』

『坊やが泣いてるとっても悲しいって泣いてる』

『悲しいの悲しいの』

『泣き止まないの』

『どうしたらいいの?』

『どうしたらいいの?』

 シルフ達は明らかに動揺している。それを聞き、慌てて籠を持ったまま家の方へ走った。

 レイは、ニコスと一緒に食料庫の作業台で、さっき摘んだばかりの薬草を乾燥させる手伝いをしているはずだ。一体何があったのだろう?

 大急ぎで食料庫へ向かう。扉の外まで泣き声が聞こえていた。

 扉を開けると、途方にくれた様子で、泣いているレイの背を撫でているニコスと目が合った。

「何があった? 」

 机に籠を乗せながら聞くと、ニコスは手に持った瓶を見せた。

「ギードが置いていた物なんだが、どうやらお母上が作られたものらしい」

 目を見張り、砂糖漬けの瓶を手に取った。真っ赤なキリルの実がまるで宝石のように光っている。

「これが?」

「それまで、機嫌よく手伝ってくれていたんだが、片付けている途中に見つけたらしい。それで、この有様だ」

 側へ行き、床にうずくまる体を抱き起こした。縋り付いてくる小さな体をそっと抱きしめてやる。泣いている体は熱いのに、その体は震えていた。


 しばらくすると落ち着いて来たようなので、そっと抱き上げて椅子に座らせた。

 そのまま床に膝をつき、下から顔を覗き込むと、真っ赤な目がこちらを見る。

「落ち着きましたか?」

 できるだけ静かに声をかけると、恥ずかしそうに少し笑って頷いた。

「これで顔をふいてやれ」

 ニコスが布を絞って渡してくれた。受け取って顔を拭いてやる。少年は大人しくされるままだ。

「ごめんね。お仕事の邪魔しちゃった」

 無理に笑おうとする姿が痛々しくて、そのままもう一度抱きしめてやる。

「好きなだけ泣けばいい。誰も邪魔だなんて思いません。その涙は、お母様への想いなんですから」

「これ……母さんが、去年作った砂糖漬けなの……全部売ったはずなのに、どうして、ここにあるんだろう……」

 まだしゃくりあげながら、それでもしっかりと言葉にする。

「それはギードが持ってきたものだ。恐らくエドガー殿と鉱石の取引をした時に、代金代わりに手に入れたんだろう」

 ニコスの言葉に、レイが顔を上げる。

「エドガーさんが、いつもどこからか持ってきた材料って、もしかしてギードが渡してたの?」

 もう一度顔を拭いてやりながら答える。

「そうですよ。私達も彼のことはよく知っています。とても気の優しい良い方でした」

「彼と飲む酒は美味かったなぁ」

 ニコスも、答えながらレイの頭を撫でる。

「ギードが戻ったら、どうやってこれを手に入れたのか聞いてみるよ」

「そうですね。それと、これはあなたに差し上げますので、大事に食べてくださいね」

 手渡された瓶を見て、交互に二人の顔を見る。二人とも、笑って頷いた。

「だめ、みんなで食べる方がいい」

 ニコスに瓶を返しながら首を振った。

「ですが……」

「本当に美味しいんだよ! だから、皆で食べた方がもっと美味しいの!」

「良いんですか?」

 二人が困ったように言ったが、レイはもう一度首を振って言った。

「独り占めしても美味しくないよ。せっかく母さんが頑張って作ったものなんだから、皆にも食べて欲しいよ。それに、これ、僕が蜜蝋で封をしたんだよ」

 まだ赤い目をしたまま、顔を上げて笑った。健気な姿にたまらなくなって、もう一度抱きしめた。

 その後、皆でタキスが摘んできた薬草を洗ってから、乾燥させるために布を敷いた上にいっぱいに広げて、今日の作業は終了した。


 夕食後は、算術盤を使って勉強をした。頑張って何度かやっていたが、やはり間違えてしまった。

「三桁の計算が出ると間違いが多くなってますね、明日は三桁の計算問題を一緒にやりましょう」

 間違って悔しがる少年の頭を撫でながら、タキスは間も無く出来るであろう全問正解のご褒美を、頭の中で選んでいた。


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