到着と荷解き
「レイルズ、光の精霊を戻して」
ロベリオが、自分の精霊を呼び戻しながらそう言ったが、レイはどうして良いか分からず、思わず顔を上げた。
「えっと、光の精霊さん、ペンダントに戻ってくれる?」
とにかく話しかけてみる。すると、光の精霊達は側に来たかと思ったら、あっという間に揃ってペンダントに戻ってしまった。
ペンダントは、木彫りの竜のままだ。
「照らしてくれてありがとうね。おかげで怖くなかったよ」
そっとペンダントに話しかけると、分かってると言わんばかりに、ペンダントが小さく跳ねて静かになった。嬉しくなって、そっとペンダントを撫でた。
城のすぐ側まで来ると、見覚えのある建物の中庭に篝火が焚かれていて、第二部隊の兵士達が、何人もこちらを見上げて手を振ってくれているのが見えた。
「あそこに降りるぞ」
頷いたレイは、そっとブルーの首を叩いた。
「お疲れ様です」
駆け寄ってくる第二部隊の兵士達に声をかけられて、ロベリオとユージンが、一旦荷物をそのままに先に降りた。
「失礼します」
竜達に断って、兵士達が二頭の竜の背中に上がって、手早く荷物の入った箱を取り外して降ろした。金剛棒の入った袋も取り外される。
「ありがとう。それはレイルズの部屋に運んで」
「了解です」
ロベリオの言葉に敬礼した兵士達は、用意していた台車に箱を積み上げると、もう一度揃って敬礼してから荷物を運んで行った。
兵士達の手慣れたあまりにも素早い行動に、レイは驚いたまま何も言えずにいた。
「ようやくの到着だな、レイルズ。ようこそオルダムへ。待っていたぞ」
声に振り返ると、ヴィゴが立っていた。
「ただいま戻りました」
話しかけようとした時、隣にいた二人が、真剣な声でそう言いながら直立して敬礼するのを、レイはポカンと口を開けて見ていた。
敬礼を返したヴィゴは、そんなレイの背中を軽く叩くと背後に立つブルーを見上げた。
「ラピスよ。改めてようこそオルダムへ。歓迎いたしますぞ」
「うむ。改めてよろしく頼む。我はどうすれば良い?」
静かなブルーの言葉に、ヴィゴは頷いた。
「其方の住処には、ここの竜舎は狭すぎましょう。以前の通り、これからも、あの湖を其方の住処にしてもらおうと考えているのだが、如何であろうか?」
それを聞いたブルーは満足そうに頷いた。
「あいわかった。明日、またここにくれば良いか?」
「ええ、そうしてください。日常的な其方の世話については、第二部隊の竜人達に頼みます。それならば宜しかろう」
「気遣い感謝する。ならば我は湖で休むとしよう。レイ、皆の言う事をよく聞くのだぞ」
差し出された大きな頭に、そっと抱きついた。
「うん。おやすみブルー、また明日ね」
「うむ。おやすみ」
そう言って喉を鳴らしたブルーは、レイが手を離すのを待ってから、ゆっくりと上昇して湖へ飛び去っていった。
「すまないが、竜達の事はよろしく頼む。さあ、まずは中に入ろう。詳しい話はそこでな」
側にいた兵士達にそう言うと、ヴィゴは振り返った。
ブルーを見送ったまま呆然としていたレイは、ヴィゴに背中を押されて頷き、三人について本部の建物の中に入っていった。
アーテルとマリーゴールドの世話をしていた第二部隊の兵士達が、その後ろ姿を敬礼して見送った。
見覚えのある休憩室には、竜騎士全員が集まっていた。
「マイリー!」
マイリーは、車椅子を使っていた。
足には暖かそうな毛布が掛けられていて、スリッパの先が毛布の端から少しだけ覗いていた。
「ようやくの到着だなレイルズ。改めてようこそオルダムへ、歓迎するよ」
差し出された手を握って、レイは何度も頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします」
こんな時なんと言ったら良いのか分からなくて、それぞれに差し出される皆の手を順に握り返しながら、レイは何度もその言葉を繰り返した。
「まあ、座って。今お茶を用意してるから。それから、食事は? もう食べたの?」
タドラが手早くお茶を用意しているのを見て、レイは慌てて駆け寄った。
「はい。ニコスが作ってくれたお弁当を食べたよ。えっと、これを運べば良いの?」
トレーに置かれたカップにお茶を入れるのを見て、そう話しかけた。
「ああ、じゃあお願いするよ。蜂蜜はこれね」
ポットを置いて答えるタドラに返事をして、レイはトレーを持って座ったそれぞれの前にお茶を配って回った。
トレーを戻して、タドラと一緒に、残った席に座った。
目の前に差し出された蜂蜜をたっぷりと入れて、静かにスプーンでかき混ぜる。壁のランプの光を弾く水面を無言で見つめていた。
「さてと、とりあえずこれからの予定だけでも、少し話しておくよ」
ルークが、書類を手にそう言った。
「レイルズの教育係は、俺が担当することになった。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
ルークは元気に返事をするレイを見て小さく笑って頷くと、隣に座るヴィゴを見た。
「ただし、剣術及び通常訓練は、基本的にヴィゴが教官として担当するよ。それから机上での一般常識を含む勉強全般は、俺とマイリーが担当する。礼儀作法と宮廷での作法については、グラントリーが担当する。どれも大事な事だからしっかり教えてもらえよ」
「はい!」
緊張して背中を伸ばすレイを見て、ルークは笑いかけた。
「まあ一応、成人年齢までは、正式なお披露目はしないらしい、二年あるからな。それまでにしっかり覚えてくれよな」
「うう、頑張ります……」
自信無さげなレイの返事に、皆笑顔になった。
「明日は荷物整理をしたいだろうから、午前中は好きにしてくれて良い。午後から、陛下と王妃様のところに、到着の報告に行くからそのつもりで。それ以降の詳しい予定は、また明日知らせるよ」
「分かりました」
返事をして、そこでようやくレイは目の前のお茶を飲んだ。
「まあ、分からない事は、何でも遠慮無く聞いてくれていいからね」
ロベリオの言葉に、レイも頷いてもう一度返事をした。
廊下で待ってくれていたラスティと一緒に、以前泊まった部屋に案内された。
「この部屋をお使いください。荷物は運び込んであります。良ければ、開けるだけでもお手伝いしますが、よろしいですか?」
「お願いします。着替えとか持ってきたの。どこに片付けたらいいですか?」
その時、ノックの音がしてルークと若竜三人組が入って来た。
「手伝うよ、少し話もしたいしね」
タドラがそう言って、箱に括り付けてあった紐を外した。
レイも慌てて手伝い、ラスティと手分けしてとにかく箱を開けていった。
「この鞄には絹の服が入っていますね。これは見事な仕立てだ。絹はこっちに片付けます」
ラスティが服を確認して、引き出しや衣装棚に順番に手早く片付けていった。
「ほらこれ、凄いだろ。革の胸当てと籠手」
「おお、良いの持ってるじゃん」
「ああ! 凄い! 六金棒!しかも二本揃ってる」
ロベリオが取り出した革の装備と六金棒に、タドラとルークが目を見張っていた。
「それは去年の降誕祭の時に、ギードがくれたんだよ。えっと、籠手は長さと太さが調節出来るようになってるの」
「しっかり使い込んであるな」
感心したようなルークの言葉に、レイは嬉しそうに笑った。
「棒術訓練の時には、いつもこれを使ってるんだよ。ちゃんと手入れの仕方も教わったよ」
「うん、大事に使われてるよな」
タドラも感心して見ている。ラスティにまとめて手渡して、その下にあった、鞍と手綱のセットを見て、また声を上げた。
「おお、これはまた見事な鞍だな。へえ、こんなところに細工がしてある」
「これは見事ですね。これは個人の装備として、そちらの防具一式と一緒に登録しておきます」
ラスティの言葉に、レイは首を傾げた。
「登録?」
「はい、こちらの品のように、個人で持ち込まれた品は、それが誰の物か他の兵士達も分かるように、共有の個人所有の備品のリストがあるんです」
鞍を箱に戻しながら説明してくれるラスティの言葉に納得した。
「あ、それと、レイルズの持ってる、そのミスリルの短剣も登録しておいてやって。後、剣帯に取り付ける鞘をロッカとモルトナに頼まないと」
「これなら、ロッカかな?」
「そうだね。張り切って凄いのを作ってくれそう」
ロベリオとユージンが話しているのを聞いて、ルークが目を輝かせた。
「そう、その腰の剣って、思ってたんだ。やっぱりミスリルだよな」
「うん、ギードが作ってくれたんだよ。えっと、ロベリオとユージンには見てもらったの。お二人も良かったら見てくれる?」
そう言って、腰のベルトから鞘ごと外して、教えられた通りに柄を左にしてルークに横向けにして渡した。
ロベリオを振り返ったルークは、彼が頷くのを見てレイを正面から見ると、頷いて両手でそれを受け取った。
「ありがとう、見せてもらうね」
そう言ってゆっくりと剣を抜いた。紛う事無きミスリルの輝きに、一同の口からため息が漏れた。
「これは見事だ。さすがはヴィゴが認めただけの人物だね。完璧なバランスだ。この柄の細工も素晴らしい。これはロッカが嫉妬しそうだな」
「個人装備で、これだけの物を持ち込まれるとね」
苦笑いしているルークとタドラだった。
洋服は、ラスティがあっという間に片付けてくれたので、追加で持って来た一回り小さな木箱を開けてみる。
中には、栗の甘露煮や砂糖漬け、キリルのジャム、蜂蜜の瓶など、レイの好物がぎっしりと入っていた。ニコスのビスケットの瓶も幾つも入っていた。
「良かったな。大事に食べろよな」
ロベリオの言葉に、レイは笑って首を振った。
「皆にも食べて欲しいよ。ニコスの作った甘露煮も砂糖漬けも、ビスケットも、どれも本当に美味しいんだよ」
「そっか、ありがとうな。じゃあ、いくつかは休憩室に置いておいてくれたら良いよ。あそこの戸棚のお菓子は、基本、好きに食べて良い事になってるからさ」
「それでは、一瓶ずつはお部屋に置いておきましょう。残りを休憩室にご用意しておきます。それでよろしいですか?」
ラスティの提案に、レイは嬉しそうに頷いた。
「うん、お願いします。良かったらラスティも食べてみてね。すっごく美味しいんだよ」
「ありがとうございます。後ほど頂きます」
笑って頷くと、ワゴンを持って来てお菓子や蜂蜜の瓶を、全部そこに積み込んだ。
言っていたように、部屋の戸棚に一通り残して、後はワゴンごと持って部屋を出て行った。
「凄いや、あっとう間に片付けが終わっちゃったね」
空になった箱を見ながらレイが笑う。
「それなら明日の午前中は、本部の中を案内したらどう? ルークは午前中は会議があるんだろ。俺達が案内してやるよ」
ロベリオの提案に、ルークも頷いた。
「謁見の後にしようかと思ってたけど、じゃあ頼んでいいか?」
「了解です!」
ロベリオが軽く敬礼してそう言うと、振り返った。
「じゃあ、明日は朝食は本部の食堂で食べよう。俺達は朝練があるから終わったら迎えに来るよ。用意しておいて」
戻ってきたラスティにそう言うと、それぞれ立ち上がった。
「朝練って?」
「朝食前の、軽い運動の事だよ。柔軟体操と走り込み。それから簡単な運動」
それを聞いたレイは目を輝かせて叫んだ。
「僕もやりたい!」
「おお、朝練をやりたいって奴、初めて見たぞ」
「良いんじゃないか? どうせ俺達だけだし」
ロベリオとユージンがそう言ってルークを見た。ルークもちょっと考えて頷いてくれた。
「じゃあ、やる気があるなら頑張ってもらおう。それなら明日は、六点鐘の鐘が鳴ったら起床。準備出来たら訓練所にって……ああ、知らないか。どうするかな」
「それなら、私がお連れします」
ラスティが請け負ってくれた。
「すまないね。頼むよ」
ルークの言葉に、ラスティが頷いてレイを見た。
「それでは、明日は早めに起こして差し上げますので、もう、今日は湯をお使いになってお休みください」
「分かりました。それじゃあ、皆、手伝ってくれてありがとうございました」
立ち上がったレイの言葉に、四人も立ち上がって、笑って顔を見合わせた。
「どっちかって言うと、ラスティの邪魔してたよな、俺達」
「僕なんか、完全に見てただけだよ」
「うん。俺もそうだな、好き勝手喋ってただけだ」
ユージンとタドラの言葉に、全員が同時に吹き出したのだった。




