緊張の夕食
「ああ、すまない。部屋まで来てから着替えを持ってきていないのに気付いたのだが、誰かが持ってきてくれるだろうから構わないとおっしゃられて、陛下が座ってしまわれてな。仕方がないので、時間潰しのお相手をしていたところだ」
着替えを持ったルーク達が部屋に入ってきたところで、振り返ったシヴァ将軍がちょっと困ったようにそう言って苦笑いしている。
「もう少し早く気付くべきでしたね。失礼しました。おや、初めて見ますがなかなか良い陣取り盤ですね」
駆け寄ってきた執事に陛下の着替えと荷物をまとめて渡したルークが、そう言って低いテーブルに置かれた陣取り盤を横から覗き込む。
盤上に並んでいる駒は少なくバラバラなので対決していたのではなく、どうやら何らかの攻め方の例を挙げて実際に駒を動かしながら話をしていたようだ。
下げられた駒の横には、上級者向けの陣取り盤の攻略本が数冊置かれている。
「これは、シルカー伯が持ってきてくれたものだよ。さすがに陣取り盤はここには無いだろうとおっしゃられてね」
笑ったシヴァ将軍の言葉に、納得したルークが頷く。
「ああ、そうなんですね。そういえば、土産の荷物にもマイリーが厳選した陣取り盤が幾つかありますよ。よかったら使ってみてください」
「うん? 陣取り盤を土産に持ってくるとは、レイルズの為か?」
ルーク達が来ても盤上から顔を上げなかった陛下が、驚いたようにそう言ってルークを見る。
「ああ、そういえば陛下はご存じありませんでしたね。ニコスがこの陣取り盤の強者なんです。どれくらい強いかというと、マイリーとほぼ互角の勝負をします。お互いに連勝出来ないくらいのね」
笑ったその言葉に、陛下だけでなくシヴァ将軍までが目を見開く。
「ああ、そうか……ニコスは、もともとオルベラートの貴族の屋敷で執事をしていたのだったな。ならば陣取り盤を知っていて当然か。しかもマイリーと互角だと? それは素晴らしいではないか。是非とも後ほどお相手を願うとしよう」
「どうぞお手柔らかに」
満面の笑みになった陛下の言葉に、苦笑いしたルークがそう言って首を振る。
その隣では、それなりに親しくなったつもりだったが今までそんな話はニコスと一度もした事が無かったシヴァ将軍が、初めて知る事実に密かにショックを受けていたのだった。
「ああ、やっぱりこうなりましたか……」
とりあえず、それぞれの着替えの入った荷物を部屋に持って戻り、急ぎ着替えを終えてから控えていた執事達に案内されて、いつもの居間ではなく別の部屋に通されたところで部屋を見回したタキスが思わずそう呟く。
レイとタキス達の背後では、こちらも着替えを終えてその後ろをついてきていたルークとヴィゴ、それからシルカー伯爵が揃って苦笑いをしていた。
案内されたのは普段は使っていない広い部屋で、部屋の中央には、横長の四角い巨大なテーブルが並べられ真っ白なテーブルクロスがかけられている。そして、当然のようにそこに置かれているのは幾つかのカトラリーだけだ。
「まあ、陛下と同席すると言われた時点でこうなるのはまあ予想はしていたが、これは相当に正式な晩餐会であろう? ふむ、我ら如きの付け焼き刃の礼儀作法では、何か失礼をして叩き出される場面しか想像出来んなあ」
タキスの後ろにいたギードが、困ったように笑いながらテーブルを見ている。
「大丈夫ですから、いつもと違う環境を楽しむくらいの気分でいてください。ほら、座って」
「そうだよ。ちゃんと教えてあげるから安心してね」
笑ったルークの言葉に、満面の笑みになったレイもそう言ってギードの腕を叩く。
「まあ、今更泣き言を言ったところでどうにもならぬな。レイよ、よろしく頼む。それにしてもまさか、家に帰ってきてまでこうなるとはなあ。ほんに精霊王はご冗談がお好きと見ゆる」
大きなため息を吐いたギードの言葉に、全く同じ事を考えていたタキスも何度も頷いてから大きなため息を吐いた。
その隣では、完璧に整えられた部屋を見て、こちらも困ったように苦笑いしているニコスがいたのだった。
「待たせたな。おお、これはまた広い部屋だな。ほう、この広い空間を柱無しに削り出してしまうドワーフの技術は素晴らしいな。ああ、構わぬから座りなさい」
着替えを終えた陛下が、シヴァ将軍と共に入ってきたところで、着席していた全員が即座に立ち上がる。
それを見て笑った陛下が部屋を見回してからそう言い、陛下が座ったのを見て全員が改めて席につく。
まずは、食前のワインが用意される。
「精霊王に感謝と祝福を。そして、大切な家族に乾杯」
陛下の言葉に、皆笑顔でグラスを掲げた。
そして用意された豪華な料理を前に、完璧な作法と笑顔で美味しく食べるレイと違い、タキス達は緊張のあまりほとんど味のしない夕食を、こっそりレイやルークが寄越してくれたシルフ達や、知識の精霊であるニコスのシルフ達に助けられつつ食べる事になったのだった。




