陛下の到着
「失礼いたします。あと一刻ほどで陛下がお越しになられると、今知らせがまいりました」
食事を終え、書斎に戻ってのんびりと読書を楽しんでいると、ルークの側に駆け寄り一礼した執事がそう報告した。
「ああ、了解だ。ううん、もう少しかかるかと思ったが案外早く片付いたな」
笑ってそう言ったルークが、読んでいた本をそっと閉じる。
「えっと、陛下がお越しになったらもう出発ですか? それとも、少し休憩なさるのかな?」
同じく読んでいた本を閉じたレイが、そう言ってルークを見る。
「一応、そのまま出発すると聞いているから、レイルズは急いで着替えておいで……ええと、タキス殿やニコスとギードは、服はそのままでいいのかな?」
今のレイは、通常の竜騎士の白い制服を着ている。それに対してルークとヴィゴは遠征の際などに着る薄緑の制服だ。
「あ、そっか。了解です。急いで着替えてきます!」
今朝、朝練を終えて湯を使ったあと、この制服を着る際に壁に薄緑の制服も用意してあったのを思い出したレイが、慌てた様にそう言って立ち上がる。
「我々は、上着を着てマントを羽織って行くつもりでございましたから、このままで構いません」
笑って胸元を引っ張るタキスの言葉にニコスとギードも頷き、側にいたニコスが立ち上がったレイの背中を叩く。
「うん、じゃあ着替えてくるね」
笑ってそう言うとレイは早足で駆け出して行った。廊下に控えていたラスティと執事がそれに続く。
「では、とりあえず俺達は待機だな。じゃあもう少し読ませてもらうとしよう」
出て行くレイを見送ったルークとヴィゴは、顔を見合わせてから笑ってそう言うと読みかけていた本を開いた。
タキス達もそれを見て頷き合うと、それぞれ読書を再開したのだった。
「ただいま戻りました!」
ルーク達と同じ薄緑色の遠征用の制服に着替えたレイがあっという間に戻ってきて、先ほどまで座っていたソファーにまた座る。
「じゃあ、僕ももう少し読ませてもらおうっと」
小さくそう呟き、先ほど読み掛けていたまま置いてあった光の精霊魔法に関する本を手にした。
『間も無く出発だな』
ふわりと現れたブルーの使いのシルフの言葉に、本から顔を上げたレイは笑顔で頷く。
「そうだね。皆と一緒に帰れるなんて思っていなかったから、陛下に感謝だね」
笑いながら小さな声でそう言ったレイに、ブルーの使いのシルフも笑って頷きレイの頬にキスを贈った。
『そうだな。我も嬉しい。まあ受け入れる側は大騒ぎだった様だがな』
「シヴァ将軍と身内の方に感謝だね。でも、あの石のお家を作ってくれた昔のドワーフの皆さんも、まさか陛下がお泊まりになるなんで思ってもいなかっただろうね」
『そうだな。まあ、本来皇族が一般の家に泊まる事など有り得ぬ事だが、蒼の森は、他とは隔絶されたある意味完全な閉鎖空間だからな』
面白がるようなブルーの使いのシルフの言葉に、納得したようにレイも頷く。
「確かにそうだね。せっかくだから、陛下に蒼の森と石のお家を少しでも楽しんでいただけたら僕も嬉しいなあ」
『そうだな。では今回の旅が良きものになるよう。我からも精霊王に願っておいてやろう』
「あ、精霊王に丸投げしたぞ」
読書の手を止めてレイとブルーの会話を聞いていたルークがそう言い、レイとブルーの使いのシルフは揃って吹き出したのだった。
「おお、ラピスとフレアが並んでいると、なかなかに壮観な眺めだな」
ラプトルの脚を止めた陛下が、庭に座って寛いでいる竜達を見て感心した様にそう呟く。
「フレア、こうして間近で会うのは久し振りだな。今日はその背に乗せてもらうから、よろしく頼む」
笑いながらそう言いラプトルを駆けさせて真っ赤な竜の側へ行った陛下は、寄せられた大きな額をそっと撫でた。
「確かに、こうして間近で会うのは久し振りだな。オルサム。久し振りに其方をこの背に乗せるのが、我も楽しみだよ」
嬉しそうにそう言って喉を鳴らしたルビーは、甘えるように差し出されたその手にそっと頬擦りした。
ルビーは、以前の自分の主であった陛下の事をオルサムと名前で呼ぶ。そして、本来ならば主にしか許さない、フレア、というもう一つの己の名前を呼ぶ事も許している。
この国の守護竜であるルビーは、他の竜達とは違い、基本的に皇王か皇太子を己の主とする。
他の竜にとって己の伴侶である主が唯一無二であるように、ルビーの唯一無二の伴侶は、この国そのものなのだ。なので、この国を統治する皇族が国の代表として主となる。
後継となる直系の男子が成人した時点で、継承の儀式、というものが行われてルビーの主は皇太子へと引き継がれる。
ファンラーゼンの国は建国以来六百有余年、そうしてこの国を守護竜をはじめとする竜達とともに守り続けているのだ。
「お待ちしておりました」
執事達から陛下到着の知らせを受けて、ルークとヴィゴを先頭にレイ達も外に出てきた。
「ああ、待たせてすまなかったな。準備は万全か?」
それぞれの竜達の胸元や背中には、すでに荷物を入れたいくつもの木箱がしっかりと取り付けられている。
ブルーの胸元と背中にも、大きな木箱がいくつも並んでいる。
「我らは準備万端だよ」
面白がる様なルビーの言葉に、ラプトルから降りた陛下が笑う。
「うむ。では、行くとしようか。一気に上がると目立つので、ゆっくりと順番にな」
そう言って、伏せてくれたルビーの腕から背中へと上がり鞍に跨る。
「おお、本当に久し振りだな」
嬉しそうにそう言いそっとルビーの首元を叩く。
ゆっくりと翼を広げたルビーが上昇して行くのを見て、ルークとヴィゴがそれぞれ自分の竜に飛び乗りそれに続く。
上空をゆっくりと旋回した三頭の竜は、そのまま北上して竜の背山脈へ向かっていく。
「では、其方達も乗りなさい」
それを見送っていたブルーが、そう言って伏せてくれる。
「し、失礼します」
上着を着てマントを羽織ったタキス達が、ブルーに向かって一礼する。
「じゃあまず僕が乗るね!」
笑ったレイが得意そうにそう言い、近くにあったベルトを掴んで飛び上がる。
当然、心得たシルフ達が即座に補助してその大きな体を一気にブルーの背の上まで届ける。
「蒼竜様、申し訳有りませんがもう少し伏せていただけますか。我らにあのような無茶は出来ませんので」
苦笑いしたタキスの言葉にブルーも笑って首を伸ばすと、ゆっくりとその大きな体を伏せてくれたのだった。




