おやすみ前の一幕
「はあ、なかなかに楽しかったよ。それじゃあもう、俺は部屋に戻らせてもらおうかな」
ようやく笑いの収まったところで、ため息を吐いたマイリーがそう言ってベッドから起き上がる。
「待て待て、両手は開けておけ。座面は俺が戻しておくからそこに置いておいていいぞ」
座面を抱えたまま、それを支えにして立ちあがろうとするマイリーを見て、ヴィゴが慌てたようにそう言って駆け寄る。
「ああ、すまない。じゃああとは頼むよ」
笑ってソファーの座面をベッドに置いたマイリーが、ヴィゴに手を引かれて立ち上がる。
一旦側にあった椅子にマイリーを座らせたヴィゴが、ベッドに転がっていた座面をソファーに戻す。
それを見たレイとルークが慌てて起き上がりそれを手伝った。
「じゃあ、マイリーを部屋に送ったら俺も戻らせてもらうよ。なかなかに楽しかったぞ。おやすみ」
「はあい。お疲れ様でした。おやすみなさい」
マイリーの手を引いて立ち上がるのを助けたヴィゴの言葉に、レイが笑顔でそう言って手を振る。
「おやすみ。なかなかに楽しい夜だったよ」
笑ったマイリーもそう言い、ヴィゴと並んで部屋を出ていった。二人の枕を持った従卒のアーノックとパトリック、それから執事二人がその後に続いた。
「それじゃあ俺達も部屋に戻らせてもらうか。おやすみ〜」
「じゃあ、俺達も戻らせてもらうよ」
「楽しかったよ」
「おやすみ〜〜」
枕を手にしたカウリもそう言い、同じく枕を抱えた若竜三人組も笑顔でそう言いながらそれに続く。
「それでは、僕も部屋に戻らせてもらいますね。おやすみなさい」
笑顔のティミーも、枕を抱えて執事のマーカスに付き添われて部屋に戻っていった。
「じゃあ、俺も部屋に戻ります。三人は、どうぞゆっくりしていってください。積もる話もあるでしょうからね。なんなら、レイと一緒のベッドでお休みいただいても構いませんよ。明日の出発は、陛下の予定に合わせますので早くても昼食の後、もしかしたらもう少し遅くなるかもしれませんので」
「そうなんだね。じゃあ一緒に寝ようよ!」
目を輝かせたレイの言葉に、タキス達が揃って驚いたようにルークを見る。
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんです。今日は普通に解散しましたが、普段ならマイリーとヴィゴ以外の俺達全員、それこそティミーまで一緒になって折り重なって寝ていますよ。下敷きにされた奴が痺れて悶絶するのはお約束みたいなものです」
笑ったルークの説明に、レイが思いっきり吹き出す。
「僕、体が大きいから大抵ベッドから蹴り飛ばされているか、重なって寝ている場合にはほぼ一番下なんだよね。腕や足が毎回痺れが切れて大騒ぎになっているよ」
「そ、そりゃあ大変だな」
その状況が容易に想像出来てしまい、タキスだけでなくニコスとギードも揃って吹き出していたのだった。
「はあ、せっかく湯を使ったのに、また汗をかいちゃったね」
皆部屋に戻り、レイの部屋にいるのはタキス達だけになったところで苦笑いしたレイが床に落ちていたクッションを拾いながらタキス達を振り返った。
今は執事達が音もなく動き、散らかった部屋を片付けてくれている真っ最中だ。
「レイルズ様、準備は出来ておりますので、よければもう一度湯をお使いください」
ワゴンを片付けていたラスティの言葉にレイが笑顔で頷く。
「じゃあ交代でもう一度湯を使わせてもらうね。えっと、誰から使う?」
まだ立ったままだったタキス達が顔を見合わせる。
「それならレイ、先に行ってきてくれていいぞ。俺は疲れたからちょっと休憩だ。これ少しいただきますね」
笑ったニコスがそう言い、ワゴンに置いてあった白ワインのビンとグラスを貰い座面が戻されたソファーに座る。
その隣に苦笑いしながら頷きワイングラスを手にしたタキスが座り、向かい側にあったこちらも座面の戻ったソファーにため息を吐いたギードが赤ワインの瓶とグラスを手に座る。
「わかった、じゃあすぐに戻るから、飲みすぎないでね」
笑ったレイが、そう言って手を振って湯殿へ向かう。
その背中を見送ったタキス達は、湯殿の扉が閉まったところで揃ってため息を吐き、それぞれのグラスにワインを注ぎあった。
「精霊王に感謝と祝福を」
お決まりの乾杯の言葉の後、それぞれゆっくりとワインを飲み干す。
「もう明日には帰るのか。いやあ、あっという間だったな」
空のグラスを手にしたまま天井を見上げたギードの呟きに、タキスとニコスも同じように天井を見上げてもう一度ため息を吐いた。
「帰りたくないという思いと、早く帰らなければという思い。どちらもありますね。なんとも不思議な気持ちです。もっと早く帰っていれば、この気持ちも軽く済んだのでしょうかね……」
天井を見上げたままのタキスの小さな呟きに、同じく天井を見上げたままのニコスも小さく頷く。
「確かに、どちらのお気持ちもあるな。だけど俺はここへ来て、ここで過ごす楽しそうなレイの姿を数多く見て、正直言って感心すると同時に安心したんだ。もうレイは、ここオルダムに自分の場所をしっかりと持ち、周りにもそれをしっかりと認められている。もちろん、皇族を後見人に持ち古竜の主という立場は絶対的なものだろうけれど、だからこそ反発する人は絶対にいるはずなんだ。だがここへ来て、少なくとも俺が見たレイの周りにいる、彼と直接関わるお立場の方々にそのような人は皆無だった。念の為シルフ達にも確認したが、ごく一部の血統主義の人以外は、レイをあからさまに悪く言うような人はほぼ皆無だそうだよ」
「それは良い事ではないのか?」
驚いたようにニコスを見たギードの言葉に、ニコスは上を向いたまま目を閉じて首を振った。
「もちろん良い事だよ。だが貴族社会の裏も表も知る俺にしてみれば……これは奇跡に近いような、いや、奇跡そのものと言ってもいいような状況だよ。最初のうちは、こんなに周りが味方だらけのはずがない。竜騎士様方に騙されているんじゃあないかって、割と本気で思って疑っていたくらいだからな」
「何だそれは」
呆れたようなギードにそう言われて、顔を戻したニコスが吹き出す。
「正直に言うと、今でもこれが現実だと信じられないよ。実はまだ出発前で、俺は長い夢を見ているんじゃあないかと疑いたくなる。朝、目を覚ます度に、これが夢ではないのだと毎回確認しているくらいなんだ」
「実を言うと、私も似たような気分ですね。夢なら覚めないでくれと、毎日思っていますよ」
手酌で白ワインを自分のグラスに注いだタキスも、そう言って笑う。
「なんだ。相変わらずおまえさん達は考えがひねくれておるのう。俺は、ここでのレイの周囲にいる人達が良い方々ばかりな事に、疑いもせずに素直に感心していたぞ」
「もちろん、ギードはそれでいいよ。ずっとそのままでいてくれ」
ニコスが、こちらも手酌で白ワインをグラスに注ぎながらそう言って笑う。
「何だか、馬鹿にされた気がするのは気のせいか?」
「もちろん褒めているんだよ。お前は、俺と違って真っ直ぐでいてくれ」
にんまりと笑ったニコスの言葉にギードが吹き出し、遅れて話を聞いていたタキスも吹き出す。
レイが湯を使って部屋に戻ってきた時には、三人は笑いすぎて出た涙を拭いつつ、新しく開けたワインでまた乾杯していたのだった。




