マイリーの願いとニコスの答え
「いやあ、あの顔ぶれに取り囲まれているのに笑顔で対応出来て、その上ほぼ女性しかいない刺繍の花束倶楽部に所属していてその会合に喜んで参加する。いやあ、我が後輩ながらちょっと尊敬するなあ」
「だな。俺には絶対無理」
「いやいや、俺にも絶対に無理だって」
呆れたようなカウリの呟きに真顔のルークがそう答え、ちょうど一緒にワインを楽しんでいたディレント公爵の嫡男であるユーリまでが真顔でそう言い、三人揃って何度も頷いては笑い合っている。
ちなみに、彼らの周りでその会話が漏れ聞こえた他の男性達までが、全員揃ってもの凄い勢いで何度も頷いていたのだった。
「どうかしましたか?」
新しいワインをもらったレイが、不思議そうにルーク達を振り返ってそう尋ねる。
「何でもないよ。器用な後輩が大人気だなあと思って感心しているだけ」
平然と笑ったルークがそう言い、首を傾げるレイを見て周囲にいた男性陣だけでなく、ルークが何を言いたいのかわかっている女性陣も密かに笑いを堪えていたのだった。
「正式な竜騎士様になられても、この辺りのレイルズ様の鈍さは相変わらずのようですわね」
完全に面白がってイプリー夫人の呟きに、ミレー夫人も口元を扇で押さえつつうんうんと頷いていたのだった。
「はあ、ちょっと一度休憩にしましょうか。連戦でニコスも疲れたでしょう」
今回はマイリーの勝ちで勝負が終わったところで、苦笑いしたマイリーがそう言って背後を振り返る。
心得ていた執事が、即座にワインとつまみのお皿を乗せたワゴンを押してきてくれた。
ヴィゴと陣取り盤を挟んで二人の勝負を再現していたティミーも、それを見て笑顔で頷く。
「ティミーは眠くならないか?」
そろそろいつもなら休んでいる時間のティミーは、マイリーに心配そうに聞かれてリンゴのジュースを貰いながら笑顔で首を振った。
「お二人の勝負が凄すぎて、再現を追いかけているだけでも夢中になれます。なのでまだ全然眠くないです!」
もう子供は休めと追い返されては大変とばかりに、ティミーがそう言って顔の前で手を振る。
「それならいいが、無理はしないようにな。子供はちゃんと寝ないと駄目なんだぞ」
「いつもは早寝早起きしていますからご心配なく。今日は特別です!」
得意げに胸を張るティミーの言葉に、マイリーはワインを飲むニコスを見た。
「じゃあ、一休みしたらティミーの相手をお願い出来ますか。俺はもう少しニコスの攻略法を考えます」
「おお、怖い怖い。これ以上責められたら丸裸にされそうだ」
ワイングラスを置いたニコスが、両手で自分の体を抱きしめるようにしながらわざとらしく震えてみせる。
「何しろ、久しぶりに出会えた攻め甲斐のあるお相手ですからねえ」
にんまりと笑った、いっそ開き直りとも取れるマイリーの答えに、ニコスは堪える間も無く吹き出し、遅れてティミーとヴィゴも揃って吹き出したのだった。
「ねえニコス。タキス殿やギードと共に、オルダムに来てくださるという選択肢はありませんか?」
笑いが落ち着き、それぞれ好きなワインやジュースを楽しんでいる時に、顔を上げたマイリーがニコスに向き直って真顔でそう口を開いた。
「今まさに、オルダムに来ていますよ?」
以前、レイに全く同じ事を言われた時のタキスが答えたのと同じ言葉を、ニコスもわざとらしく驚いて返す。
しかし、もうその答えだけでニコスが言いたい事を理解したマイリーは、それ以上何も言わずに小さく吹き出す。
「確かにそうですね。これは失礼しました」
当然、ヴィゴもティミーも同じく理解していたのでチラリとマイリーを見ただけで何も言わない。
「残念です。もし気が変わったらいつでも言ってください。大歓迎しますよ」
「ありがとうございます。実を言うと、全く同じ事をレイにも言われましてね」
笑ったニコスの言葉に、全員が驚いたようにニコスを見る。
「その時には、タキスが今の私と全く同じ答えを返しました。その後、少し四人で話をしましてね。良い機会ですから、聞いていただきましょう」
ワインを一口飲んだニコスは、小さく笑って自分を見つめている三人を順番に見た。
「レイがここで一緒に暮らしてほしいと、そう願ってくれた事は素直に嬉しかったですよ。もちろん、マイリー様からのお言葉も。でも、我々の生活の根っこは蒼の森にあります。そして我らはもう、あの地に骨を埋めるつもりです」
何か言いかけて口を噤んだティミーを、ニコスは優しい笑顔で見て頷いた。
「お若いティミー様の人生の旅は、今まさに始まったばかりです。これから進む真っ白な道に、どんな色をつけ何を植えるのか。そしてどんなお方と出会い共に道を進む事になるのかは、全てティミー様次第です。時には越えられないほどの茨の道やきつい坂道だってあるでしょう。ですがそれこそが人生の醍醐味です。どうぞ良き旅を。ですがもう我らはそれぞれの自分の旅を終えました。もう、我々の旅はあの地が終着点なのですよ。それ以上繋がる道はありません」
「竜人の人生は長い。もう終わりと決めつけるのは尚早ではありませんか?」
真顔になったマイリーの言葉に、ニコスは笑って首を振った。
「確かに人の子よりは遥かに長い人生でしょうね。でも、それでももう己に課せられたやるべき事は全てやったと、精霊王の前で胸を張って言えますね。あとの人生はご褒美みたいなものですよ」
その言葉にマイリーが目を見開く。
「あとの人生はご褒美みたいなもの……成る程。そう言われてしまっては無理は言えませんね。失礼しました。さっきの俺の言葉は忘れてください。精霊王に感謝と祝福を」
マイリーはそう言って手にしていたワイングラスを掲げた。
「精霊王に感謝と祝福を」
笑顔で手にしていたワイングラスを掲げて乾杯の言葉を返したニコスは、マイリーと顔を見合わせて笑顔で頷き合ってから、それぞれのワインを一息に飲み干したのだった。




