事前準備と思わぬ助け舟
「では取り急ぎ、この三日の間にしていただくてはならない事を書き出しますので、後ほどもう一度連絡させていただきます」
『了解しました』
『正直に申し上げて』
『何をしたらいいかなど全く分かりません』
『詳しいご指導をお願いします』
並んだ伝言のシルフ達が、そう言って深々と頭を下げる。
「それでは、ひとまずこれにて失礼します」
『次の連絡をお待ちしていますね』
もう一度先頭のシルフが深々と頭を下げてから、伝言のシルフ達が次々に立ち上がってくるりと回って消えていった。
全ての伝言のシルフ達が消えるまで無言で見送ったニコスは、最後の一人が完全に消えたのを見届けてから大きなため息を吐いて頭を抱えた。
「どこからを手をつければいいんだよ。ううん、自分でするのならいざ知らず、シヴァ将軍やアンフィー達に一から説明して動いていただくには、何をどうすればいいんだよ」
もう一度大きなため息を吐いたニコスを見て、タキスとギードは困ったように顔を見合わせて揃って首を振った。
「これに関しては、我らはほぼ役立たずですねえ」
「だな。まあ強いて言えばワシの家の客間の準備を頼むくらいじゃなあ」
こちらも揃って大きなため息を吐いた二人の言葉に、苦笑いしたニコスがもう何度目か数える気もない勢いで大きなため息を吐いた。
その時、控えていた執事達が途方に暮れるそんな三人の様子を見て、互いに無言で目を見交わしてから揃って頷き合った。その直後に音もなく動いた数人の執事が控えの部屋に下がり、それを見たアルベルトもそれに続いて音もなく控えの部屋まで下がる。
即座に別の執事がお茶のワゴンの横に立ち、まだ無言で頭を抱えている三人に手早く新たな紅茶の準備を始めた。
「ああ、ありがとうございます。うん、とりあえずこのお茶を飲んだら思いつく限りに事をまずは書き出そう。考えるのはそれからだな」
完全に投げやりな口調になったニコスの呟きに、何も出来ないタキスとギードも困ったように笑っている。
なんとも言えない妙な雰囲気のまま無言で紅茶を飲んでいると、控えの部屋からアルベルトを先頭に執事達が出てきた。
「失礼いたします。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
一礼するアルベルトの言葉に、ニコスが驚いたように顔を上げる。
本来、このような状況で執事の側から積極的に話しかける事は基本的に無い。
今、あえてそれをするという事は、何らかの解決策があるのだろうと思われた。
「ええ、何でしょうか。何か解決策があるのなら是非ともお教えいただきたい」
真顔になって座り直したニコスが、そう言ってアルベルトを見る。それから彼の背後に控えた執事達の顔ぶれを見て破顔する。
「ああ、そうか。ここに頼れる方々がいるじゃあないか!」
驚くタキス達を見て、ニコスは笑顔で居並ぶ執事達を示した。
「こちらに控えている彼らは、マティルダ様のご指示でこの館に応援来てくれている、元々奥殿に務める執事達なんだ。な、まさに専門家だよ」
納得したタキスとギードが感心したような声を上げるのを見て。ニコスも笑って小さく拍手をした。
「聞かせてください。この状況で、何をどうしたらいいでしょうか?」
ニコスの言葉に笑顔で頷いたアルベルトが、背後に控える執事達を見てから口を開いた。
「一つめの提案としましては、ブレンウッドの街の貴族の方々の協力をいただく方法です。ブレンウッドからならば蒼の森の石の家まで近いですから、そちらから執事を借りて準備を整えるのは、ある意味確実な方法ではあります。ですがこの場合、皆様方がその貴族の方に借りを作る形となりますので、後々に何らかの問題が出る可能性があります」
「確かにそれが一番確実ではあるが……出来れば、それはやりたくはない方法だなあ」
真顔になったニコスの呟きに、タキスとギードも真顔になって頷く。
タキス達は、基本的に社交界や貴族社会に顔を出すつもりも、どこかの派閥と縁を繋ぐつもりもない。
ドワーフギルドマスターのバルテン子爵は、仕事柄ブレンウッドの貴族達との付き合いもあるようだが、彼からギードやタキス達にそういう関係で何か言ってくる事は一切ない。
ブレンウッドの貴族社会は、タキス達にとっては全くの未知の世界だ。
それに、バルテン子爵が今現在ブレンウッドにいれば密かに頼るのは可能かもしれないが、恐らくまだ帰路の途中であってブレンウッドまで帰り着いてはいないだろうから、それには無理がある。
「次の提案としましては、元々無関係な貴族の方を頼るのではなく、シヴァ将軍を通じてブレンウッドにあるご親戚を頼る方法です。シヴァ将軍の弟君の奥方様のご実家が、ブレンウッドのシルカー伯爵家ですから、ここを通じて頼るのは伝手としては使えるのではないかと愚考します」
「ああ、そんな関係があるのか。それなら、シヴァ将軍にお願いしてみるのは方法としてはありだが……そもそもその奥方様がどのようなお方なのかや、シヴァ将軍と弟君との関係がこちらでは一切分からないから、迂闊に頼むとシヴァ将軍に無理をお願いする可能性もあるな」
真顔のニコスの呟きに、アルベルト達も揃って頷く。
確かに伝手としては有効だが、肝心のシヴァ将軍と弟君との関係がどのようなものなのかが彼らには分からない。それに、もしもその奥方が何らかの問題のある人物だった場合、迂闊に頼ると、これも後々に問題が出る可能性がある。
特に貴族の場合、身内である兄弟や親戚でも酷い不仲で言葉も交わさない、なんて事は珍しくはないので、良好な関係だと勝手に仮定するのは危険な場合も多い。
仮に、万一シヴァ将軍とその弟君との仲が不仲であったとしても、この状況を考えれば、間違いなくシヴァ将軍は弟君に頭を下げて頼んでくれるだろう。それはあまりに申し訳ない。
「それも最後の手段としてはありかもしれないが、こちらから言い出すのは出来れば控えたほうがよさそうだな」
またため息を吐いたニコスの呟きに、アルベルト達も困ったようにしつつも真顔で頷き合っていた。
「最後になりますがそれらの繋がりが無理な場合、こちらの彼らがシヴァ将軍閣下に、事前にやっていただきたい最低限の必要な手配について詳しく説明出来るかと申しております」
「こちら、乱筆にて申し訳ありませんが、取り急ぎ必要そうな事柄をいくつか書き出してみました」
アルベルトの言葉に進み出た執事から数枚の紙を受け取ったニコスは、慌てたようにテーブルにそれを広げて書かれた内容を読み始めた。
タキスとギードは、黙って見ているだけで何も言わない。
「これは素晴らしい。資材の場所や必要なものの置き場はアンフィーが知っていますから……うん、これならなんとかなりそうな気がしてきたよ」
苦笑いしつつそう言って頷くニコスの言葉になんとか解決策が見つかりそうだと分かって、タキスとギードは顔を見合わせて揃って安堵のため息を吐いたのだった。




