今日の予定
「おはよう。あれあれ、早いんだね。せっかくの自由な時間なんだから、もっとゆっくり休んでくれていいのに」
翌朝、貴族の館に逗留する客人としてはかなり早い時間に、とはいえタキス達にしてはゆっくりな時間に起きた三人が見たのは、いつも朝食を食べる部屋で、すっかり身支度を整えてカナエ草のお茶を飲みながら満面の笑みで手を振るレイの姿だった。
「おはようございます。レイ、いつこっちへ戻ったのですか?」
本部に泊まると聞いていたはずのレイがここにいる事に驚いたタキスが、慌てたようにそう言ってすっかり定位置になったレイの隣の席に座る。
「うん、その予定だったんだけどね。昨日の夜会を終えてからルークに今日の予定を聞いたんだけどさ。また夜会には参加しないといけないから夕方には本部に戻らないといけないんだけど、それまでは自由にしていいって言われたんだ。それでかなり遅い時間になったけど、せっかくだからタキス達と一緒にいたくてこっちに戻ってきたの。帰ってきたのは深夜をとっくに過ぎたかなり遅い時間だったからね。タキス達はもう休んだ後だって聞いたから声をかけなかったんだよ。それでいつもの時間に起きてひとっ走りしてから柔軟体操と素振りを終えて、今朝食を食べ終わったところです!」
笑顔で胸を張るレイの答えに、タキス達も揃って笑顔になる。
「そんな遅くに帰ってきたのに、ちゃんと朝練は行ったんだな。素晴らしいぞ、レイ」
拍手をしながらのギードの言葉に、タキスも笑顔で頷く。
素直に、急に出来た自由な時間に喜ぶレイとタキス達を笑顔で眺めつつ、貴族達の考え方や動きに詳しいニコスは、頭の中で、今日のレイが急に休みになった理由を考えていた。
間違いなく昨日のタキスの一件で、今日のうちにイルムガルド伯爵が何らかの動きをするだろうから、その対応の為にレイを一旦屋敷に戻らせたのだろう。
つまりルーク様やマイリー様は、今のレイとイルムガルド伯爵とを直接会わせなくてもいい、いや、すぐには会わせるべきでは無いと考えているのだろう。
イルムガルド伯爵がレイやタキスに詫びを入れようとするなら、間違いなくまずは竜騎士隊の本部と連絡を取る。
直接、瑠璃の館に訪ねてくるような事は絶対にしない。
それは、貴族の当主として、いや貴族社会の一員としては絶対にやってはいけない礼儀知らずな行為となるからだ。
仮に、レイが瑠璃の館にいるとして、イルムガルド伯爵が会いたいと思ったのなら、まずは先ぶれを寄越してレイが館に滞在しているかを確認し、その上で改めて面会を申し込み、承諾されてから訪ねるのが普通なのだ。
イルムガルド伯爵とレイがとても親しい仲だった場合には先ぶれ無しで突然訪ねても受け入れられるが、そうでない今回のような場合、万一礼儀知らずを分かった上で急に訪ねて来たとしても、アルベルトをはじめとする執事達が対応して、絶対に無礼な招かれざる客人をレイに会わせるような事はしない。
チラリと横目で見たアルベルトが、何か言いたげなニコスの視線に気づいて笑顔で小さく頷いてから一礼する。
もうそのやり取りだけで、自分の考えがほぼ間違っていない事を確認したニコスだった。
今のレイは、立派になったとは言ってもまだまだ未熟な若者だ。
だが、竜騎士隊の方々をはじめ、周囲の人達には恵まれているようで、ニコスは密かに安堵のため息を吐いた。
「お世話をおかけします」
早速用意された朝食を前に、アルベルトに改めてお礼を言ったニコスだった。
「えっと、今日は何か予定はあるの? また、王立図書館へ行くなら付き合うよ」
食事を終えたタキス達の前に紅茶が置かれたところで、二杯目のカナエ草のお茶を飲んでいたレイが嬉しそうにそう尋ねた。
「特に予定も無いのでのんびりするつもりだったんですけれどね。せっかくレイが帰ってきてくれた事ですし、何か……そうだ。貴重なオルダムにいられる自由時間なんですから、御印帳を持って街へ出ましょうか。全部は無理でしょうが十二神の神殿を巡って、今しか貰えない、レイの叙任記念の御印を集めるなんてどうですか?」
「それいいね! 行こう行こう!」
目を輝かせて右手を挙げるレイを見て、ニコスとギードも笑いながら右手を挙げたのだった。
「では、お出掛けの準備をしておきます。念の為、護衛の者達をお連れください」
控えめなアルベルトの言葉に、苦笑いしつつ頷くレイだった。




