その後の事
「ただいま戻りました。あれ、どうしたんですか?」
ルーク達が、タキスやガンディとの精霊通信を終えたところで、ジャスミンとニーカを四階まで送り届けに行っていたレイが戻ってきて、揃って大爆笑しているルーク達を不思議そうに見ながら席についた。
「ああ、ご苦労さん。いや、ちょうど今、所用でタキス殿からシルフを通じてちょっとした報告をいただいたところだよ」
なんとか笑いを収めたルークの言葉に、レイが驚いて目を見開く。
「ええ、僕も話したかったです。でも、わざわざこんな時間にタキスがルークに直接連絡を取るって……もしかして、何かあったんですか?」
拗ねたようにそう言ったレイだったが、不意に心配そうな声でルークを見た。
わざわざ自分ではなくルークに直接連絡を取ったという事は、恐らくだが何かあったのだろう。
だが、その何かが全く思い付かずに不意に不安になった。
「ああ、大丈夫だよ。今すぐどうというわけじゃあないんだけど、一応念の為の情報共有だよ。ほら、今からレイルズ君にも分かるように詳しい説明をしてあげるから、ちゃんと話を聞くように」
「はい! お願いします!」
慌てたように居住まいを正すレイを見て、苦笑いしたルークが頷く。
「まあ、楽にして聞いていいぞ」
そう言ってから、先程タキスから聞いた国立図書館での一件をかいつまんでレイに話した。
それから、ガンディから聞いた問題の医師の話も併せて伝える。
一通りの説明が終わったところで、レイは無言になって考え込んでしまった。
そんなレイを、ルークだけでなくロベリオ達やティミーまでもが面白がるようにしつつも黙って見つめている。
「えっと、これって……」
「おう。なんでも言ってくれていいぞ」
笑顔のルークの言葉にまた黙り込んだレイだったが、しばらくして小さく頷いた。
「えっと、この場合問題になるのは、そのタキスが助けたヴィリス君がイルムガルド伯爵家のご子息だったから、って事ですよね?」
自信無さげなその言葉に、苦笑いしたルークが口を開く。
「どうして、イルムガルド伯爵家だったから問題だと思った?」
「それは……言っていいんですか?」
質問に質問で返され、一瞬戸惑うようにルークを見たレイは、また少し考えてから口を開いた。
「もちろん。言っただろう? なんでも言ってくれていいって」
笑ったルークの答えにもう一度頷いたレイは、もう少し考えてから遠慮がちに口を開いた。
「その、イルムガルド伯爵家って、いわゆる血統主義の方々ですよね? 何度か奥方のイシェル夫人と夜会でお話しさせていただいた事がありますが……正直言って、あまり話が弾んだ覚えが無いです。最近はあまりあからさまに言われなくなりましたけど、農民風情が、とか、田舎者は黙っていろ、みたいな事を平然と言われました。つまり、タキスが僕の身内だって分かったら、僕がタキスを唆せて何かさせたって考えて、言いがかりをつけられる可能性がある……って事、かな?」
「おお、ほぼ正解と言っていいぞ。そこまで分かるようになったとは素晴らしい。レイルズ君が順調に成長しているようで、指導役として俺も嬉しい」
わざとらしく感心したルークが、拍手をしながらそう言って笑う。
「もう、ルーク。僕で遊ばないでください。えっと、でもこれって無理矢理考えた答えだったんですけど、本当にこれで正解なんですか?」
逆に褒められて驚いたレイが、思いっきり嫌そうにそう尋ねる。
「まあ、その気持ちは分かるけど、最悪の場合はそういった言いがかりをつけてくる可能性もあるって事。だからこその情報共有だよ」
その答えを聞いて嫌そうに口を尖らせて眉間に皺を寄せるレイを見て、ルークだけでなく一緒に話を聞いていたロベリオ達も揃って吹き出す。
「お前、頼むからその顔はやめてくれ。俺達の腹筋を壊すつもりか」
「僕、笑いすぎてお腹が痛いです……」
正面からその顔を見てしまったロベリオとユージンだけでなく、ティミーまでがお腹を押さえてそう言い、もう一度今度はレイも一緒に吹き出して大笑いになったのだった。
「はあ、笑った笑った。まあ、そんなわけだから万一何かあってもこっちで対処するから心配しなくていい。もしも夜会でこの話をされたら、自分は何も知らないと言っていい。でもってすぐに俺にシルフを飛ばせ。いいな。迂闊に何か知っているような答えはしないように」
「分かりました。もしも何か言われても知らないって言います」
今夜の夜会でもしかしたら何か言われるかもしれない。そう考えてちょっと慌てたレイだった。
早めの夕食を食べてから、密かに気合を入れて参加した夜会だったが、問題のイルムガルド伯爵夫妻は夜会には姿を見せなかった。
そして、いつもならわざとらしく近寄ってきて何か言ってくる血統主義の人達からも、意外にも特に何か言われるような事は一切無く、それどころか明らかにレイを避けているような素振りすらあって、何故か誰もこっちに近寄って来ようとしない。身構えていたところに肩透かしを食らった気分で密かに首を傾げるレイだった。
「いやあ、タキス殿のお名前の威力は凄いなあ」
「めっちゃ怖がってるなあ」
「だな。いやあ、痛快だねえ」
そして、タキスが誰だったのかを知った後のあまりにも予想通りな血統主義の方々の反応に、もう完全に面白がっているルーク達だった。




