国立図書館へ
「では、いってきます。何から何まで、いつも行き届いた手配を本当にありがとうございます」
用意された馬車に乗り込む前に、満面の笑みのタキスが見送りに出てきてくれたアルベルトにそう言って頭を下げた。
「お喜びいただけて私も嬉しゅうございます。では、いってらっしゃいませ」
嬉しそうな笑顔でそう言ったアルベルトが、こちらも深々と一礼する。
笑ってもう一度お礼を言ったタキスが最初に馬車に乗り込み、ギードも続いて一礼してから馬車に乗り込む。
「本当にいつもありがとうございます。では行ってきますね」
最後にニコスがそう言ってアルベルトの腕を軽く叩いてから、一礼して馬車に乗り込んだ。
「では、出発いたします」
ラプトルに乗った護衛の者達が配置についたのを確認して御者がそう言い、ゆっくりと馬車が動き始める。
走り去る馬車が見えなくなるまで見送ったアルベルトは、小さく深呼吸をしてから見送りに出てきていた他の執事達と顔を見合わせた。
今ここに並んでいるのは、マティルダ様の指示で瑠璃の館にタキス達が滞在する間の応援要員として来てくれている執事達だ。
当然、仕事ぶりも、そしてそれぞれが持つ知識も技術も超一流揃いで、筆頭執事として指示を出す立場のアルベルトも学ぶ事が多い。
「それにしても、本当にわがままの一つも仰らない方々ですね。どのようなご指示も無茶なご要望も絶対に叶えて見せるつもりで張り切って来たのに、こんな楽をしていて良いのかと不安になる程です」
屋敷に戻りながら、一人の執事が小さな声でそう呟く。
「確かに、ちょっと驚くくらいに楽させていただいていますね」
他の執事達も考えている事は同じだったらしく、皆苦笑いしながらうんうんと頷いている。
アルベルトも全く同じ思いだったので、密かなため息を一つ吐いて大きく頷いたのだった。
自分よりも身分が上の方達の前や公式の場では愛想よく人当たりの良い顔をしているが、人目がなくなった途端に我儘放題になったり、日常的に理不尽な言いがかりをつけては、周りにいる執事や侍女達を怒鳴り散らしたり物に当たったり、最悪の場合には手を出したりもするような貴族達を大勢見てきた彼らにしてみれば、裏表なくいつも機嫌良く過ごし、裏方の者達にも当たり前のように笑顔でお礼を言い一切のわがままを言わず、仮に希望を言ったとしても今回のように叶えるのに何の問題もないような事ばかりのタキス達は、執事達にしてみれば、有り得ないほどに行儀の良い客人達だ。
唯一裏方の者達が慌て密かな大騒ぎになったのが、お越しになられてすぐの時にレイルズ様のご指示で夕食の形式が変更された事くらいだが、あれは無茶な要求などでは無く当然のご指示であったと理解しているし、後で皆で反省会を開いたほどだったのだ。
「お世話をする事に、幸せを感じるような方もおられるのですね」
「そうですね。あの方々がレイルズ様のご家族だというのも、こうしてみれば納得ですね」
それぞれがしみじみとそう呟き、顔を見合わせて何度も頷き合っていたのだった。
「ううん、改めて見ても見事な城だなあ」
馬車の窓から近付いてきたお城を眺めながら、ニコスが感心したようにそう呟く。
「確かによく出来ておる城だなあ。以前も思ったが、守りは完璧で攻め入る隙がどこにも無いわい」
ニコスの背後から外を見ながら、ギードもそう言って笑っている。
「勝手に攻めないでください。ですが、少なくとも今の国の形である三国が同盟を組んで出来上がった、ファンラーゼン国となって以降の六百有余年。外から攻められこの地が戦場となった記録はありませんよ」
苦笑いしたタキスの言葉に、二人も頷く。
「この鉄壁の守りこそ最大の抑止力、というわけだな。まあ地理的な部分も含めて、この地を首都と定めた初代皇王様は、その辺りの知識が豊富な素晴らしく優秀なお方だったんだろうな」
「きっとそうなのでしょうね。ですが習った歴史を思い出す限り、建国当初から百年ほどは特に色々と大変な事も多かったようですよ。国として安定して以降も、友好国である西のオルベラートと違い、東の隣国タガルノとの間には本当に色々とあったようですしね」
「まあ、その辺りは俺も知識としては少しは知っているが、確かに、あの国と国境を接するこの国には同情する事が多いな。それを言うなら、俺はこの国の歴代の皇王様を心の底から尊敬するよ。もし俺が皇王だったら、絶対に軍を率いて隣国を攻め滅ぼして合併しているよ。まあ、歴代の皇王様が誰もそれをしないって事は、やらないだけの理由が何かあるんだろうけれどさ」
苦笑いするタキスの言葉に、実際にはその辺りの裏事情をかなり詳しく色々と知っているものの、古の誓約については知らないニコスは、困ったように笑いながらそう言って肩をすくめたのだった。
無事に城に到着して馬車から降りたタキス達は、護衛の者達と一緒に城の敷地内にある図書館へ向かった。
ちょうど、白の塔と国立大学との間に位置する独立した建物である国立図書館は、世界最高峰と謳われる蔵書量を誇る、まさに文字通り知識の宝庫だ。
城の敷地内にある為、来る事が出来る者はある程度限られるが、基本的に身分証を持っていれば誰でも一般の図書室は閲覧可能だ。
受付を済ませたタキス達は、ここで一旦解散してそれぞれ好きに本を選び始めた。
一緒に図書館までやってきた護衛の者達は、少し離れたところに控えて見ているだけで特に邪魔も手伝いもしない。
彼らの事は気にしないで良いとニコスから教えられたタキスとギードも、最初のうちこそ困ったように時々控えている護衛の人達を見ていたが、目の前の大量の本にあっという間に夢中になり、それぞれ嬉々として本探しを始めたのだった。
医療関係と薬学に関する本が並んだ一角に陣取ったタキスは、まずは読みたい本を片っ端から集めて借りた移動式の本棚に並べ始め、とりあえず満足するまで集めたあとは近くの机と椅子を確保して座り、早速一冊目の本を開いて読み始めた。
しばらく夢中になって読んでいたが、不意に顔を上げて本に栞を挟んで一旦置くと持ってきたノートと万年筆を取り出し、早速何かをノートに書き出し始めた。
ギードは建築関係の分厚い本を数冊確保した後は、特にメモなどは取らずに近くのソファーに座って、集めた本を真剣に読み始めた。
ニコスは、精霊魔法に関する書籍が並ぶ一角に陣取ると、こちらも数冊まとめて確保すると近くの椅子に座り、ノートを広げて時折メモを取りながら夢中になって読み始めた。
誰に強要されたわけでもなく、それぞれ自分が知りたい知識を集めて勉強する三人は、山のような本に囲まれて至福の時間を過ごしていたのだった。




