声飛ばし
「ターコイズ。凄い!」
目を輝かせたレイの言葉に、ティミーの肩に座っていたターコイズの使いのシルフが笑顔で一礼する。
『この技を教えてくれた』
『ラピスに心からの感謝を』
『しかしなかなかに大変だったぞ』
「え? 何が?」
「え? 何が?」
笑ったターコイズの言葉に、レイとティミーの声が重なる。
『この技を習得するのがだよ』
『ちなみにラピスの主殿はこの声をそのまま飛ばす技を』
『どのようにして習得したのか教えてはいただけないだろうか』
『今後ティミーに教える際の参考にさせていただきたい』
「えっと……」
改めてそう聞かれて、どうだったか必死になって思い出す。
「確か、初めてブルーの声が聞こえたのって……」
しばし無言で考えていたレイが、目を輝かせて手を打つ。
「あ、思い出した! 春の初めに森へ綿兎の毛を取りに行った時だね」
「綿兎の毛?」
「兎を森で飼っているのか?」
不思議そうなマークとキムの質問に、目を輝かせたレイが二人を振り返る。
「もちろん、毛を梳くのは森にいる野生の綿兎達だよ。ニコスが、声飛ばしの術の応用でシルフ達を使って、今から毛を梳くから集まってくださいっていう意味の言葉を竪琴の音にのせて森中に届けて、兎達に呼び出しをしたんだって。えっと、これは後で聞いたところによると森のシルフ達が協力してくれないと出来ない、あの森ならではの特別な技なんだって」
「へえ、それは凄いな」
初めて聞く声飛ばしの応用術に、マークとキムだけでなくティミーも目を輝かせて聞いている。
「それでね。綿兎の毛を梳く為に森へ行く事にしたんだけど、ブルーが側にいたら綿兎達が怖がって近寄ってこないからって、その時のブルーはシルフの目を通じて見ていてくれる事になったんだ。その時に初めてこの声飛ばしを使ったの」
納得した三人が頷くのを見て、レイは笑っていたがまた不意に手を打った。
「あ、それでね。その時に僕も初めて声飛ばしを使ったんだよ。ブルーに呼びかけたら、ブルーの声で返事をしてくれたの」
話をしながらゆっくりとラプトルを進ませていて、ちょうど本部前に到着したところだったのでラプトルから降りようとしていたマークとキムが、そのレイの言葉に揃ってもの凄い勢いで振り返る。
ティミーはまさに降りたところで転びそうになり、即座に側にいた護衛の者に助けられていた。
「ちょっと待て!」
「なんだよそれ!」
「レイルズ様、初めて声飛ばしを使ったってどういう意味ですか!」
ちょうどゼクスから降りたところだったレイは、三人同時に叫ばれて驚いて咄嗟に答えられなかった。
「えっと……」
しばしの沈黙の後、ティミーが無言で右手を挙げた。
「一応確認なんですが、初めて声飛ばしを使ったと言うのは、この相手の声をそのまま届ける声飛ばし、って意味ですよね。僕らが普段使っているシルフの声で話す声飛ばしでは無く」
レイが答えやすいように質問するティミーを見て、マークとキムは密かに感心していた。
「違うよ。普段はシルフを通じて伝言の言葉を届けてもらうのが普通だったから、あの時に初めて普通に会話する声飛ばしを見たんだ。それで僕の方から、シルフに話しかけたんだ。ブルー聞こえてる? よろしくね。みたいな感じで」
笑ったレイの説明に、顔を見合わせるマークとキム。そして、目を見開いたまま言葉もないティミー。
「……つまり、生まれて初めて使った声飛ばしが、この声をそのまま届けるそれだったと?」
「うん、そうだね」
真顔のマークの質問に無邪気な笑顔で頷くレイを見て、もう一度顔を見合わせて無言で首を振るマークとキムだった。
シルフを通じた声飛ばしにはいくつかの段階がある。
まず一番簡単なのが、一方的に声を届けるだけの伝言。伝言の小枝を使う術はこれの応用だ。
これは希望する言葉を一方的に呼び出した相手に届けるだけで、それなりに長い言葉を届ける事が出来るがそれだけ。会話は出来ず、受けた側はまた別の伝言の術で声を届けないとそもそも返事が出来ない。
次が、通常の声飛ばしと呼ばれる術で、短い会話程度が出来る。
精霊通信などで使われるもののほとんどがこれだ。
基本一対一での会話となり、例えば遠く離れた家族の皆と声飛ばしで話す場合、呼び出す側は一人、もしくは複数いても聞く事しか出来ず、呼び出された側は複数で返事を出来るが、順に名乗ってから声を届けないと、誰からの返事なのかが分からず呼び出した側が混乱する事になる。
それに対し上位の声飛ばしの場合、まず複数のシルフが参加してくれるので複数人が相手でも会話が出来る。
それぞれの声を担当してくれるシルフ達が列になって並んでくれるので、呼び出した側も混乱しない。
また長い言葉も列になったシルフ達が順番に繋げて話してくれるので、顔を見合わせて話すのに近い長くて複雑な会話が出来る。
しかし呼んだ側は通常の声飛ばしのように一人のシルフしかいないので、呼び出した側も複数人で会話する場合は、名乗ってから会話しないと呼ばれた側は誰が話しているのか分からずに混乱する事になる。
通常、精霊魔法を習う場合はこの最初の言葉を届けるだけの伝言の術から始め、順を追って出来るところまで難易度を上げていくのだ。
竜騎士隊の皆やマークやキム達が当たり前に使っている複数のシルフを使う高度な伝言の術は、実は扱える人もかなり少ない特別な術なのだ。
「初めて使った伝言の術がそれって……」
「相変わらず、する事がおかしすぎる……」
『うむ確かにこれはおかしい』
『おかしすぎてティミーに教える際の参考にならぬではないか』
腕を組んだマークとキムの呟きに、ターコイズの使いのシルフが同じく腕を組みながら呆れたようにそう呟く。
「まあ、レイルズ様ですから……って、僕もう、呆れを通して感心しています。ゲイルの言う通りだ。やっぱりレイルズ様は色々とおかしいですね」
乾いた笑いをこぼす頷くティミーの言葉にマークとキムだけでなく、伝言のシルフ達が声を届けていてくれたおかげで会話の一部始終を一緒に聞いていたジャスミンとニーカも、馬車から降りてきたところで首がもげそうな勢いで何度も頷いていたのだった。




