帰り道にて
「授業の前に、教室に手の空いている教授達が来てくださって、たくさん祝福の言葉をいただいたよ」
本部へ帰る途中、ラプトルを並ばせてジャスミンとニーカが乗る馬車の後ろを歩きながら、レイがそう言って笑う。
「今日一日で、またたくさん祝福の言葉をいただけましたね」
笑顔のティミーの言葉に、マークとキムも笑顔で頷く。
「そうだね。こういうのを見ると、竜騎士になるのって僕が考えていた以上に大変な事だったんだなあって思えるね」
「そりゃあ大変な事ですよ。間違いなくレイルズ様の思っている以上にね」
しみじみとしたレイの呟きに、苦笑いするしか無いティミーだった。
まだ未成年ではあるが生粋の貴族であるティミーにしてみれば、竜騎士が貴族達の間でどのように思われ、またどのような立ち位置で扱われているかをよく知っているし、それに伴って竜騎士が負うその責任の重さや大変さも含めてある程度は実感として理解している。
だが、自由開拓民の村に生まれた市井の出身であるレイが身分制度を知識としては知っていても、それらをどこまで実感を伴った知識として理解しているのか、ティミーには分からない。
「まあ、その辺りはマーク軍曹やキム軍曹、それからクラウディアの方が分かっているみたいなので、お任せしていいですよね」
「え? 何か言った?」
「何でもありません」
驚いたようなレイの声に、笑って首を振るティミーだった。
「そう言えば今朝、ロベリオ達も今日は訓練所に来るって言っていたけど、結局一緒じゃあなかったね、予定が変更になったのかな?」
遠くに本部の建物が見えて来たところで、今更だが思い出したレイが慌てたようにそう言ってティミーを見る。
「ああ、ロベリオ様とユージン様、それからタドラ様は、今日の午後からの報告会の時間に合わせてお越しになっていたはずです。お三方ともお忙しいですからね。なのでその報告会が終われば、僕らの授業が終わるのを待たずに、そのまま本部にお戻りになったんだと思いますよ」
笑ったティミーの言葉に、マークとキムが笑いながら頷く。
「ああ、確かに今日の報告会には三人揃ってお越しいただいていたな」
「後半は、結構厳しい質問をバンバンされて、割と本気で焦ったもんなあ」
「そうそう。俺は特にユージン様が割と本気で怖いよ」
今日の報告会の事を思い出したのだろう、マークとキムも顔を見合わせてうんうんと頷きながらしみじみとそんな事を言っている。
「あ! それで思い出した! バタバタしていて聞くのを忘れちゃった!」
「ん? 何の話だ?」
突然、レイが何かを思い出したらしく慌てたように叫んだのを見て、驚いたマークがラプトルをレイの横に寄せて心配そうにそう尋ねる。
「今朝、ロベリオ達と話をしていた時に聞いたんだけど、合成魔法の発動実験を軍や学校が協力してやっているんだって話。せっかくだからそれに僕も参加しようと思っていたのに、色々忙しくて教授に詳しい話を聞くのを忘れちゃったって話です」
肩をすくめて苦笑いするレイの説明に、マークとキムが納得したように頷く。
「まあ、俺達にしてみればレイルズは、合成魔法の研究に関する協力者の代表レベルで認識されているけどな」
「確かに。でも、レイルズの分の正式な個人情報を記入したカードは、言われてみればまだ作っていないな」
「そうそれ。そのカードってどこに言えば作れるの?」
無邪気な質問に、マークとキムだけでなくティミーまでが揃って呆れたようなため息を吐いた。
「レイルズ、そのまとめてもらった資料を真っ先に受け取っているのは誰か分かるか?」
「えっと……」
呆れたようなマークの言葉に、しばし無言で考える。
「ああそっか。それは今、目の前にいる二人だね!」
「そういう事。じゃあ事務所に連絡して、ラスティ様に新規登録手続きの為の申請書を一式お届けするように頼んでおいてやるよ。手の空いた時に、その申請書をよく読んで質問事項に答えを記入してくれればいいよ」
「ありがとう。じゃあ届いたら急いで書きます」
嬉しそうなレイに、二人とティミーも笑顔になるのだった。
「でも……」
間も無く本部に到着するところで、またレイが何やら呟いて考え込んでいる。
「次は何だ? 何か困った事や分からない事があるなら、聞いてくれていいぞ」
「俺達で分かる事なら協力するぞ」
「あの、僕で良ければ何でも聞いてください。僕で分からなければ、ロベリオ様かルーク様にお願いしましょう」
真剣に考え始めたレイを見て、ティミーまでが慌てたようにそう言って心配そうにレイを覗き込んだ。
「ありがとうね。そんな大した事じゃあないんだけどさ」
「おう、大した事じゃあなくても構わないから、遠慮なく言ってくれ」
心配そうなマークの言葉に、レイは笑って頭上にいるシルフ達を見上げた。
「えっと、今まで色んな精霊魔法を使ったし、合成魔法も行ってきたけど、改めてよく考えたら、僕の得意な精霊魔法って何だろうって思ったんだ。一応僕は全属性の精霊魔法が出来るから、どれが得意とか苦手だとかって、今まであまり考えた事がなかったんだよね」
予想外の言葉に、マークとキムが揃って吹き出し、遅れてティミーも吹き出す。
「お前……じゃあ、質問だけど、精霊魔法を発動する際に、理由は分からないけど発動しなくて苦労した事は?」
笑ったマークの質問に、首を傾げたレイがこれまた真剣に考え出す。
「えっと、少なくとも記憶にある限り、発動そのものに苦労した事って、無い気がする……」
「じゃあ、自分の体調が悪い時や疲れている時でも、楽に発動出来るのってどの属性の精霊魔法だ?」
横からのキムの質問にも、レイは少し首を傾げつつ考える。
「それも、同じ答えだね。どんな時でも発動そのものに苦労した事はないと思うね」
無邪気な答えに、三人揃って呆れたようなため息を吐いたのだった。




