昼食会とワイン
「では、そろそろ時間なので部屋を変えよう。今回の昼食会にはライナーも同席させていただこうと思うが、構わないだろうか?」
立ち上がったゲルハルト公爵の言葉に、同じく立ち上がったレイが笑顔で大きく頷く。
「もちろん大歓迎です。よろしくねライナー」
「はい、よろしくお願いします!」
慌てて立ち上がったライナーは、その言葉にすこし恥ずかしそうにしつつも笑顔でそう言って一礼した。
「テーブルマナーや礼儀作法は、ようやくといったところだね。まだまだ不慣れなところが多々あるので、気がついたら遠慮なく叱ってやってくれたまえ」
「うう、お手柔らかにお願いします」
苦笑いするゲルハルト公爵閣下の言葉に、レイはルーク達と顔を見合わせて笑っていたのだった。
通された広い部屋には大きな窓があり、春の花が満開になった庭が見渡せるようになっている。
「うわあ、花が満開ですね」
「確かにこれは見事だ」
花盛りの庭を見て思わずといった風にレイが呟くと、ルークも感心したようにそう言ってくれた。
「まあ、座ってくれたまえ」
笑ったゲルハルト公爵の言葉に頷き席につく。
「ああ、ここからならお庭が見えますね」
ちょうどレイ達招待客の座る席は、庭の見える側になっているのに気付き、レイが嬉しそうにそう言って窓を見る。
「この庭は、亡き母上が丹精込めて世話をしていた庭でね。今でも当時のままと同じになるように、同じ花を毎年庭師達が植えてくれているんだ」
少し目を細めたゲルハルト公爵は、そう言って振り返って庭を見た。
「そうなんですね。とても素敵なお庭です」
「ありがとう。気に入ってくれたようで私も嬉しいよ」
ゲルハルト公爵はそう言い、ワイングラスを手にした。
即座に執事達が動き、各自のグラスにワインを注ぐ。
綺麗な深い赤い色をしたワインだ。
もちろん、まだ未成年のライナーのグラスには、ワインではなくブドウのジュースが注がれた。これなら見かけは他のグラスと変わらないように見える。
「では、未来ある若者達に乾杯!」
笑顔のゲルハルト公爵の乾杯の言葉に、レイ達も笑顔で手にしたグラスを高々と掲げ、ゆっくりとワインを口にした。
「とても美味しいです。これはどこのワインですか?」
鼻に抜ける香りがとても良く、口当たりも良い飲みやすいワインだ。
「レイルズの門出にはふさわしい一本だと思ってね。これは、私が支援しているワイナリーから届いたワインなんだが、まあ見てくれたまえ」
得意げなゲルハルト公爵の言葉に、ワインを注いでくれた執事がレイ達の側に来て手にしていたやや大きめのワインの瓶を見せてくれる。
「あれ? このラベルって……」
見覚えのある手書きのラベルには、葡萄畑とその背後に連なる険しい山並み。そして高い鐘楼を持つ建物が描かれていた。
しかし、以前分けていただいたワインのラベルよりもかなり古いもののようで、全体に少し黄ばんでいてラベルの端は少し破れて傷んでいる。
「これは、エケドラ産の赤ワインの十七年ものだよ。つまり、レイルズと同じ年齢だね」
驚くレイに、笑顔のゲルハルト公爵は頷いた。
「せっかくなので、レイルズの叙任のお祝いに何か変わった趣向のものがないかと考えてね。出入りの商人達に色々と頼んでいたんだ。それでエケドラの神殿を管轄するピケの街の神殿からの定期報告の際に相談したところ、いくつかエケドラ産の古いワインが神殿の倉庫に保存されていると聞いてね。商人に頼んで買い付けてきてもらったんだ。こういったワインは保存状態によって当たり外れが大きいから、あまり期待はしていなかったんだが、予想以上の良い物が届いて大喜びしたんだ。未開封の赤と白を一本ずつ土産として用意してあるので、それは持って帰ってご家族と一緒に飲むといい」
「あ、ありがとうございます」
予想もしていなかった祝いの品に、レイは咄嗟に言葉が出てこなくてありきたりのお礼しか言えなかった。
だが、ゲルハルト公爵はそんなレイを見て満足そうに頷くと、それぞれの前に置かれた分厚い燻製肉を見てからワイン担当の執事に合図を送った。
頷いた執事が次に差し出したのも、同じラベルのエケドラ産の赤ワインだ。
だが、こちらは先ほどのワインと違って真新しいラベルが貼られている。
「次のワインは、追加で届いたエケドラ産の今年のワインだよ。こちらは軽めなので食事と一緒にいただくのがおすすめだね。ああ、その燻製肉は息子達と一緒に私が用意した物だよ。なかなか良い仕上がりになったと自負しているので、感想を聞かせてもらえると嬉しいよ」
「はい、味わっていただきます!」
ちょっと得意そうなその言葉にレイも笑顔でそう答えて、新しく注がれたやや薄めの色合いの赤ワインでもう一度乾杯したのだった。