瑠璃の館にて
『大変申し訳ございません』
『夜会が終わればそのまま』
『館にお戻りになる予定でしたが』
『かなりお酒をお召しになられたようで』
『明日の予定もありますので』
『もう本部にてお休みいただく事にいたしました』
かなり夜も更けた時間になって、ラスティから寄越された伝言のシルフ達が届けてくれる言葉を聞き、タキス達三人は苦笑いしつつ揃って頷いた。
「もちろん構いませんので、レイの安全と体調を最優先してください。明日は、我々は屋敷でゆっくりさせていただきますね」
代表して答えたタキスの言葉に、並んでいた先頭の伝言のシルフが深々と一礼する。
「それではおやすみなさい。レイの事、どうかよろしくお願いします」
そしてこちらも伝言のシルフ達に向かって深々と頭を下げたタキスがそう言い、側で一緒に聞いていたニコスとギードも一緒に一礼した。
『お気遣いを感謝します』
『それでは失礼いたします』
改めて一礼してからくるりと回って消えていく伝言のシルフ達を見た三人は、最後の子が消えたのを見届けてからほぼ同時にため息を吐いた。
「まあ、祝いと称して夜会やその後の懇親会で次々に酒を勧められるのは予想の範疇だよ。ラスティ様が危険と判断してこっちへ帰るのを止めたのなら、恐らくだけどかなり酔っていたんだろうなあ。レイ、大丈夫かねえ」
苦笑いするニコスの呟きに、タキスとギードが思わずと言った風に顔を見合わせる。
「ええ、そんなにですか?」
「酔い潰れるほどに飲まされるのか?」
驚いたような二人からの問いかけに、ニコスは笑って頷いた。
「以前よりはかなり飲めるようになったみたいだけど、レイの酒量は、まあ年相応程度だよ。特別お酒に強いってわけではない。夜会の間は、レイも周囲にいてくださる竜騎士隊の皆様も気を付けて意識しているだろうから、ある程度飲む量は制限していただろうな。だけど、夜会の後に行われる懇親会は、大抵の場合、立食式の夜会と違ってソファーに座っての歓談が中心になるから、当然酒量も増える。恐らくだけど飲んだ量はかなりだっただろうな。特にレイが、貴腐ワインが好きだというのは皆様ご存じらしいから、そりゃあ張り切って色々とご用意してくださっただろうさ。以前にも少し話したと思うが、例えばレイが後日別の場で、あの時に飲んだどこそこの貴腐ワインが美味しかった。なんて話をしたりすれば、竜騎士様と同じものを飲んでみたい! と思う人達が大勢いるから、その貴腐ワインを取り扱っている商会や商人のところに注文が殺到するわけだ。もちろんワイナリーに直接行く人もいるだろうな。だから皆、竜騎士様に飲んで欲しくて色々と画策するのさ。まあ、特に今は叙任直後で普段よりも注目度が高いだろうから、レイが喜んで飲んでいたって事実だけでも充分すぎるくらいの宣伝効果になるわけだよ」
「色々と大変じゃのう。好きなものを好きと言うだけで宣伝効果があるとされるとは」
感心したようなギードの呟きに、タキスも苦笑いしながらうんうんと頷いていたのだった。
「ところで、冗談抜きでいつ帰る? こっちへ来る際にシヴァ将軍からは、遠慮せずにゆっくりしてくれて良いと言ってくださったが、帰るのにも六日がかりだからなあ。それを考えると、そろそろ帰る段取りをした方がいい気がするんだが、どう思う?」
「そうですねえ。確かに、日程的にはそろそろ帰る段取りを考えるべきでしょう。でも、レイはまだ帰って欲しくなさそうでしたよ」
ニコスの言葉に、少し考えたタキスがそう答える。
「確かに、レイはまだまだ帰って欲しくはなさそうだったな。だが、我らとていつまでも遊んではいられまい」
「帰る前に確認なんだけど、何か、ここでやり残している事はあるか?」
少し改まった口調のニコスの言葉に、タキスが目を見開く。
「ああ、それならルーク様に連絡を取って、アンブローシアのお墓の件を報告しておくべきですね。まあ、師匠が管理してくださっているのだから、あえて私が何か言う必要は無いのかもしれませんが」
笑ったタキスの言葉に、真顔になったニコスが軽く右手を挙げる。
「その前に一つ質問。彼女の墓は、その存在を公開するのか? それとも、その存在を知るのはあくまでも竜騎士隊の関係者達のみとするのか。そのどちらにするつもりなんだ? 神殿関係者が知れば、エイベル様のお母上様なんだから、エイベル様同様に神となられる程の扱いとなるお方だぞ」
真顔のその質問に、タキスも真顔になる。
「それについては、実はルーク様に確認されたんです。彼女の墓を公にしてもいいのかと」
「どう答えたのだ?」
こちらも真顔になったギードの言葉に、タキスは小さく笑って首を振った。
「結果として、数奇な運命の悪戯で神の末席に加わる事になったエイベルですが、あの時の彼女が、文字通り命と引き換えにして産んでくれたのは、私と彼女の愛の結晶である大切な息子です。ただの竜人の子供。それ以上でも、それ以下でもありません。ですから、彼女のお墓については今まで通り師匠に管理をお願いして、公にはしないように頼みました。もちろん、竜騎士隊に縁のある人物としてお参りして頂く事までは止めませんともお伝えしましたけれどね」
最後の言葉にニコスも安堵したように笑って頷く。
「そうか。それなら俺達もその意見を尊重させてもらうよ」
「一応、近いうちにルーク様が同行してくださるそうなので、可能であればその時にレイも一緒に連れて行って、彼女にレイを紹介したいと思っています。忙しいでしょうから、もしも駄目ならその役目は師匠にお願いしておきます」
笑ったタキスの言葉に、二人も笑顔になる。
「しかし、ガンディ様も相当お忙しいお方のようだから、出来ればその役目はタキスがやったほうが良い気がするな」
「た、確かにそうですね。では、師匠に迷惑をかけぬよう私が責任を持って彼女にレイとルーク様を紹介しておきます」
そう言って屈託なく笑うタキスを見て、密かに安堵したニコスとギードだった。