夜会での一幕と遠い地にいる友達
「その白い制服、とてもよくお似合いですわね」
「本当に、レイルズ様の赤毛がよく映えて見えますわね」
「ああ、確かにそうですわね。赤い見習いの制服の時よりもレイルズ様の赤毛が際立って見えますわ」
「そうですか? 自分ではよく分からないですけど、確かに赤い服を着ている時よりも、白い服の方が赤い髪は目立ちそうですね」
右手にワイングラスを持ったレイは、婦人会の女性達に取り囲まれながら口々にそう言われて、自分の前髪を引っ張りながら困ったように笑っている。
手にしたワイングラスの中身は、全く減っていない。
ご夫人達の背後には若い女性達が目を輝かせて集まってきていて、少しでもレイに話しかけようと待ち構えているし、男性達もさりげなく周囲に集まってきていて、隙あらばレイルズを自分達の方へ引き込もうと様子を伺っている。
しかし、今のところほぼ婦人会の女性達がレイの周りを取り囲んで独占していて、時折身内の若い女性をレイに紹介する程度で、それとてもダンスを願う前に別の人の邪魔されてしまい、今のところ誰もレイを移動させるのに成功していない。
今夜の夜会は、両公爵主催なので主だった貴族はほぼ参加している大規模なものだ。
一応、夜会の趣旨は美味しいワインとお菓子を楽しむ会とされているが、実際には正式な竜騎士となったレイのお披露目会だ。
壁際に並べられたテーブルの上には様々なワインが並べられていて、それぞれのテーブルごとに担当の執事が控えていて、聞けばワインの産地やおすすめのワインを詳しく教えてくれる。
レイの好きな貴腐ワインの種類が多いのは、まあ当然なのだろう。
その横に並べられたテーブルの上には、ワインのつまみになりそうなチーズや干し肉、ナッツや生ハム、それから菓子職人達が張り切って用意した様々なお菓子がこれでもかと言わんばかりに並べられている。
竜騎士達と共にこの会場に到着して、主催者であるゲルハルト公爵夫妻とディレント公爵夫妻に挨拶を終えた途端、レイは集まって来た人達に取り囲まれてしまい、今のところ最初にもらった貴腐ワインを一口飲んだきりで、そのあとはご夫人達に取り囲まれてしまい、せっかくの楽しみにしていたお菓子を一口も食べられずにひたすら愛想笑いをしている状況だ。
レイが竪琴の演奏準備の為にそこから離れる事が出来たのは、それからかなりの時間が経ってからの事だった。
その前に一旦手洗いへ行ったレイは、会場裏の控えの場所で執事が用意してくれていた冷えたカナエ草のお茶をひと息に飲み干し、一口で食べられるミニマフィンと果物と合わせた生ハムを有り難く頂いてもう一杯おかわりのカナエ草のお茶を貰ってから、用意されていた自分の竪琴を抱えて舞台へと上がって行ったのだった。
少し時は遡る。
その日、去年の秋に開墾していた新しいブドウ畑の様子を先輩神官達と一緒に見に来ていたテシオスとバルドは、一つ深呼吸をしてから腕を頭上に伸ばしてよく晴れた空を見上げた。
はるか高いところを一羽の雲雀が、ピーチピチピチと元気よく囀りながら上昇していくのが見えて二人が笑顔になる。
四の月も終わりに近づき、ようやくエケドラの地にも遅い春が訪れようとしていたが、まだ周囲には硬く固まった大きな雪の塊がいくつも転がっているし、大地はまだまだ硬く凍てついていて、鋤鍬どころか岩を割る為に使うツルハシさえも受け付けもしない程に硬い。
「もう四の月も終わるのか。早いなあ」
空を見上げたまま、テシオスがしみじみとした口調でそう呟く。
「叙任式、もう終わったんだよな」
「そうだな。二十五日だって言っていたから、終わったところだな」
バルドの呟きに、指を折って数えたテシオスが笑ってそう答える。
「叙任式の後の槍比べ、どうなったんだろうな」
足元の地面を軽く蹴ったバルドも、その言葉に笑顔で頷く。
「きっと勝ったさ。あいつならそりゃあ張り切って戦うだろうからな」
そう言って、顔を見合わせて二人揃って小さく吹き出す。
「キャメル神官様がこっそり教えてくださったんだよな。オルダムでの叙任式の日取りの事」
キャメル神官とは、正一位の位を持つこの神殿の事務方の責任者の一人で、定期的な外部との連絡係を務めている。
そのキャメル神官様が、先日エピの街の神殿と定期連絡を取った際にオルダムで行われる叙任式について聞いたらしく、こっそり二人にその事を教えてくれたのだ。
レイルズ様の叙任式の日取りが決まったと。
「教えてもらえて嬉しかったよな。ここから届くかどうかは分からないけど、お祝いの言葉を贈るくらいの事はしても構わないよな」
「そうだな。それくらいの事は許されるよな」
顔を見合わせて小さく笑った二人は、その場に跪き両手を握りしめて額に当てて目を閉じると、オルダムの街がある方角に向かって深々と頭を下げて祝福の祈りを捧げた。
少し離れた所にいてそんな二人を見て一瞬驚いたように何か言いかけた神官達は、顔を見合わせてから笑顔で頷き合い、素知らぬ顔で足元の地面の様子を確認し始めた。
「あの赤毛に、竜騎士の白い制服はよく似合うだろうな」
「確かによく似合っているだろうな……この目で見られないのが残念だよ」
立ち上がったものの少し俯いたバルドの言葉に、まだ跪いたままだったテシオスも少し寂しそうにそう言って頷く。
「これが俺達に与えられた罰なんだから、仕方ないのは分かっている。そう考えて、日々真面目に働いているけど、でもやっぱり、やっぱり会いたいと思ってしまうよな」
「そうだな。いつか許される日が来たら……そう願うのは、いけない事では無いよな」
泣きそうな顔で頷き合ったテシオスとバルドは、揃って一つ深呼吸をすると足早に先輩神官達の指示を受けるために彼らの元へ駆け寄って行った。
そんな彼らの様子を、雪の塊の上に座っていたシルフ達が何も言わずにずっと黙ったままで見つめ続けていたのだった。