蒼の森の草原にて
「ううん、今日もいいお天気ですね」
「そうだな。確かにいいお天気だ」
しゃがんでまだ小さな子ラプトル達、ヤンとオットーを拭いていたアンフィーが、立ち上がって腰を伸ばしながらよく晴れた青空を見上げてそう呟く。
少し離れたところで牛にブラシをかけていたシヴァ将軍が、その言葉に笑って同じように空を見上げた。
「レイルズ様の叙任式って、もう終わったんですよね?」
振り返ったアンフィーの言葉に、シヴァ将軍はブラシについた毛を払いながら頷く。
「ああ、無事に終わったようだな。昨夜、オルダムにいる親戚から詳しい報告を聞いたよ。槍比べも、最後はレイルズ様とカウリ様の対決となり、レイルズ様が勝利なされたそうだ。双方共に見事な戦いっぷりだったらしいぞ」
「タキス達もきっと大喜びだったんだろうな。ううん、土産話が楽しみです」
「そうだな。まあ、まだお戻りになるまでしばらくかかるだろうから、その間にする事は山のようにあるぞ」
木桶にブラシを戻したシヴァ将軍の言葉に、アンフィーも笑顔で大きく頷くのだった。
タキス達がレイの叙任式に参加するためにオルダムへ向かって出発して以降、留守を預かるアンフィーをはじめ、シヴァ将軍がロディナから連れてきた人達が、交代しながらタキス達が行っていた畑仕事や家畜達の世話をしてくれている。
そして、当然だがシヴァ将軍もその中の一人として働いていて、主に家畜や騎竜達の世話を担当している。だが、人手のいる作業がある場合には率先して畑仕事も手伝っている。
元々、シヴァ将軍はその身分にも関わらず貴族社会の華やかな夜会や社交界へは一切顔も出さず、精霊竜の世話という大義名分の元、基本的にロディナから離れる事はほぼ無く、実はオルダムの社交界ではシヴァ将軍は変人扱いされていたりするのだ。
ロディナにいる時にはもちろんその身分と地位に応じた様々な、主に裏方の事務的な仕事がありはするが、普段から精霊竜達のお世話だけでなく騎竜達の世話も部下達と共に平気でしているので、貴族の当主でありながら土に汚れて働く事に対して全く忌避感が無いのだ。
ベラとポリーが卵を産んだのを機に、ラプトルの赤ちゃんなど世話をした事がなくて困っていたタキス達から相談を受けたレイに頼まれて、シヴァ将軍が定期的な指導をタキス達に精霊通信を通じてではあるが直接行ってきた。
そして、育てるのが最も困難とされ、育たない子供の代名詞ともなっていた夏子として生まれたのは、まさかの金色のラプトルである金花竜だった。
この貴重なラプトルを絶対に死なせてはならない。
その為、シヴァ将軍自らラプトルの子供の担当であるアンフィーを連れて蒼の森まで駆けつけ、相談の結果、金花竜が成長するまでアンフィーが、本人の希望もありここに留まる事となった。
もちろん、ロディナの総力を上げての力添えもある。
おかげで今のところ、やや体は小さいものの金花竜の子供はスクスクと成長している。
結果として、思わぬ流れで定期的に部下達を引き連れてここに来る事となったシヴァ将軍だったが、実はここでの生活を心から楽しんでもいた。
何しろ、ここはロディナよりもさらに空気が良く、他からの干渉が一切ない自由極まりない環境なのだから、そう思うのも当然だろう。
そして、部下達も考えている事は皆同じだったようで、毎回ここに来る人選は、希望者が殺到して色々と大変な事になっているのだった。
「おおい、今からトマトときゅうりの苗の摘心作業をするから、手の空いてる奴は集合してくれ〜〜!」
畑仕事を担当しているキャメルという名の大柄な男性が、幾つもの籠を手に坂道の途中で大声で叫んでいる。
あちこちから元気な返事が返り、畑に向かって走っていく部下達の姿を見て、ブラシの入った木桶をアンフィーに押し付けたシヴァ将軍も嬉々として坂道を駆け降りて行ったのだった。
「相変わらずお元気だねえ。こらこら、お前達は降りちゃあ駄目だぞ。ほら、遊んでやるからこっちへおいで」
シヴァ将軍の後を追いかけて畑から下の石の家の庭まで続く坂道の方へ走って行きそうになった子竜達を慌てて止めたアンフィーは、ポケットから昨夜作ったばかりの巨大猫じゃらしを取り出して見せた。
まあ、使い古した布を裂き古い紐と一緒に束ねただけの代物だが、これが何故だか子竜達に大人気なのだ。
目を輝かせて飛び跳ねる子竜達、ヤンとオットーに笑いかけたアンフィーは、手にしたそれを数回頭上で振り回してから坂道とは逆の方へ向かって高々と放り投げた。
弾かれたように走り出す小さな体を、声をあげて笑いながらアンフィーも全力で走って追いかけ始めた。
主人達が留守の間も、蒼の森では平和で穏やかな時間が流れていたのだった。
 




