お疲れのレイと朝食の時間
「はあ、腕に全然力が入らないよ」
ため息と共にそう呟いたレイに、横で支えているルークとカウリは揃って苦笑いしていたのだった。
竜騎士達との勝ち抜き戦という名の激闘を終え、瑠璃の館に戻るタキス達を見送ったレイは、まずは汗を流して着替える為に本部の部屋に戻った。
しかしレイの疲労は本人が思っていた以上に深刻だったようで、訓練所の廊下へ出た途端に足元がふらつき、咄嗟に隣にいたルークとカウリに支えてもらわなければ、受け身も取れずに転んで怪我をするところだった。
「まあ、あれだけの連戦だったもんなあ」
「とりあえず、支えてやるから部屋に戻ろう」
「あはは、よろしくお願いしま〜す」
左右の腕を掴んだ二人に支えられながら、それでも顔を上げて笑顔で廊下を歩くレイだった。
「レイルズ、様、すっげえ……」
「うん。もう、俺も凄え以外の言葉が出てこないよ……」
「だよなあ……冗談抜きで、凄えとしか言えないよな……」
「だよな……凄え……」
一方、レイ達を見送ったマークとキムは、まだ呆然としたままひたすら凄え凄えと半ば無意識で呟いていた。
「ほら! 何ぼうっとしている! さっさと片付けろ!」
背後から笑った同僚達に背中を叩かれて、慌てて手にしたままだった木剣を戻しに走った。
「なあ、さっきのあのお方って……本当に、俺達あんな対応でよかったのか?」
「お前らってレイルズ様と親交があるんだよな。後で無礼を怒られたりしないか?」
その時、二人と仲の良い同僚の兵士達が、側に来て小さな声でそう話しかけてきた。
「ああ、まあ大丈夫だから心配いらないよ。実を言うと俺達、少し前にレイルズ様に個人的に招待していただいた時に、ご家族の皆様に直接ご挨拶させていただいたんだけど……」
「直立する俺達を見て、やっぱりあんな感じで、特別扱いはしないようにってご本人の口から言われたんだよ」
「レイルズ様や竜騎士隊の皆様も、あくまで敬意を払ってはいらっしゃるけれど特別扱いはしておられないみたいだったよ」
「本当にそれで良いのか?」
「だって、エイベル様のお父上だぞ?」
小さな声で話してはいるが、その会話は周りにいる兵士達にまる聞こえだ。
当然、全く同じ事を考えていた兵士達は、素知らぬ顔を顔をしつつも真剣に聞いている。
「まあ、俺達だってそれでいいのかって本気で思うけど、ご本人たっての希望だとルーク様もおっしゃっていたからなあ」
「確かにそうおっしゃっていたよな」
うんうんと頷くマークとキムの言葉に、戸惑いつつも密かに安堵している兵士達だった。
「お疲れ様でした。湯の用意が出来ておりますので、まずは汗を流して……おやおや、相当お疲れのようですね」
本部の部屋に戻ったところで待っていたラスティにそう言われたレイは、しかし返事もなくそのままソファーに倒れ込むようにして座った。
当然、ふらふらな体を倒れないように支えて来てくれたルークとカウリも、一緒に部屋に入ってきていたのでそのまま一緒にソファーに座る形になる。
「じゃあとりあえず、俺達も部屋に戻って着替えてくるからな。ところで朝食はどうする? 食堂へ行くか、部屋で食べるか?」
「うう、久し振りだから食堂へ行きたいです〜〜でも、腕が動かないかも」
プルプルと震える右手を上げたレイの言葉に、ルークとカウリが揃って吹き出す。
「俺の時と全く同じだな。冗談抜きで、あの後しばらく握力が完全に無くなっていたもんなあ」
苦笑いしたカウリが、自分の右手を見ながらそう言って首を振る。
「湯も一人で使わない方がいいな。ラスティ、手伝いを頼むよ」
「はい、もちろんそのつもりです」
立ち上がったルークの言葉に、もちろん手伝うつもりだったラスティが笑顔で頷き、とにかくレイを立たせて湯殿へ連れて行った。
「じゃあ、後はよろしく〜〜」
笑って手を振った二人が、それぞれ廊下で待っていた従卒達に付き添われて部屋に戻る。
脱衣所では、服を脱ごうとしたものの結んだ紐が解けなくて困っているレイを見て小さく笑ったラスティが駆け寄って、まずは服を脱ぐのを手伝う為に腕を伸ばしたのだった。
「うう、手間をかけちゃってごめんなさい」
湯を使おうにも、そもそも自分で桶を持って湯を汲む事すら出来ずに座ったままラスティに世話を焼かれたレイが、少し恥ずかしそうにそう言って謝る。
「何をおっしゃいます。こんな時くらい遠慮なく頼ってください。その為にお側にいるのですからね。はい、湯をかけて髪を洗いますから目を閉じていてください」
一瞬驚いたように目を見開いたラスティは、なんでもない事のように笑ってそう言い、手にした桶で汲んだお湯をレイの頭の上からゆっくりとかけてやったのだった。
無事に湯から出てきた後は、ラスティに手伝ってもらって真っ白な竜騎士の制服に袖を通す。
「よくお似合いですよ」
感極まったように少し目を潤ませてレイを見上げるラスティの言葉に、少し恥ずかしそうにしつつも笑顔になるレイだった。
その後、せっかくだからと食堂へ皆と一緒に行ったのだが、ラスティに付き添われて料理を取ってきた後も完全に握力の無くなっているレイはスプーンどころかパンをちぎる事すら自分では出来ず、結局ラスティに全部食べさせてもらう羽目になったのだった。
「うう、湯を使ってちょっと回復したかと思ったんだけどなあ」
まだ震える指先を見て諦めのため息を吐いたレイは、笑顔のラスティが差し出してくれたフォークに載った燻製肉をパクリと一口でいただいたのだった。
餌をもらう雛鳥よろしくラスティに世話を焼かれるレイの様子を見て、竜騎士隊の皆は隣で食事をしながら笑顔で頷き合う。
「俺の時も、あんなだったよなあ」
「俺もそうだった」
「そうそう、これもある意味竜騎士隊の伝統だよね」
若竜三人組の面白がるような呟きに、それぞれ自分の時を思い出していたルーク達も揃って吹き出しそうになるのを必死になって堪えていたのだった。