朝練での対決の始まりと見学者達
「えっと、最初がロベリオで次がタドラ、三番目がルークで四番目がユージン、その次がヴィゴとカウリでマイリー! もうヴィゴの時点で絶対無理〜〜〜!」
差し出された棒の番号を確認していたレイが、誰と当たるのかを順番に読み上げていき情けない悲鳴をあげて顔を覆う。
「そして最後が私だね」
にっこり笑ったアルス皇子の言葉に、もう一度情けない悲鳴を上げる。
「頑張って勝ち抜いてくれたまえ。私のところまで来てくれるのを楽しみにしているよ」
満面の笑みのアルス皇子にそう言われて、もう一度情けない悲鳴をあげたレイだった。
「うう、頑張ります」
大きなため息を吐いてから顔を上げたレイは、まず最初の対戦相手になったロベリオを見た。
「えっと、得物は何でしますか?」
「俺は何でも構わないよ。選ばせて差し上げるから、ご希望のを言ってくれ給え」
笑ったロベリオの言葉に、少し考えたレイはいつも使っている木剣を手にした。それを見て頷いたロベリオも、普段使っている自分の木剣を手にした。
「よろしくお願いします!」
木剣を構えた二人の声が重なる。
その直後に二人の木剣が大きな音を立てて交差した。
「訓練所内は土足厳禁となっておりますので、これに履き替えてくださいますようお願いいたします」
控えの部屋で朝練の開始を待っていたタキス達に、執事がそう言って柔らかな鹿革の訓練用の靴を差し出す。
「ああ、それは当然ですね。ではお借りします」
笑顔で立ち上がったニコスの言葉にタキスとギードも慌てて立ち上がり、用意された靴にそれぞれ履き替えた。
サイズがぴったりなのはさすがだ。
「では、どうぞこちらへ」
ここからは第二部隊の士官が案内役を務めてくれるとの事で、三人はそのままおとなしく来てくれた士官の後をついて行った。
ちなみに、あくまで見学に徹したいと言うタキス達の希望もあり、この士官はタキス達が何者なのかを知らされておらず、竜騎士隊の招待で今日のレイの勝ち抜き戦を見学に来た一般人、としか聞いていない。
もちろん竜騎士隊が正式に招待している以上、この人達の身分が何であれ邪険に扱う事は絶対にない。
とは言え、明らかに貴族ではないもの慣れない風の三人を見たこの士官は、内心ではこの人達は一体誰なんだろうと、密かに首を傾げつつ案内していたのだった。
しかし、しばらくして漏れ聞こえてきた三人の会話からこの人達が誰なのかに思い当たり、内心で大パニックになるのだった。
「おお、やっとるやっとる」
かなり広い訓練所は、大勢の兵士達がいてなかなかに賑やかだ。
奥側に、白服を着た竜騎士達の姿が見えてタキス達も笑顔になる。
「ふむ、どうやら準備運動が終わったところのようだな」
そのまま目立たないようにレイ達のいる場所から少し離れた壁際に立ったギードが、感心したように小さく呟く。
確かにちょうど準備運動が終わったところのようで、マークとキムが一礼してレイから離れて仲間達のところへ戻るのが見えた。
「成る程。一般兵である彼らとレイとでは剣の腕は違いすぎるので直接の手合わせは出来ないが、ああやって最初の準備運動を一緒にしているのか」
感心したようにニコスが小さく呟いた時、仲間達と合流したマークとキムが壁際に立つタキス達に不意に気が付いたらしく目を見開くのが見えた。
慌ててその場に直立しようとしたマークとキムを見て、タキスが慌てて口元に指を立てた。
そして二人を見てにっこりと笑いながら首を振る。
『ええ……』
『ですが……』
二人の戸惑うような呟きをシルフ達が届けてくれる。
「駄目ですよ。私達は単なる一般人の見学者です。それ以上でも、それ以下でもありませんからね」
笑ったタキスが、シルフ達を通じて二人に念押しをする。
『あの、本当によろしいのですか?』
もう一度口元に指を立ててにっこり笑って首を振ったタキスを見て、戸惑いつつも小さく一礼してからそれぞれ棒を選びに行ったマークとキムだった。
「よろしくお願いします!」
ロベリオと相対したレイが大きな声でそう言い、まずは正面から打ち合う。木剣同士が当たる甲高い音がして即座に二人が離れ、また同時に前に出て打ち合う。
数回打ち合ったところでロベリオが離れ、目を輝かせたレイが一気に前に出る。
そのままもう一度正面から打ち合ったところで、豪快にロベリオが弾き飛ばされた。
「うひゃあ。相変わらず重い打ち込みだねえ。いやあ、参った!」
一回転して起き上がったロベリオが呆れたようにそう言い、木剣を置いて両手を軽く上げて見せる。
見学していた兵士達からどっと歓声が上がり拍手が沸き起こる。
タキス達も目を輝かせて拍手をしていた。
「ええ! どうして、そんなところにいるの?」
咄嗟にタキスの名前を叫びそうになったが、さすがにそれはまずいと気が付き、なんとか堪えてそう言いながら駆け寄って行く。
「そりゃあ、貴方が竜騎士隊の皆さんと一対一での勝ち抜き戦をするなんて聞いたら、見学したくないわけがないでしょう?」
「それで、お願いしたら聞き入れてもらえてね。揃って見学に来たんだ」
「頑張ってヴィゴ殿を打ち倒してくれよ」
満面の笑みのタキスとニコスの言葉に、恥ずかしそうにしつつも嬉しそうに笑っていたレイだったが、最後のギードの言葉に情けない悲鳴をあげて顔を覆った。
「そんなの絶対無理だって。万一にも勝てたら、それはヴィゴが間違いなく配慮してくれたからです! 今の僕では、まだまだ全然敵わないよ」
「さて、どうしようかねえ」
その言葉を聞いて、それぞれにんまりと笑う竜騎士達を見て、もう一度情けない悲鳴を上げてタキスに縋り付いたレイだった。