レイの戦い
「第二試合、レイルズ・グレアム、デイジ・ハスリム両名、前へ!」
「よし! 行くよレイド!」
司会役の兵士に名前を呼ばれ、胸を張ったレイが指定された場所までレイドの手綱を引いて進み出る。
そして左手に持っていた兜を被り、レイドに飛び乗ったところで駆け寄ってきたラスティから渡された槍を受け取る。
これは実戦用の武器とは違い、槍の先端部分は丸くなっている。
それでも、まともにこれを食らってラプトルから受け身も取れずに落ちれば、確かに最悪の場合命を落とす事だって有り得るだろう。ここには、落っこちても受け止めてくれるノーム達はいない。
「ご武運を」
真顔のラスティの言葉に、レイも真顔で大きく頷いた。
『しっかりやりなさい、レイ。我はここで見学しているからな』
耳元で聞こえたブルーの言葉に真剣な顔でもう一度頷いたレイは、手にした槍を構えて相手を兜の隙間から見つめた。
そこで妙な違和感を覚えて密かに首を傾げた。
向かい側、レイドと変わらないくらいの大きなラプトルに乗った青年は、レイと同じく手にした槍を構えている。
だが、その槍の先はここから見ていても分かるくらいに大きく震えていて、明らかに狙いが定まっていない。それどころか、身につけている全身鎧からカタカタと妙な音がするのだ。あれは間違いなく震えている。
「えっと……」
『どうやらお相手の新人騎士殿は、かなり緊張しておるようだな。だが、そのような場合予期せぬ攻撃をかけてくる事もあるので気をつけなさい』
耳元で聞こえたブルーの言葉に、小さく息を呑んだレイは手にした槍をいつも訓練している時よりも少しだけ前に突き出して改めて身構えた。
「始め!」
審判役の士官の号令一下、二人の乗るラプトルが同時に走り出す。
しかし相手のラプトルは明らかに怯えている様子で、走る速さもレイドよりもかなり遅い。
だが、走り始めてしまったレイにはどうする事も出来ない。
交差した瞬間、相手の持つ槍はレイの肩をわずかにかすってそのまま弾け飛び、レイの持つ槍が相手の胸元に真正面から当たり、そのままラプトルの背から突き落とした。
「勝者! レイルズ!」
レイの勝利を宣言する声にどっと会場が沸き立つ。
だが、レイは慌ててレイドの背から飛び降りて、ラプトルの背から落ちたきり全く動かない相手に駆け寄った。
「デイジさん! 大丈夫ですか!」
すぐ横に片膝を立ててしゃがむ。しかし、大声で呼びかけても返事が無いどころかぴくりとも動かない。
本気で死んだのかと、咄嗟に揺すりかけて寸前で思いとどまる。
落ちた際に、万一にも首を傷めていたり頭の中や内臓に問題が出ていれば、不用意に揺するだけでも命に関わる可能性があるからだ。
「レイルズ様、我らにお任せを」
どうしたら良いのか分からずに困っていると、背後からそう声をかけられた。
慌てて兜を取って振り返ると、白衣を着た医師と思しき男性と担架を持った兵士達が駆け寄ってきたところだった。
「お、お願いします! 呼びかけに反応がありません!」
慌ててそう言い、とにかく立ち上がり場所を譲る。
レイと交代してその場にかがんだ白衣を着た医師が倒れて動かない新人騎士に何度か呼びかけた後、慎重に兜をゆっくりと脱がせてから顔を覗き込んで幾つかの確認をする。しばらくしてため息を吐いた。
「ご心配なく。どうやら気絶しただけのようですね」
こっちを見た医師が苦笑いしながらそう言い、気絶したままの新人騎士を担当の兵士達が慎重に担架に乗せて運んでいった。
レイドの手綱を取って安堵のため息を吐いて担架を見送ったところで、困ったようにこっちを見ている司会役の兵士と目が合った。
「勝者、レイルズ!」
もう一度高々と宣言されてようやく勝った実感が湧いてきて、笑顔で右手を上げて歓声に応えたのだった。
その後に続いた第三試合と第四試合もほぼ一方的な展開となり、片方だけがラプトルから突き落とされる事になった。
「ああ、見ているだけでこっちの息が止まりそうです」
「全くじゃわい。これは予想以上だ」
まずは最初の試合で見事に勝利を収めたレイだったが、見ているタキスとギードは初めて見る槍比べの迫力ある戦いに、息が止まりそうなくらいに緊張していた。
さすがにニコスは落ち着いているように見えるが、彼も握った拳を祈るかのように口元に当てたまま小さな声で、大丈夫だ。大丈夫だとひたすら呟き続けていたのだった。
「次にレイと当たるあの、ラングレイ・キーナという若者。あれは相当に強いぞ。身のこなしに隙がない」
「確かに。しかもやる気満々のようだな」
ギードの呟きにニコスも頷きつつそう呟く。
「レイほどではありませんが、かなり大柄な方のようですね。レイは大丈夫でしょうか……」
やや上擦った声のタキスの呟きに、ギードとニコスが揃って小さな呻き声をあげる。
「正直、全く展開が読めん。先程は、明らかに相手が怖じ気づいていたから簡単に勝てたが、次はそうはいくまい」
「その通りだよ。果たして、どうなるか……」
「私はもう、レイが怪我さえしなければ順位などどうでもいいですよ」
ギードとニコスの呟きに、密かなため息を吐いたタキスが小さな声でそう言い、ギードとニコスも揃って何度も頷いていたのだった。
彼らの頭上では、集まってきていたシルフ達が無邪気に槍比べの真似をして、お互いにぶつかり合っては歓声を上げてわざと吹っ飛んで遊んでいたのだった。




