槍比べの始まり
「では、こちらへどうぞ」
無事に竜騎士の剣を賜り叙任式を終えたレイは、駆け寄ってきた案内役の兵士に言われて舞台にいた竜騎士達とは反対側の舞台袖へと下がった。
そのまま用意されていた天幕に案内されて、そこで身につけていた服を脱いで用意されていた鎧を身につけていく。
もちろん、鎧の装着は全て待ち構えていた兵士達が手伝ってくれるので、レイは言われた場所に立っているだけだ。
現れたブルーの使いのシルフは、そんなレイを彼の頭上から興味津々で見ている。
「ああ、来てくれたんだねブルー」
頭上を見上げてそう話しかけるレイに、周りにいた兵士達は一瞬驚いたように手を止めて揃って上を見た。当然彼らには天幕が見えるだけで何も見えない。
彼らの視線に気付いたブルーの使いのシルフは、小さく笑って伝言のシルフの姿を彼らにも見せてやった。
それを見て笑顔で軽く頭上に一礼した兵士達は、特に何も言わずにそのままそれぞれの作業に戻った。
「さっきは、急に予定に無い事を話し出したから、ちょっとびっくりしたよ」
立っているだけで退屈なレイが、苦笑いしながらブルーの使いのシルフに話しかける。
『そうだな。我もそんなつもりは無かったのだが、良い機会だと思うた故、あの場で話させてもらった。皇王も驚いておったようだったな』
「あれ? そうなの。陛下は普通に話していたみたいに見えたけどね?」
『平静を装っていたが、あれはかなり驚いておったぞ。でもまあ、悪い話ではなかったからな。きっと今頃、舞台裏に座り込んで安堵のため息を吐いているだろうさ」
「あはは、陛下のそんな様子、想像も出来ないや」
レイにとっては、陛下はどんな時にも冷静で、とても頼りがいのある大人の人だ。
面白がるようなブルーの使いのシルフの言葉に、レイもそう言って笑っていた。
周りの兵士達は、素知らぬ顔をしつつも内心では興味津々で二人の話を聞いていたのだった。
「では、いってらっしゃいませ! ご武運をお祈りしております!」
「ありがとうございました! ではいってきます!」
全身鎧の装着を終えたところで一通りの確認をしてくれた兵士がそう言い、着替えを手伝ってくれた兵士達が全員その場に整列して敬礼してくれた。
レイも笑顔でその場に直立して敬礼を返す。左手には兜を手にしている。
そのまま案内の兵士に従い天幕を出たところで、こちらも鎧に身を包んだカウリが隣の天幕から出てくるところと鉢合わせた。
「おお、その体格にその鎧はやっぱすげえなあ。よくお似合いで」
呆れたようにそう言われて、レイは笑ってカウリの鎧の肩の辺りを突っついた。
「カウリもよく似合ってるよ。えっと、決勝戦で会おうね」
「おう、会えるようにお互い頑張ろうぜ。まあ本音を言わせてもらえるなら、俺はもう怪我さえしなけりゃ順位なんてどうでもいいよ」
相変わらずのカウリのもの言いに、勝ち抜く気満々だったレイは思わず吹き出したのだった。
そのまま、カウリと一緒に舞台前の先ほどブルーがいた広い場所へ案内され、そこでそれぞれ広場の左右に分かれる。そこにはすでに全身鎧に身を包んだ三人の新人騎士達が来ていて、レイを見て軽く一礼する。
レイも笑顔で一礼したが、その中に顔見知りがいない事に内心で安堵していた。
「あ、ラスティ!」
その時、ラプトル専用の鎧を身につけたレイドの手綱を引いたラスティが来てくれて、思わず声を上げる。
「おめでとうございます、レイルズ様。本当にご立派でしたよ。舞台袖でそのお姿を拝見していて、感激のあまり少々泣いてしまいました」
涙を拭う振りをするラスティの言葉に、レイは笑顔で頷く。
「すっごく緊張したけど、ラスティにそんな風に言ってもらえたら、頑張った甲斐があるね」
無邪気なその言葉に、またあふれそうになった涙を必死で堪えるラスティだった。
「そろそろお時間となりますので、ご準備をお願いいたします」
案内役の兵士の言葉に、レイはラスティからレイドの手綱を受け取りそのまま三人の新人騎士達と並んで整列した
反対側にいたカウリと三人の新人騎士達も、同じように整列している。
レイドをレイに渡したラスティは、別の兵士が差し出した槍を受け取りレイから少し離れた背後に控えている。
レイは、こっそりそばにいるレイドを横目で見る。
普段乗っているゼクスよりもレイドの方が明らかに大きい。そして、主に体の前側を守るように作られたラプトル用の鎧はとても格好良い。
「よろしくねレイド」
右手に手綱を持ったレイが小さくそう呟き、右手の甲で首元を軽く叩いてやる。
「キュルアア〜〜!」
まるで、任せろ! と言わんばかりの頼もしいその鳴き声に思わず笑顔になるレイだった。
「只今より、槍比べを行います。第一試合! カウリ・シュタインベルグ、デリス・サンナイト両名、前へ!」
「うわっ、カウリ頑張れ!」
いきなりの第一試合にカウリが出ると聞き、思わずそう呟く。
レイドに負けないくらいに大きなラプトルに軽々と飛び乗ったカウリに槍が渡される。
「カウリ頑張れ!」
ゆっくりとそれぞれ定位置に着く二人を見て、レイは拳を握ってそう呟く事しか出来ない。
会場は、水を打ったように静まり返っている。
「始め!」
号令一下、二人の乗るラプトルが一気に駆け出す。
直線上で交差した瞬間、新人騎士のデリスが文字通り吹っ飛んだ。
カウリはふらつきはしたものの落ちていない。
「勝者! カウリ!」
司会役の兵士の声に、会場から大歓声と拍手が沸き起こる。
苦笑いしたカウリが右手を上げて歓声に応えてからラプトルから飛び降り、まだ立てないデリスに手を差し伸べて立つのを手伝う。
ようやく立ち上がったデリスと笑顔で握手を交わしてから、改めてラプトルの手綱を引いて下がるカウリをレイは感激に目を輝かせて見つめていた。
「第二試合、レイルズ・グレアム、デイジ・ハスリム両名、前へ!」
「よし! いくよレイド!」
胸を張って顔を上げたレイは、小さくそう言って指定された場所までレイドの手綱を引いて歩いて行った。
指定の位置に着いたところでレイドに飛び乗り、駆け寄ってきたラスティから渡された槍を受け取る。
「ご武運を」
ラスティの顔を見て、しっかりと頷く。
『しっかりやりなさい、レイ。我はここで見学しているからな』
「うん、見ていてね」
耳元で聞こえたブルーの声に、槍を握りしめて身構えたレイは真剣な顔で小さく呟いたのだった。




