女神の神殿の倉庫での一幕
「きゃああ! シルフ! 棚が倒れるのを止めてちょうだい!」
「シルフ! 蝋燭の箱が落ちるのを止めて!」
女神の神殿の分所にある倉庫に、ペリエルとクラウディアの悲鳴が重なる。
彼女達の叫ぶ声の直後、一斉に現れたシルフ達が倒れそうになった大きな棚を支えて戻してくれた。
その棚の中にはぎっしりと蝋燭の入った木箱が入っていて、倒れそうになった拍子に雪崩れてきて棚から落ちかけたそれらも、シルフ達が当たり前のように全部戻してくれた。
「はあ、間に合ってよかった。これを全部倒していたら、今日の午後からのお仕事が全部無駄になるところだったわね。シルフ達、守ってくれてありがとうね」
安堵のため息を吐いたペリエルが、綺麗に戻った積み上がった蝋燭の入った大小の箱が詰まった棚を見上げて笑いながら側にいたシルフに手を振る。
それを見たシルフ達が一斉に得意げに胸を張り、笑いさざめき手を叩き合ってからペリエルとクラウディアの鼻先や額、頬や髪にキス贈って消えていった。
「もう、ディアったら本当にどうしちゃったのよ。今日は朝から失敗続きね」
「うう、ごめんなさい」
両手で顔を覆ったクラウディアが、小さな声でそう言ってその場にしゃがみ込む。
昼食の後クラウディアとペリエルはずっと倉庫にいて、納品された大量の蝋燭の数を伝票と照らし合わせて確認の後、サイズごとに数を数えて仕分けする作業をしていたのだ。
蝋燭をサイズごとに数えては専用の小箱に取り分けて、それを運んできた移動式の大きな棚に整理して並べていく。こうしておけば、必要に応じてそれぞれのサイズの蝋燭の入った箱を担当の人達がそれぞれの場所に運んでくれる。
納品された蝋燭の整理と仕分けは、手が蝋だらけになる事から水の精霊魔法の一つである洗浄の術が使えるクラウディアとペリエルが担当する事が多い。
ニーカやジャスミンがいた時には彼女達と交代で担当していたのだが、二人が竜騎士隊の本部へ引っ越して以降はほぼ二人の担当になっている。
しかし今日のクラウディアは、もう心ここに在らずといった様子で納品伝票を落として撒きちらかしたのに始まり、数の数え間違いや箱の入れ間違い等々、もうありとあらゆる失敗を立て続けに行い、その度にペリエルとシルフ達に助けてもらっているのだ。
今も、大きな木箱を持ち上げて振り返った拍子に棚とまともにぶつかってしまい、勢い余って仕分けを終えた蝋燭の箱を積み上げている棚を丸ごと倒しそうになってシルフ達に助けられたところだ。
「大丈夫だから、ほら立って。今日は私が守ってあげるからね」
どちらが年上かわからないその言葉に、大きなため息を吐いたクラウディアがゆっくりと立ち上がる。
その時、空気の入れ替えの為に少し開いていた窓から聞いた事がないような大きな咆哮が聞こえて、二人は揃って飛び上がった。
その直後、神殿の鐘楼の鐘が一斉に鳴らされる。
大きな音が倉庫にも響き渡り幾重にも木霊する。
「ああ、これが話に聞いていた蒼竜様の咆哮と祝福の鐘ね。って事は、無事に叙任式が終わったのね。おめでとうございます!」
目を輝かせたペリエルが、窓に駆け寄り思いっきり開く。
一気に鐘の音が大きくなり、二人はまた揃って飛び上がった。
「あはは、すごい! ねえ、街中の神殿の鐘が全部鳴ってるわ。すごいすごい!」
満面の笑みでそう言いながらパチパチと拍手をするペリエルの言葉に、クラウディアも笑顔になって窓に駆け寄り彼女の後ろから外を見た。
綺麗に晴れ渡った空には雲一つない。
「おめでとうレイ……でも、でもこれで貴方との距離がもっと遠くなった気がするわ」
ごく小さなその呟きを聞いたペリエルが、驚いたように目を見開いてクラウディアを見上げる。
「ディア、そんな事言ったらレイルズ様が悲しむわよ」
若干咎めるようなその言葉に、しかし俯いたままのクラウディアは小さく首を振った。
「もちろん、もちろん私のレイへの想いは変わらないわ。いえ、今日の彼を見てもっともっと好きになったわ」
「だったら、どうしてそんな事言うのよ」
自分の背後から覆い被さるようにしてしがみついてきたクラウディアを見上げて、もう一度ペリエルが咎めるようにそう言ってクラウディアの腕を突っつく。
「だって……だって、彼は竜騎士様なのよ。しかも、この世界唯一の古竜の主。ただの平民で孤児、財産も身分も何一つ持たない私なんかと、私なんかとどう考えたって釣り合うようなお方じゃあないわ」
「ねえディア、それ、レイルズ様の前で言える?」
一転して優しい口調になったペリエルの言葉に、クラウディアは絶句したまま小さく首を振る。
「はあ、本当に……ねえ、シルフ! ニーカとジャスミンは今何をしている?」
そんなクラウディアを見て大きなため息を吐いたペリエルは、唐突に頭上にいたシルフ達にそう話しかけた。
『本部にいるよ』
『ターコイズの主様と一緒にお勉強していたけど』
『鐘の音を聞いて大喜びしているよ』
『おめでとうって』
『おめでとうって言ってるよ』
先を争うようにして笑顔で答えるシルフ達の言葉に、ペリエルも笑顔になる。
「じゃあ、ニーカとジャスミンを呼んでくれるかしら。ティミー様にも聞かれても構わないわ。馬鹿な事を考えているディアを一緒に叱ってもらわないとね!」
その言葉を聞いて、可愛らしい悲鳴を上げて逃げようとしたクラウディアの袖をペリエルが即座に掴んで引き寄せる。
「ごめんなさい! もう言わないから!」
「嘘言わないの! 絶対に今夜もベッドに入ってべそべそ泣くくせに!」
『あらあらディアったらまた凹んでるの?』
『もうディアったら! あれだけ愛されていて何が不安なのよ』
並んだシルフ達の言葉にペリエルが吹き出し、逃げ損なったクラウディアはもう一回可愛らしい悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだのだった。