彼女のお墓
「ええと……こっちですね」
共同墓地に入ったところで整然と並ぶお墓を見たタキスが、少し考えてからそう言って歩き始めた。全員が無言でそれに続く。
「ああ、どうやら大丈夫だったようですね。しかもこれって……」
しばらく歩き、新旧入り混じったお墓が並ぶ奥まった一角で足を止めたタキスは、とあるお墓の前で足を止めた。
無言でそのお墓を見てから驚いたようにそう呟く。
他と同じく、名前と亡くなった日が刻まれたやや細い石柱が立てられただけのその小さなお墓は、だが周囲にある妙に新しいお墓とそれから警告文が貼られた古いお墓の中にあって、何故か古いながらもここだけが綺麗に掃除されていたのだ。
もちろん、石柱には警告文も貼られてはいない。
「これはどういう事でしょうか? 彼女は天涯孤独で肉親と呼べるような身内はいなかったはずなのですが……でも、なんであれ無事で良かったです」
驚きつつも安堵のため息を吐いてからそう言い、とりあえず石柱の前に持っていた花を置いて手を組んで跪くタキスを花を手にしたニコスとギードは黙って見ていた。
護衛の者達は、少し離れたところで黙って控えているだけで、近寄っては来ない。
しばしの沈黙の後、顔を上げたタキスがそっと石柱を撫でた。
「アーシア、ずいぶんと長い間ほったらかしにしてすみませんでした。でも、きっと貴女なら……何もかも放り出して蒼の森に引きこもった私を見て、きっと怒るよりも先に、呆れて笑っていたでしょうね。ねえ、貴女はもう知っていますよね。私達の息子のエイベルは、何と神様になったんですよ。各地の女神の神殿に設置されたあの子の像に、毎日大勢の人達が蝋燭を立て、花を贈って供物を捧げ、そして日々祈りを捧げてくれているんです。それから、もう一人の私の息子のレイルズが明日、明日、竜騎士の剣を皇王様から直々に大勢の人達の眼の前で賜るんですよ。本当に、明日が楽しみになる気がまた来ようとは……何度考えても、夢のようです……」
優しい目で石柱に向かって話しかけるタキスを、ニコス達はただ黙って見つめていた。
しばらくしてタキスが立ち上がったのを見てからニコスとギードも場所を交代して、それぞれお墓に花を置いてから参った。
そのまま黙ってお墓を三人揃って見つめていた時、控えていた護衛の三人がほぼ同時に振り返って三人を守るように展開した。右手は、抜きこそしていないが腰の剣に添えられている。
誰かが、まっすぐにこっちに向かって来ていたのだ。
「おや、誰かと思えばタキスではないか。ようやく彼女の墓の存在を思い出したか?」
からかうようなその声に、護衛の者達が即座に警戒を解いて軽く一礼してから下がる。
「し、師匠……まさか、彼女の墓を守って下さったのは、師匠だったのですか?」
ガンディの右手に花束があるのを見て、驚きに目を見開いたタキスがそう尋ねる。
「当然であろう。其方は忘れているようだが、アンブローシアは儂の教え子でもあるのだぞ。彼女に身内が誰もおらぬのは儂も知っておったからな。其方がいなくなって何年か経った頃に、勝手ながら神殿に申請して墓の管理人を其方から儂に変更させてもらった。一応表向き、其方は死んだ事になっておったから書類一枚で済んだぞ。それで、五十年の期限が過ぎて連絡が来た際に、あと五十年、とりあえず墓地の延長手続きをとらせてもらった。少なくとも儂が生きている間は、ここは守るつもりなので任せてくれていいぞ」
ガンディは簡単に言ったが、共同墓地で五十年の延長をしてもらう為に払う代金は、誰でも出せるような安い額ではない。
笑ってそう言った後に墓前に花を置いて祈りを捧げていたガンディを声も無く見つめていたタキスだったが、彼が立ち上がったところでようやく我に返って慌てたようにガンディの腕を取った。
「し、師匠。彼女の墓を守ってくださり心から感謝します。ですが、ですがせめて延長の代金くらいは払わせてください。彼女は私の妻です」
ガンディの腕を取り、真剣な様子でそう言ったタキスだったが、笑ったガンディはタキスを見て首を振った。
「せめてそれくらいの事はさせてくれ。あの時、追いやられる其方をただ見ているだけで何も出来なかった儂の、儂のせめてもの罪滅ぼしだと思ってな」
「師匠……」
「まあ、今となってはマイリー達が何か言ってくるかもしれんがな。もしかして、彼らにここの事は知らせたか?」
「はい、レイルズにはアーシアのお墓の事は、ここへ来る前に話してきました。一応、叙任式が済んだ後にレイルズを連れて改めて参るつもりです。ルーク様に報告したようで、その際にはルーク様もご参加いただけるとの事でしたね」
笑ったタキスの言葉に、ガンディも笑顔で頷いた。
「ここの事は、竜騎士達には話しておらなんだからな。正直言って、彼女の墓の存在を公にしていいかの判断が儂にはつかなかったんだよ」
確かに、今では神となったエイベルと違い、彼女はあくまでも一個人としてここに葬られていただけなので、ガンディの判断でそれを公にするのは違うだろう。
「本来であれば、二年前にレイをこちらに寄越した時点で、私の方から師匠にお願いすべきでしたね。彼女のお墓がどうなっているのか確認して欲しいと……正直に言うと、本当に今の今まで彼女のお墓の存在を完全に忘れていたんです。きっと、精霊王の御元にいる彼女に、思いっきり呆れられていたでしょうね」
「構わんさ。それだけ大変な思いをしたのだからな。まあ、彼女には間違いなく呆れられておるだろうから、それに関しては精霊王の御元へいつの日にか其方が行った時に、向こうで気が済むまで彼女に謝るがいいさ」
カラカラと笑うガンディの言葉に、タキスも小さく吹き出して何度も頷く。
「確かにそれが良さそうですね。彼女が、向こうで私が行くまで待っていてくれる事を願いましょう」
当然のようにそう言って笑い合う二人を、ニコスとギード、そして護衛の者達は困ったように苦笑いしながら見つめていたのだった。