午前中の一幕
「おはよう。今朝は皆してちょっとだけお寝坊だね」
シルフ達に手伝ってもらい、ようやく髪がいつものふわふわに戻ったところで急いで着替えたレイは、朝食を頂くためにアルベルトの案内で別室へ向かった。
ちょうど、身支度を整えて部屋から出てきたニコスとギードと合流して、三人揃って席に着く。
即座にレイにはカナエ草のお茶が、ニコスとギードには紅茶が用意される。
そして三人の前に置かれたのは、冷たくしたジャガイモのスープとお皿に綺麗に盛り合わされた料理の数々だった。
焼きたてのパンは、カゴに盛り合わせてこれも各自の前に置かれる。
「いつも美味しい食事をありがとうね」
給仕を終えた執事達が下がるのを見て、笑顔のレイがそう言ってからニコスとギードを見る。
笑顔で頷きあい、食前のお祈りをしっかりと終えてからそれぞれ食べ始めた。
「ふむ、農作業も家畜達の世話もせず朝寝をした上にご馳走三昧。こんな贅沢に慣れてしまっては、森の家へ帰った後の落差についていけなくなりそうじゃなあ。危ない危ない」
とろけるような燻製肉を一口食べたギードが、苦笑いしながらそう言ってもう一切れ口に入れる。
「ええ、せっかくの何もしなくていい時間なんだから、そう言わずにゆっくりしてよね。でも、この燻製肉だってそうだけど、食材は普段より絶対に良いものが使われてる気がするね」
レイの言葉に、当然そうだろうと思っていたニコスも小さく吹き出す。
「確か、ここへ来てすぐの時に頂いたとても美味しかった熟成肉は、アルス皇子殿下が届けてくださった皇族専用の牧場で育てられた牛の肉だと聞きましたが、これもそうなのですか?」
手を止めたニコスが、そう言って背後に控えていたアルベルトを振り返る。
「はい、こちらの燻製肉も、同じく奥殿から届けられたものでございます」
「やはりそうでしたか。ではこれこそ、ここでないといただけないお料理ですね。有り難く、味わって美味しくいただくとしましょう」
笑ったニコスの言葉にギードも笑いながら頷き、それぞれに食べるのを再開した。
そんな二人を見て笑顔で頷いたレイも、大きく切った燻製肉を口に入れたのだった。
「ふああ、おやおや、すっかり寝過ごしてしまいましたね。さすがにちょっとお腹が空きましたよ」
十一点鐘の鐘が鳴る時間になってようやく目を覚ましたタキスは、小さく欠伸をしてから笑ってそう呟くと手をついてゆっくりと体を起こした。
「おはようございます」
当然部屋の様子は常に確認されているので、軽いノックの音の後に部屋付きの執事が入ってくる。
「おはようございます。すっかり寝過ごしてしまいました。皆はどうしていますか?」
少し寝癖のついた髪をかき上げつつタキスがそう尋ねる。
「はい、朝食を終えられた後、皆様、書斎にて読書を楽しんでおられました。今はニコス様が、レイルズ様の陣取り盤の講習をなさっておられます」
「ああ、それはニコスも楽しんでいるでしょうね。では、私も起きます。ちょっとお腹が空きましたよ」
少し恥ずかしそうにそう言って立ち上がり、まずは顔を洗うために洗面所へ向かった。
過度な世話は必要ないと言われているので執事は洗面所の中には入らず、入り口で布を手に待機して、顔を洗ったタキスに布を渡したのだった。
「おはようございます。まあ、もう直ぐ昼の時間ですがね」
用意してくれていた食事を部屋でいただいたタキスが書斎へ行くと、ちょうど説明が一段落したらしいニコスとレイは、陣取り盤を間に挟んで向かい合わせに座っていそいそと駒を並べ始めていた。
どうやらひと勝負するらしい。
ギードはそんな二人を横目に見つつ、分厚い建築関係の本を読んでいる。
「おはようタキス。よく眠れた?」
顔を上げたレイに笑顔でそう言われて、タキスは笑って頷く。
「ええ、読書も楽しんだし、しっかり休ませてもらいましたよ。部屋で食事もいただいてきました」
「そうなんだね。えっと、僕は今からニコスに相手をしてもらって陣取り盤でひと勝負するところです。絶対に勝てない相手だけど、これも勉強だからね!」
「ええ、しっかり頑張ってください。これも竜騎士となる貴方には必要な知識らしいですからね」
移動階段を引っ張ってきて精霊魔法に関する本が並んだ一角に移動したタキスは、笑ってそう言うと嬉しそうに本を選び始めた。
「じゃあ、お願いします!」
「おう、遠慮なく来い」
嬉しそうな二人の声の後、駒を動かす音を聞きつつ移動階段に座ったタキスも、選んだ本をその場で読み始めたのだった。
「レイルズ様、恐れいりますがそろそろお時間でございます」
遠慮がちなアルベルトの言葉に、陣取り盤の勝負の真っ最中だったレイが驚いたように顔をあげる。
「ええ、もうそんな時間なの? ううん、ごめんねニコス、時間切れみたい」
「構わないさ。じゃあ、この盤はこのままここに置いておいてもらおう。レイが帰ってきたら続きをしようじゃあないか」
滅多にはないが、このように勝負がなんらかの事情で続けられなくなった場合、そのまま盤を置いておき、後日改めて続きをする場合がある。
公式の勝負の場合は、第三者の立ち合いの元で駒の配置を棋譜に残しそれを保管しておくのだ。
「かしこまりました。では、一旦こちらを記録させていただきます」
笑顔の執事がそう言い、手早く盤上の駒の位置を専用の台紙に記入していく。
「レイルズ様。先ほどルーク様から連絡があり、昼前に本部へ来るようにとの事でしたが、せっかくですので昼食はこちらでお召し上がりになってからで構わないとの事です。別室にご用意しておりますので、まずはお食事をお願いします」
揃って立ち上がったレイ達を見て、駆け寄ってきたラスティがそう言って開けたままの書斎の扉を示す。
「そうなんだ。てっきりどなたかの昼食会に呼ばれているんだと思っていたよ。じゃあ、せっかくだからタキスも一緒に食べようよ。お茶くらいは飲めるでしょう?」
先ほど遅い朝食を食べたと聞いたのでレイがそう提案すると、一瞬驚いたように目を見開いたタキスも笑顔で頷いた。
「そうですね。せっかくですから果物とお茶くらいはいただきましょうか」
「うん、じゃあ行こう」
笑顔のレイの言葉にニコスとギードも笑って頷くと、四人は執事の案内で別室へ向かったのだった。