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レイの演奏

「まさか、オルダムのお城の夜会で、レイが歌う地下迷宮の誘いを聞ける日が来るなんてな……」

 感極まったように小さくそう呟いたニコスは、堪えきれずにあふれ出た涙を拭いもせず、一つ深呼吸をして自分を落ち着かせるともう一度改めて覗き窓に顔を寄せて会場を覗き込んだ。



「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」

「怖くなんか無いさ」

「怖くなんか無いさ」

「父さんも行ったあの闇の地下迷宮へ」

「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる地下迷宮へ」

「怖くなんか無いさ」

「怖くなんか無いさ」

 エントの会の男性達が歌う低い声が、レイの歌う声を追いかけるようにして、怖くなんか無いさ、と重ねて歌ってくれる。

 ハーモニーの輪の女性達は、ゆっくりと高いハミングでレイの弾く竪琴の音を追いかけて音を重ねてくれるだけで、歌には参加しない。

 見事な低音と高音の重なりを聴いたレイは、もうこれ以上ないくらいの良い笑顔だ。

 そして、最前列にいるお嬢様方がそんなレイを見て、またしてもキラキラに目を輝かせながら堪えきれないような歓声をあげていた。



「地図はあるけど一階だけさ」

「だけど負けない勇気はあるさ」

「怖くなんか無いさ」

「怖くなんか無いさ」

「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」

「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ!」

 最後は全員揃っての大合唱だ。

 合間に即興で和音を入れながら伴奏していたレイが、最後に一気に全ての弦を流れるように弾いて演奏が終わる。

 一瞬の間を置いて、大きな歓声と拍手が沸き起こったのだった。



 二曲目はさざなみの調べ。

 これは元々竪琴の演奏のみで歌は無い曲なので、エントの会とハーモニーの輪の方々は参加せず、その場に立ったままじっとしているだけだ。

 しかし、中には目を閉じてレイの演奏に聞き入っている人もいた程の見事な演奏だった。

 そして三曲目は、夜会ではすっかり人気の曲となりまた子育て中の方々からも大人気の、古き子守唄。

 笑顔のレイがゆっくりと竪琴で前奏部分を弾き始める。

 流れるその曲が何の曲なのかに気付いた会場の人達から、いくつもの密かなため息や囁き合う声が聞こえてきた。



「我が手にきたりしこの命」

「無垢なる微笑()みの愛おしきこと」

(そら)をつかみし小さき手」

「穏やかであれと我ただひたすらに祈るのみ」

 一曲目と違い、歌い始めたレイの声に今度はエントの会の方々が低音のハミングを重ねてくれ、逆にハーモニーの輪の女性達は、その高い声でレイの歌声にさらなる高音域を重ねてくれた。

 男性としては、今でもやや高めで女性の歌う声に近い音域のレイの声だが、高音が美しい事で有名なハーモニーの輪の方々の歌声を前にすれば明らかに違う。

 いくらレイの声が高いとは言っても、やはり比べると充分過ぎるくらいに低い男性の声だ。

 またしてもその見事な歌声の重なりに、あちこちから感心したようなため息や控えめな歓声が聞こえてきたのだった。



「優しき風が運びしは」

「精霊達の祝福か」

「優しき風が運びしは」

「精霊達の悪戯か」

「蒼天の空を連なりて」

「征くは渡りの鳥達よ」

「また戻れよと祈り送る」

「愛しき命に祝福を」

「愛しき吾子に祝福を」

「聖なる光の祝福を」

「聖なる吾子に祝福を」

 最後は、エントの会とハーモニーの輪の方々も全員参加しての大合唱となり、一緒に歌いながら、もうレイはずっとこれ以上無いくらいの楽しそうな笑顔で歌っていた。

 しかし、実は和音の合間に爪弾く音をうっかりすっ飛ばしそうになって、何度もニコスのシルフ達にこっそり助けてもらったのだった。

 しかも、舞台で歌うレイを夢中になって見つめていたニコスには、見えている知識の精霊達がこっそり何度も演奏の手助けしているのに気付いてしまい、泣くやら笑うやら忙しくて、咳き込みそうになって必死になって堪えていたのだった。



「ありがとうございました!」

 会場中から大きな拍手をもらったレイが笑顔でそう言って下がろうとしたが、あちこちからもう一曲お願い! との声が上がり、それを見た今夜の夜会の主催者であるゲルハルト公爵が笑顔で大きく拍手をした。

「ぜひもう一曲聴きたいが、構わないだろうか?」

 ゲルハルト公爵の言葉に驚くレイだったが、すぐに笑顔で頷き座り直した。

「もちろん喜んで。えっと、でも何を演奏すればいいかなあ。あの、閣下。何かご希望があればお聞きしますが?」

 咄嗟に思いつかなかったので、笑顔でそう言ってゲルハルト公爵を見る。

「おや、いいのかい? ではそうだなあ……

 苦笑いしたゲルハルト公爵は、そう言ってチラリとルーク達を見る。

 その視線に気付いたルーク達が、顔を見合わせてから頷き合う。ゲルハルト公爵が何を言いたいのか、その視線だけでルーク達には充分過ぎるくらいにわかったからだ。

「では、主催者様のご希望とあらば、知らん顔は出来ませんね」

 若干わざとらしくそう言ったルークの言葉を聞いて、何人かの執事が即座に動く。

 今夜のルーク達には演奏の予定は無かったが、当然のように彼らの楽器は用意されている。

「では、竜騎士隊の皆様方が一緒に演奏してくれるようだから、空の彼方に、をお願いしてもいいかな」

 にっこりと笑ったゲルハルト公爵の言葉に、どうなる事かと興味津々で聞いていた周囲の人達が嬉しい声を上げて拍手をする。

「分かりました! では皆の準備が出来るまでもうしばらく時間がありますね」

 笑顔でそう言ったレイは、目を輝かせてそう言って座り直すと抱え直した竪琴を軽く爪弾き始めた。

 曲は、良い子のお手伝い。

 昔から馴染みのある童謡の一つで、朝から晩まで忙しく働くお母さんとお父さんの為、お家で留守番をしている子供達がこっそりお手伝いをする歌だ。

 それに気付いた会場の人達から、笑い声と共に手拍子が始まる。

 そして、下がりかけていたエントの会とハーモニーの輪の方々も足を止めて慌てて元の位置に戻り一緒になって歌い始めてくれたおかげで、ルーク達の準備が整うまでの間、会場は大いに賑わったのだった。

 急な公爵閣下の無理なお願いにも怯む事なく堂々と対応し、更には準備が整うまでの間、余裕をもってその場を仕切り笑顔で演奏するレイの様子を、ニコスはもう言葉も出ないくらいに感動しながら見つめていたのだった。

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