内緒の移動と控えの部屋
「では、ご案内いたしますのでどうぞ」
ようやく落ち着いた三人が顔を見合わせて深呼吸しているのを見た執事の言葉に、三人が慌てて振り返る。
「よろしくお願いします」
深々と一礼した三人の声が綺麗に重なる。
「はい、ではどうぞこちらへ。ああ、申し遅れました。私はグラントリーと申します。レイルズ様の、主に礼儀作法や貴族社会の一般常識などの教育を担当させていただいております」
見本のような綺麗な一礼をした執事の言葉に、タキスとギードは驚きの声を上げ、ニコスは納得したように頷いた。
「それはつまり、武術と事務仕事関係以外全部、という事ですね。レイがお世話になっております。グラントリーの目から見て、今の彼の仕上がり具合はいかがですか?」
ニコスの言葉に、グラントリーは笑顔で頷いた。
「レイルズ様は、本当に優秀なお方です。ですが正直に申し上げて、初めてここに来られた時は、あれほど無邪気で警戒心も無く、人の言う事を疑いもせずにほぼ鵜呑みになさるような素直な性格では、社交界の様々な方々とはとても対等にはなれぬのではないかと危惧しておりました。いいようにあしらわれてしまうのではないかと。ですが成人年齢となり社交界への顔出しをなさると、裏では魔女とも呼ばれる事もある噂好きな婦人会の方々だけでなく、気難しい高位の貴族の方々など、性別年齢を問わずほぼ全ての方々を文字通り骨抜きにしてしまわれましたよ。今の社交界では、レイルズ様の自称保護者や祖父母代わりを名乗る、または自負なさっているお方が両手両足まで使っても足りぬ有様でございます。私も、教育の成果がここまで現れて嬉しゅうございます」
にっこりと笑ったグラントリーの予想以上の言葉に、聞いていたニコスだけでなくタキスとギードも揃って嬉しい声を上げたのだった。
グラントリーを先頭に、タキスとニコス、ギードがそれに続き彼らの左右と後方にも執事達が付き添ってそのまままずはお城へ向かった。
お城に到着したところで、ひとまず竜騎士の為の部屋の一つに案内されて、用意されていたワインをいただきつつそこで夜会の始まるのを待つ。
その間にタキス達は、グラントリーに頼んで彼の普段の勉強をしている時の様子や、夜会で酔っ払ってブルーの色のクッションを嬉しそうに抱えて持って帰って来た話などを聞き、揃って笑い転げたのだった。
「そろそろお時間のようですね。では参りましょう」
ワインのグラスが空になった頃、グラントリーにそう言われて笑顔の三人が立ち上がる。
彼らの服の背中には、いつの間にか緑のリボンがくくり付けられていた。
そのまままたグラントリーの案内で、衝立の向こうの控えの部屋から裏の廊下へ出る。
ニコスには見慣れた光景だが、まさかそんなものがあるなんて思ってもみなかったタキスとギードは、好奇心全開でキョロキョロと周りを見ては、荷物を抱えて、あるいはワゴンを押して通り過ぎる執事や侍女達を興味津々な様子で見ていたのだった。
飾り気のない薄暗い廊下をしばらく歩き、いくつかの角を曲がって到着した別室に入る。ここも控えの部屋のようで、空のワゴンが数台と、リネンが棚に積まれているだけの何もない部屋だ。
「恐れ入りますが、ここからはお静かにしていただくようお願いいたします」
口元に指を立てるグラントリーの言葉に、タキス達は揃って目を輝かせてうんうんと頷いていた。
続きになった別の部屋に通されたところで、タキスとギードは声を上げそうになって咄嗟に口を手で覆っていた。
そこは先ほどの部屋とは違い、何人もの執事達が忙しそうに出入りしている。
開いたままの大きな扉の向こうは、扉よりも大きな衝立が置かれていて外は見えない。
しかし、ここまで聞こえる人々の声や音楽に、衝立の向こうがその夜会の会場だと知れる。
「どうぞこちらへ。ここから会場が見渡せます」
ごく小さな声でそう言われて、執事達の邪魔にならぬよう壁沿いに移動して部屋の隅に案内される。
グラントリーが示す壁を見ると縦に細長く引かれた不自然な溝があり、そこから光が漏れているのだ。
「裏方専用の覗き窓だよ。会場側からは壁の模様の一部になっていて気が付かれないようになっている。ここから会場の様子を見て、ワインの追加を出したり料理の追加の指示を出したりするんだ」
苦笑いしたニコスのごく小さな声の説明に、納得したタキスとギードがいそいそとその溝に顔を近づける。
嬉しそうな二人の様子を見たニコスは、彼らが見ているのとはまた別の覗き窓があるのを見て、小さく笑ってそこにそっと顔を近づけたのだった。




