歌の歌詞の意味と良い子のレイ
「ねえタキス。さっき言っていたその供物の歌の歌詞に何が書いてあるの?」
竜騎士達も手伝って、ひとまず床に描かれていた魔法陣を綺麗にしたところでレイがタキスを見上げながらそう尋ねる。
「後ほどラトゥカナ古語のままの歌詞と、ざっくりとではありますが今の言葉に翻訳したものを書き出しますので、詳しくはそれを見てください。ですがまあ興味があるのはわかりますので、一番重要な部分を教えてあげましょう」
笑ったタキスは目を閉じて先ほどの歌の一節をゆっくりと歌い始めた。ニコスとギードは、今は笑って見ているだけで一緒に歌わない。
「今歌ったこの部分ですが歌詞を直訳すると、術を行使してくださるならば貴方達を裏切らず、ただ誠意を持って正き道を進む、とあります。つまり、この術を行使するにあたりウィスプ、光の精霊達の属する正き道、つまり光の当たる道を誠意を持って進む。と宣誓しているんですよ。この意味が解りますか?」
「光の精霊達の属する正き道?」
手にしていた雑巾を執事に返しながらレイが考え込む。
「えっと、光の精霊が属するのはその名の通り光の属性。つまり言い換えれば日の当たる場所って事で、それはつまり、人として正き道って事だよね?」
「はい、正解です。つまり、この術を悪い事には使いませんと術を行使する際にウィスプ、光の精霊達に宣誓しているわけです。それなのに、例えばその姿で悪意をもって人を騙したり、何らかの悪事を働いたりすると、宣言に反した行為、つまり術の行使者が嘘をついたと判断されます。そうなると光の精霊達に見限られますから、当然、即座に変化の術は解除されますし、場合によっては光の精霊だけでなく他の精霊達からも見限られる事になるでしょうね。そうなると、精霊魔法を使うどころか、伝言のシルフ達すら使えなくなりますから、色々と終わります」
苦笑いするタキスの説明に、精霊魔法使いが精霊達に見限られる事の意味を考えて納得する。
確かに、それはかなりの抑止力になるだろう。
「しかも、その際の善悪の判断は精霊達の独断で決まるんですよね。ですので、ある意味これはとても怖い術なんですよ」
タキスの言葉に、その場にいた全員の顔が真顔になる。
「待ってください。それはかなり危険なのでは?」
真顔のアルス皇子の言葉に全員が頷いている。
精霊達は、人とは違う存在であり、ものの価値観も考え方も当然違う。
その精霊達が独自に判断する善悪の基準を考えて、精霊魔法を使う全員が真顔になるのはある意味当然だった。
「大丈夫ですよ。移り気で気まぐれなシルフ達と違って、光の精霊達の考える善悪の判断基準はほぼ人のそれを同じです。ですので、普通に生活している限り問題になるような事はほぼありません。それに、私の場合はレイの周りにウィスプ達を付き添わせていましたからね。まあそんな事は有り得ませんが、万一レイが何らかの悪事を働くような事があれば、警告してもらうようにお願いしていましたからね」
最後はやや含んだ言い方でにっこりと笑ってそう言うタキスを見て、レイ以外の全員がほぼ納得したように頷いた。
「成る程。よく分かりました。もしもこの術を使う事があった際には重々心得ておくようにします」
真顔のアルス皇子の言葉に、皆も真顔で頷いている。
「えっと……?」
一人だけ解っていないレイに、タキスがにっこりと笑ってそっと頭を撫でた。
「後で詳しく教えてあげます。大丈夫ですよ。貴方を信じていますから」
「なんだかよく分からないけど、別に悪い事をする予定は無いので大丈夫だと思います!」
胸を張って良い子宣言をする小さなレイに、あちこちから吹き出す音が聞こえ、その場は暖かな笑いに包まれたのだった。
その後も小さくなったレイは竜騎士達やマークとキム、それから少女達にも散々撫で回されただけでなく何度も抱っこされ、ついには軽食を用意している部屋まで連れて行かれ、クラウディアやジャスミンの膝の上に座っておやつまでいただく羽目になり、クリームとチョコレートのたっぷりかかったパンケーキを食べさせてもらいながらレイは耳まで真っ赤になっていたのだった。
「あれは子供扱いどころか、もう完全におもちゃ扱いだな」
「だけどまあ、普段のレイを知っている人達からすれば、あの姿は確かに可愛くてたまらないだろうな」
「そうですね。それにしても、自分で術をかけておいて言うのも何ですが、最初ってあんなに小さかったんですねえ……」
紅茶をいただきながら、完全に皆のおもちゃになっているレイを見てタキス達三人がそう言って笑っている。
「確かに驚くくらいに小さいな。初めてあの術を行使した時は、レイの体格も背丈もほぼあのまんまだったんだよ……だけど、あの小さな子が今のレイの大きさにまでわずか数年で成長するんだと考えると、俺にはそっちの方が驚きだよ」
呆れたようなニコスの呟きに、タキスとギードだけでなく側に座っていたアルス皇子をはじめとする大人組の面々までが吹き出し、揃って凄い勢いで頷き合っていたのだった。




