変化の術と小さなレイ
「ではレイ。ここへ」
タキスの言葉に頷いたレイが、目を輝かせて言われた場所に立つ。
タキスの頭上には、先ほどペンダントから出てきた光の精霊達だけでなく、何人もの光の精霊達が集まって来ていて一緒になってクルクルと頭上で円を描くようにして飛び回っている。
それだけでなく、それぞれの竜の使いのシルフ達も興味津々で集まってきている。
そして見学者達は、全員が壁際に並んで立っている。
ニコスとギードが、ゆっくりと進み出てきて魔法陣の外で立ち止まった。
「では、只今より変化の術を行使します。その間、皆様は決して動かず、声も出さぬようにお願いします」
当然、見学者達は全員が精霊魔法使いなので、その辺りの事はしっかりと心得ている。
真顔の全員が頷くのを見て、タキスも真顔で頷く。
一つ深呼吸をしたタキスは、目を閉じてゆっくりと口を開いた。
「謹んで精霊王に申し上げ候。王より賜りしその子の姿を一時の間、偽る事をお許しあれ」
そう言ったタキスは、やや高い声で歌を歌い始めた。
初めて聞くそのやや物悲しい旋律に、竜騎士達が目を見開く。
ニコスとギードもタキスに続いて歌い始め、ニコスが中音を、ギードが低音部分を歌い、三人の声は見事なハーモニーとなって広い部屋に響き渡った。
『美しい歌声愛しい歌声』
『優しい歌声愛しい歌声』
『愛しい歌声美しい歌声』
『変えろ変えろ愛し子の姿』
『変えろ変えろ愛し子の姿』
光の精霊達が口々にそう言い、直後に部屋中に光の粒があふれた。
点滅を繰り返すその光の粒が魔法陣の中に立つレイの周りに集まり、ゆっくりと彼の体を包み込んでいく。
もう一度部屋に光があふれ、見学者達はたまらずに腕や手で目元を覆った。
一瞬の閃光が消えた時、そこにいたのはとても小さな竜人の少年だった。
「うひゃあ!」
しかし、光が消えたのと同時にレイが情けない悲鳴を上げてその場にしゃがみ込む。
何しろあまりにも小さくなった為に今まで着ていた服がほぼ全部脱げてしまい、完全に服の中に埋もれた状態になってしまっていたのだ。
それを見た全員が同時に吹き出す。ジャスミンとニーカ、それからクラウディアは、何が起こったのか理解して揃って真っ赤になり、慌てて後ろを向いた。
「うええ、僕ってこんなに小さかったっけ?」
竜騎士見習いの赤い服の間から顔を出した小さな竜人の少年になったレイの姿に、今度は驚きの声があちこちから上がる。
「レイルズ様。こちらの服をどうぞ。ティミー様が以前着ておられた服でございます」
駆け寄ってきた執事が、そう言いながら手にしていた服を渡す。これはタキスから事前に聞いて急いで準備したものだ。
ご丁寧に下着まで用意されているのを見て吹き出したレイが、着替え一式を受け取り自分の今まで着ていた服の中に潜り込む。
しばらくモゴモゴしていたが、無事に着替えが終わったらしく服の中から出てきた。
「ほら、ここに来た頃のティミーの服でもまだ大きいくらいだね」
竜騎士見習いの小さな服を着た竜人の少年の全身を見て、もう全員が驚きすぎて声も出ない。
「あれ? どうしたの?」
全くの無反応な竜騎士達を見て、レイが不思議そうに首を傾げる。
「か……か……」
口元に手をやったクラウディアが、何やら謎の呟きをこぼしている。
「ディーディー、見て。どう?」
笑ったレイがクラウディアの前に駆け寄って、両手を広げてくるりと一回転して見せる。
「可愛い〜〜〜〜!」
口元を押さえたクラウディアの大変素直な叫び声に、全員揃って吹き出しその場は大爆笑になったのだった。
「ええ〜〜冗談抜きで本当に小さくなってるぞ!」
「本当だ。これは凄い!」
「ちょっと抱っこさせてくれ! 重さはどうなってるんだ?」
「うわあ、軽い! 変化の術で重さまで変わるって、一体どうなってるんだよ?」
「ちょっと俺にも抱っこさせてくれ! うわあ本当だ、軽い!」
文字通りすっ飛んできた竜騎士隊の皆は、目を輝かせて小さくなったレイを撫でまわし、さらには抱っこして重さままで計りはじめている。小さくなったために非力になってしまったレイは皆にされるがままだ。
「可愛い! ねえレイルズ。私にも抱っこさせて!」
「凄い凄い! 髪がサラサラになってる!」
ジャスミンとニーカが目を輝かせてレイの左右に来て、ジャスミンがレイを抱き上げて歓声を上げる。
「ほら、ディアも抱っこしてみるといいわ。レイルズを抱っこ出来る機会なんて二度と無いわよ!」
ただ一人、呆然とまだ壁際に立ったままだったクラウディアにそう言い、ルーク達が揃って吹き出す。
「た、確かにクラウディアがレイルズを抱っこ出来る機会なんて、今を逃すと絶対に無いな。クラウディア、ジャスミンの言う通りだ。せっかくの機会なんだから抱っこさせてもらえ」
その言葉に真っ赤になって慌てて逃げようとしたレイだったが、ルークに片手で軽々と捕まってしまう。
そのままポンと、まるで物のようにクラウディアに渡されてしまい、慌てて落ちないように彼女にすがりつく。
咄嗟にレイを抱き止めたクラウディアも真っ赤になり、そのまま無言で見つめ合う。
「こんなに小さかったんですね。懐かしいわ……」
小さくそう呟いたクラウディアが、レイの小さな額に自分の額をコツンと付き合わせる。
「僕もびっくりだよ。こんなに小さかったんだね」
苦笑いしたレイが自分の胸元を叩いてそう言い、顔を見合わせた二人は揃って小さく吹き出した。
「はい、どうぞ」
笑ったクラウディアに下ろしてもらったレイは、軽く服を叩いてからタキスを見た。
「えっと、この後って夕食は改まった席になるんだよね? それならもう戻すの?」
見上げる形になったレイの言葉に、タキスが笑いながらルークを見た。
「どうしますか? 戻していいなら術を解除しますが」
「どうするかなあ。ちなみに、これってどの程度まで保つんですか?」
ルークが、小さな竜人の少年になっているレイを見ながらそう尋ねる。
「数日程度なら問題ありません。一応、一年程度までは大丈夫なのは確認済みです」
「いつ確認したのかは、聞かない方が良さそうですね。で、どうする?」
その言葉に、ルークだけでなくマイリー達までにんまりと笑い、何やら顔を寄せて相談を始めた。
「じゃあ、とりあえず夕食会はそのままでお願いします」
しばらくして、振り返った満面の笑みのルークの言葉にレイ以外の全員が揃って吹き出し、レイは情けない悲鳴を上げたのだった。




