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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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クラウディアの場合

「ああ、ここにいたのね。大至急事務所に来てもらえるかしら」

 その日、いつものようにペリエルと一緒に倉庫で蝋燭の準備をしていたクラウディアは、何やら慌てた様子でやって来た僧侶の言葉に驚いて作業の手を止めて振り返った。

 ペリエルにはこのあと別の僧侶が来てくれてクラウディアが戻るまで指導を担当してくれるのだと聞き、安心したクラウディアはとりあえずその場をペリエルに任せた。

「お任せください。もう蝋燭の準備は全部覚えましたから。来てくださる方の手も、終わったら私がちゃんと綺麗にしますね」

 水の精霊魔法は神殿内での作業の際に使う事が一番多いので、今ではすっかり扱いが上手になったペリエルが、得意そうにそう言って持っていた蝋燭の木箱を床に置いた。

「ええ、お願いするわね。途中で抜けてごめんなさい。ちょっと行ってきます」

 笑ってそう言い、急ぎ事務所へ向かった。



 驚いた事に、事務所には執事のグレッグが待っていたのだ。

「あの、何かありましたのでしょうか?」

 今のグレック様は、もちろん公爵閣下との連絡係を務めてくれているが、普段はニーカのところにいるのだと聞いている。という事は、彼女に何かあったのだろうか?

 心配になってそう尋ねたが、グレッグ執事は笑顔で首を振った。

「いえ、ご心配なく。ジャスミンとニーカ様より、直接会って話をしたいのだと伺い、急ぎお迎えに上がりました」

「タドラ様からも、連絡をいただいたわ。行って来なさい」

 事務所にいた僧侶からも真顔でそう言われて、クラウディアも真顔で頷く。

 精霊通信で話が出来る彼女達があえて会って話したいと言う事は、グレッグ様は問題は無いと言っているが間違いなく何かあるのだろう。しかも、タドラ様からの口添えまであるとなると何かあるのはほぼ確定だが、その何かが全く分からない。

「分かりました。私が行ったところで何か出来るとは思えませんが、話を聞くくらいは出来ます。申し訳ありませんが行ってまいりますので、ペリエルの事よろしくお願いします」

「ええ、任せてくださいな。では、いってらっしゃい」

 僧侶の言葉にもう一度頷いたクラウディアは、軽く一礼してからグレッグ様と一緒に事務所を出て行った。



「何があったのかしら? 間も無くレイの叙任式があるのに……まさか、レイに何かあったとか?」

 待っていた豪華な馬車に一人乗り込んだクラウディアは、馬車が動きはじめたところで不安そうに小さな声でそう呟いた。

 グレッグ様は馬車の中には乗らず、馬車後方にある執事や従卒の、いわば付き添いの人専用の場所に乗ってしまったので中から聞く事も出来ない。

「そんなはずないわ。レイの周りには信頼出来る竜騎士様方があんなに大勢おられるんですもの。わざわざ部外者の私を呼ぶ必要なんて無いわ。でもそうなると……本当に何なのかしら?」

 自分一人だけが呼ばれる意味が分からず一人で大混乱していると、不意に膝の上に大きなシルフが座った。

「レイ?」

 これは明らかに、普段レイが寄越してくれるあの大きな伝言のシルフだ。

 身を乗り出すようにしてシルフにそう話しかけると、そのシルフは彼女を見て低い声で笑った。

「こ、これは失礼をいたしました!」

 その声で、この伝言のシルフを寄越した相手がラピス様だと気付いたクラウディアが慌てて頭を下げる。

『構わぬから頭を上げなさい。ちょっと驚いているようなので、心配はいらないと言いに来たまで』

 明らかに笑っているその声に、クラウディアは安堵のため息を吐いた。少なくとも、何か悪い知らせでは無いようだ。

「あの、では私が呼ばれたのはどう言った要件なのでしょうか?」

 どう考えても、レイやジャスミン、ニーカ達に何か問題があったとしても自分には絶対に何も出来ない。

 そうなるともう自分が呼ばれる意味が全く分からず恐る恐るそう尋ねたが、ラピス様の使いのシルフは笑うだけだ。

『大丈夫だから安心しなさい。其方にとっても、これは良き事となるだろうからな』

 優しいその言葉に、小さく頷いたクラウディアは自分の膝に座ってこっちを見ているラピス様の使いのシルフに改めて頭を下げた。

「ラピス様のお心遣いに感謝いたします。では、ジャスミンやニーカに直接会って、彼女達から詳しい話を伺います」

『うむ、それでよい。ああ、もちろん本部にはレイもいるので会えるぞ』

 からかうようなその言葉に、唐突に真っ赤になる。

『では後ほど』

 面白そうに笑った大きなシルフは、頭を下げたまま真っ赤になっている彼女の額にそっとキスを贈るとそのまま手を振ってからくるりと回って消えてしまった。

 結局、馬車が本部前に到着してグレッグ執事が扉を開けるまで、クラウディアは真っ赤になった顔を何とかしようと、一人であたふたしていたのだった。



「ようこそディア!」

 馬車が本部に到着し、案内された部屋にはドレス姿のジャスミンとニーカが待っていた。

 再会を喜んで手を叩き合い、ひとまずソファーに座る。

「それで、わざわざ会って話をしたいって、何かあったの?」

 とにかく話を聞こうとそう尋ねると、二人は困ったように笑って顔を見合わせた。

「あのね、実を言うと……」

 苦笑いするジャスミンの言葉に続き、ニーカが目を輝かせて身を乗り出した。

「あのね! 実は今、レイルズのご家族がオルダムに来られているの!」

 目を見開いたクラウディアは、しばし無言になった後に口元を押さえて声を上げそうになるのを必死で堪えた。

「も、もしやエイベル様のお父上が、タキス様がお越しになられているの?」

 揃って頷く二人を見て、ようやく自分が呼ばれた意味が分かってとうとう我慢出来ずに声を上げたクラウディアだった。



「それで、今日はディアをタキス様に紹介する為に来てもらったの!」

「巫女服はそのままでいいけど、ちょっとくらいは身だしなみを整えないとね!」

 目を輝かせたジャスミンとニーカの言葉の直後、やる気満々な侍女達が進み出てくる。

「では、こちらへどうぞ。まずはお髪を少々整えさせていただきます」

 驚くクラウディアににっこりと笑った侍女達は、もうそのまま驚きのあまり無抵抗な彼女を取り囲んでまずは洗面所へ連れて行ったのだった。

 しばらくして洗面所からクラウディアの驚く声が聞こえてきて、ジャスミンとニーカは揃って吹き出したのだった。

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