瑠璃勲章
「諦めろ! 俺も子爵になったんだから、お前も勲章くらいは貰っておけ!」
いっそ開き直って笑いながらそう言うバルテン男爵の言葉にギードが吹き出し、遅れてレイとタキスとニコスも吹き出す。
それを見た竜騎士達も次々に吹き出し、会議室は笑いに包まれたのだった。
「はあ、笑いすぎて腹が痛いわい」
しばらくしてようやく笑いが収まったところで、バルテン子爵が笑い過ぎて出た涙を拭いながらそう言ってまた笑う。
ギードも同じく笑い過ぎて出た涙を拭いながらうんうんと言葉もなく頷いている。
「まあ、納得していただけたようで良かったですよ」
笑いを収めたアルス皇子の言葉に、居住まいをただしたギードが深々と一礼する。
「過分な評価を頂き恐れ入ります。瑠璃勲章など私めには分不相応にございますが、ご配慮に感謝して有り難く頂戴いたします」
その言葉に、アルス皇子は明らかに安堵した表情になった。
「よかった。では……」
「では?」
言葉が続かないアルス皇子に、また顔を上げたギードが不思議そうな顔になる。
アルス皇子は何も言わずに、困ったようにギードの後ろを見ている。
「殿下? 一体何が……」
不思議そうにそう呟いて自分の後ろを振り返ったギードは、そこにいた人物を見るなり奇声を上げて慌てたように立ち上がり、その場に膝をついた。
「こ、これは失礼をいたしました!」
ギードに遅れて同じく背後を振り返ったタキスとニコスも、咄嗟に声を上げかけてなんとか堪え、同じく慌てて立ち上がってその場に膝をついた。レイも慌ててそれに倣う。
「構わぬから立ちなさい。驚かせてすまなかったな。どうしても、今しか時間が取れなかったのでな」
困ったように笑った皇王の言葉にレイは頷いて立ち上がったが、しかし三人は誰も顔を上げない。
「レイルズ、すまぬが起こしてやってくれるか」
しばしの沈黙の後、皇王が困ったようにレイにそう言い、頷いたレイがとにかく三人の背中を叩いて顔を上げて立たせる。
それを見て、その場にいた全員が立ち上がって集まってきた。
「其方達は見届け人だ」
皇王の言葉に、アルス皇子をはじめとした竜騎士達全員が真顔で頷く。
一番後ろではあったが、ティミーも同じく真剣な表情で何度も頷いていた。
「ギルバード・シュタインベルガー。そしてバルテン・フェルスベルガー両名、こちらへ」
改まった真顔の皇王の言葉に顔を伏せたまま深々と一礼したギードが、ゆっくりと皇王の前に進み出て跪く。そしてバルテン子爵も慌てたように駆けてきてギードの隣に跪いた。
「此度の献上品に関わる其方達の大いなる貢献に対し、ファンラーゼン皇国はギルバード・シュタインベルガー、バルテン・フェルスベルガー両名に対し、最高位となる瑠璃勲章を授ける」
静かな声でそう言った皇王は、アルス皇子が捧げるようにして差し出したトレーから、子供の掌ほどもある大きな勲章を手にした。
「二人とも、立ち上がり顔を上げなさい」
跪いたままだったギードとバルテン子爵が、その言葉にゆっくりと立ち上がり顔を上げる。
その胸に、順番に皇王自ら勲章をそっと取り付ける。
大きなピンで留めただけの簡易のものだが、一つ深呼吸をしたギードとバルテン子爵は右手でそっとその勲章を押さえて再びその場に膝をついて揃って頭を下げた。
「身に余る光栄。心より感謝申し上げます」
頭を下げたままの二人の声が重なる。
「其方達の益々の活躍を期待する。そして両名のこれからに幸あれ」
満足そうに頷いた皇王の言葉に、その場は拍手に包まれたのだった。
「では、私は戻らせてもらうよ。今日は休みと聞いていたのに、急に呼び出してすまなかったな。ではまた後程」
勲章の授与が終わり、ギードが立ち上がったところで皇王は笑顔でそう言い、本当にすぐに部屋から出て行ってしまった。
慌てたギードとバルテン子爵が何か言う間も無く、護衛の者達に取り囲まれて出て行く皇王の後ろ姿を見送る。
扉が閉まってしばしの沈黙の後、大きなため息を吐いたギードとバルテン子爵がその場に仲良く並んでぺたりと座り込んだ。
「だ、大丈夫?」
慌てたレイがそう言って駆け寄る。
「ああ、大丈夫じゃ」
「い、今になって……腰が抜けたわい」
差し出されたレイの腕にすがるようにしながら乾いた笑いをこぼすバルテン子爵とギードの言葉に、呆然と事の成り行きを見ていたタキスとニコスがここでようやく我に返り、揃って歓声を上げてギードに駆け寄る。
「おめでとうございます、ギード。瑠璃勲章だなんて、凄いですよ!」
「おめでとうギード。いやあ、朝食の時に話していたままの結果になったな」
「あはは、まあくれると言うものをわざわざ断るのも畏れ多いわい」
いっそ開き直ったギードの言葉に、またあちこちから吹き出す音が聞こえ、部屋は暖かな笑いに包まれたのだった。




