朝練と裏庭の立体ルート
「おはようございます。今朝もなかなかに芸術的な髪型になっておりますね」
レイが起きたのを見て、ノックの音と共に苦笑いしたラスティがアルベルトと一緒に部屋に入ってくる。
「おはよう。ここにいると、シルフ達の遠慮が本部にいる時よりも無くなっている気がするね」
固まった前髪を引っ張りながら笑ったレイの言葉に、周りにいたシルフ達が一斉に笑う。
『だって楽しいんだも〜〜ん!』
『ふわふわもぎゅもぎゅ』
『楽しいもんね〜〜!』
『ね〜〜〜〜!』
「だから、もぎゅもぎゅって何!」
空中に向かって言い返すレイを見て、精霊達が見えないラスティとアルベルトは困ったように笑っていた。
「えっと、皆はまだ寝てるのかな?」
二人に手伝ってもらいなんとかいつものふわふわな髪に戻ったレイが、こめかみの三つ編みに括られた綺麗な水色の紐を見ながらそう尋ねる。
「先ほどギード様はお目覚めになられたようですが、タキス様とニコス様はまだお休みのようです」
「ギード様は、少々運動不足気味との事で、裏庭の道で走りたいとの仰られて準備中との事です」
アルベルトの言葉に続き、笑顔のラスティに白服を差し出しながらそう言われてレイは目を輝かせる。
「もちろん、僕も行きます!」
笑顔でそう言い、即座に着ていた寝巻きを全部まとめて脱いだレイを見て、アルベルトは黙って開いたままだった扉を閉めてくれた。
「おはようギード!」
「おお、おはようレイ。朝から元気があってよろしいぞ」
廊下で白服を着たギードと合流したレイは、嬉々としていつも自分が走っている裏庭の道へ案内し、仲良く並んで一刻ほどの時間をかけて、最初はゆっくりと走って体をほぐし、最後は全力で走り込みをしたのだった。
「はあ、高低差は然程無いが、なかなかに走りやすい良き道だな」
庭石に座って汗を拭うギードの言葉に、隣に座って同じく汗を拭っていたレイも笑顔で頷く。
「えっと、ここは元々裏庭の木の剪定や手入れの為に作られた小道があった場所だったんだって。僕がここに来て、外で運動する場所が無いって言ったのを聞いた庭師の人達が、走りやすいように道を広げて地面を平らにして固めて作ってくれたんだ。石畳の道と違って固められた土の道だから、走っていても膝や踵への影響がほとんど無いんだよね」
「おお、走りやすいと思ったのは庭師の方々のおかげでしたか。有り難い事よのう」
嬉しそうに笑ったギードは、そのまま周りの木を見て無言になる。
「レイ、思っておったんだが、もしやここの木々は……」
「気がついた? 実は庭師の人達にお願いして、色々と考えてもらったんだ。やっと仕上がったらしくて、僕もまだ全部は走った事が無いんだよね。ニコスに見てもらって、ルート取りの見方を改めて教えてもらおうと思っているんだ」
無邪気に笑うレイを見て、ギードは感心したように改めて周囲を見回した。
蒼の森の石の家の上にあるニコスが監修して作った林の立体コースは、ノーム達や木々の精霊ドライアード達の協力があったからこそ作れたものだ。
あれほどの複雑さはないが、人の手による技術だけでここまでの立体的なルートを作るには相当な時間と手間、そして生きた木々を自在に扱う高い造園の技術が必要だ。
「見事なものよな。では、寝坊しておるニコスを叩き起こしてもらって見てもらおうではないか。起こしてきてくれるか」
笑ったギードが、呼びもしないのに頭上に集まっていたシルフ達に向かって最後にそう声をかける。
レイが吹き出すのと、張り切ったシルフ達が一斉に頷いて消えるのはほぼ同時だった。
そして、直後に建物の三階の開いた窓からニコスの悲鳴が聞こえてきて、レイとギードは揃ってもう一度吹き出したのだった。
「全く、朝から何をするんだって」
二人揃って笑い転げていると、開いた窓からニコスが顔を出した。
「おはようニコス! あのね! お願いがあるから白服を着てこっちへ降りてきてください!」
上を向いて手を振ったレイの言葉に、ニコスが驚いたように目を見開く。
それから、二人の周囲にある木々を見て納得したように笑って頷いた。
「成る程、了解だ。じゃあちょっと待っていてくれよな」
そう言って部屋に戻ったニコスの言葉に、レイは嬉しそうに頷いて立ち上がった。
ゆっくり歩いて適度な間隔を開けて並ぶ木々を見上げる。それから地面も見て回り、庭石にしては不自然な位置に置かれた大きな石や地面の盛り上がりも確認していった。
「えっと、ここからそっちへ飛んで……右へ行ったら枝があるから駄目で、左へは跳べるけどそのあとが続かないから、こっちじゃないのかな? でもそっちへ行くしかルートはないと思うんだけど……」
指差しながら、まずは自分でルートを考えてみる。
体重の重いギードは、蒼の森の林のコースもいつも見学しているだけで一緒に走る事はない。
真剣に悩む様子のレイを、ギードは笑顔で見つめているだけで何も言わない。
「ああ、駄目だ! どう走っても途中で行き止まりになっちゃう。ええ、どうすれば完走出来るんだ、これ?」
「レイ、そもそも最初の位置取りが間違っておるぞ」
にんまりと笑ったギードの言葉に、驚いたレイが振り返る。
「ええ、最初の位置取りってここの事?」
走り始めの位置に立つレイを見て、苦笑いしたギードが頷く。
「ええ……ここ以外にどこから……」
「おやおや、教えた事をすっかり忘れたみたいだなあ」
呆れたようなニコスの言葉に、目を輝かせたレイが振り返る。
「おはよう。これまたずいぶんと庭師の方々が頑張って作ってくれたみたいだな。もしかして、訓練用の立体のルートを作った経験者の方がおられたのかもな」
「訓練用の立体ルートって?」
ニコスの言葉にレイが不思議そうに首を傾げる。
「軍では通常訓練でやっているけど、レイはやった事無いかな? 自然のコースではなく、すべて人口のルートのやつだよ。並べた丸太の上を走ったり、泥沼の地面に置いた飛び石の上を走ったり、縄を使って高い塀を乗り越えたりするやつ」
お披露目会の直後にカウリと一緒に走ったのを思い出して、レイは満面の笑みになる。
「その様子だと走った事があるみたいだな。さて、ここのルートはどう取ると思う?」
先ほどのギードの言葉も交えつつ自分の考えを伝えるレイの様子を、ニコスは嬉しそうな笑顔でまずは黙って聞いていたのだった。




