それぞれの朝
『寝てるね』
『寝てるね』
『起きないね』
『起きないね』
『どうする?』
『どうするどうする?』
『どうしようっかな〜〜』
『どうしようっかな〜〜』
蒼の森の石の家にあるベッドの縦横三倍くらいはありそうな大きなベッドの真ん中で埋もれるようにして熟睡しているタキスの前髪をこっそり引っ張りながら、集まってきたシルフ達が楽しそうに笑いながら話している。
外はもう白み始めていて、いつもならばそろそろ起きる時間だ。
『今日はゆっくりって言ってたよ』
『ゆっくりゆっくり』
『皆もまだ寝てるよ』
『起きない起きない』
『じゃあまだ寝る〜〜』
『まだ寝る〜〜〜!』
『一緒に寝るの〜〜』
『一緒一緒〜!』
一人のシルフが、昨夜執事達が話していたのを思い出してそう言うと、他の子達もうんうんと頷いて揃ってタキスを見た。
『一緒に寝るの!』
『一緒一緒!』
『仲良しだもんね〜!』
『ね〜〜!』
そう言って、いそいそとタキスの胸元や髪の隙間に潜りこんで寝る振りを始めた。
「ああ、もう朝か……」
一方、いつもの時間に目を覚ましたニコスは、見慣れない豪華な天井と広すぎるベッドを見て苦笑いしながら密かなため息を吐き、それから白み始めた窓を見て一つ欠伸をしながら小さくそう呟いた。
集まってきていたシルフ達は、目を覚ましたニコスを見て笑顔で集まってくる。
「おはよう、でもまだ起きないよ」
横になったままで笑って小さな声でシルフ達にそう言い、一つため息を吐く。
恐らく、別室に控えている執事達は部屋の様子を常に確認しているだろうから、ここでニコスが起き上がれば間違いなく部屋に入ってきて当然のように世話を焼いてくれるだろう。
「有り難いんだが、どうにも落ち着かないな」
苦笑いしながら小さくそう呟いて、さりげなく寝返りを打って横向きになる。
「まあ、たまには寝坊する日があっても構わないよな。畑仕事も家畜達の世話もしなくていいんだしさ。もうちょっと寝るから、起こさないでくれよな」
柔らかな枕に腕を伸ばして抱きつき、そう呟いてそのまま目を閉じる。起こすなと言われたシルフ達は、頷いてつまらなさそうに解散する。
静かな部屋に寝息が聞こえてくるまで、それほどの時間はかからなかった。
「ふああ〜〜〜寝坊するつもりだったのに、いつもの時間に目が覚めると何やら悔しいのう」
見慣れない豪華な天井に苦笑いしたギードは、そう呟いてゴロリと寝返りを打った。
ギードのもじゃもじゃな髭を、こっそり引っ張ろうとしていたシルフ達が慌てたように飛んで逃げる。
「ああ、すまんすまん」
笑ってそう言い、改めて天井を見上げてまた苦笑いする。
「広すぎるベッドに豪華すぎる天井。いやあ、どうにも落ち着かんのう。しかしこのワシが、オルダムの瑠璃の館の客室に泊まり執事に世話を焼かれる日が来ようとは冗談にも程があるぞ……精霊王も冗談がお好きとみゆるわい」
ため息を吐きながらそう呟き、寝転んだままで軽く腕を上げて肩を回す。
「そういえば、今日の謁見は午前中と言っておったが時間を聞いておけばよかったな。直前にシルフを送ってからかってやれたものを」
小さく吹き出しながらそう言い、腕を伸ばして思い切り伸びをすると軽々と腹筋だけで起き上がった。
「このところ運動不足で体が鈍っておる気がするな。レイと手合わせの出来る場所があれば嬉しいのだが、果たしてこの屋敷にあるかのう?」
ベッドに座って上半身をゆっくりと動かして準備運動していると、軽いノックの音がして執事が入ってきた。
「おはようございます。朝食の準備は出来ておりますが、いかがなさいますか?」
一礼して言われて、思わず運動していた動きが止まる。
「皆はどうしておりますかな? それから、レイも」
「まだ、皆様お休みのようでございます」
「ならば、急ぎませんので皆と一緒にいただきます。それよりも、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
居住まいを正す執事を見て、苦笑いしたギードは窓を見た。
「実は少々運動不足な気がしておりましてな。庭を走るか、あるいは運動する部屋があればお貸しいただきたいのですが、いかがでしょう?」
遠慮がちなギードの言葉に、執事は笑顔で頷き窓を見た。
「レイルズ様がよく走っておられる道が裏庭側にございます。また、訓練用の部屋ももちろんございます。準備は出来ておりますので、お使いになられますか?」
「おお、では訓練室は後ほどレイが目を覚ましたら手合わせを希望させていただきます。その、いつもレイが走っていると言う裏庭の場所をお教えいただけますかな」
「かしこまりました。では、お召替えを」
もう一人入ってきた執事の手にあるのは運動用の白服と靴で、お礼を言ったギードは、まずは顔を洗う為にベッドから起き出したのだった。
「ううん……」
枕に抱きついて眠っていたレイは、小さく声を上げて枕に顔を埋めた。
相変わらず、ふわふわな赤毛は集まってきたシルフ達の手により今朝もなかなかの芸術作品に仕上がっている。
「ううん……ふああ〜〜〜」
もう一度声を上げたレイは、抱きついた枕ごとゴロリと寝返りを打った。
それから大きな欠伸をしてから目を開く。
集まってきていたシルフ達の何人かが、それを見て欠伸をする真似をした。
「おはよう。もう、今朝もまた凄い寝癖になってる」
前髪をかき上げかけて手を止めたレイの言葉に、シルフ達が一斉に笑う。
『だって楽しいんだもん!』
『ふわふわだもんね』
『もぎゅもぎゅするんだよ〜〜』
『もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ〜〜』
『ね〜〜!』
「だからもぎゅもぎゅって何!」
固まった前髪を押さえたレイの叫びにまたシルフ達が一斉に笑い、レイの手や剥き出しになった額に次々にキスを贈ってから消えていった。
『おはよう。今朝もまたなかなかに見事な芸術作品になっておるな』
「あ、おはようブルー。もう毎朝これで、すっかり慣れちゃったよね」
笑ったレイの言葉に、ブルーの使いのシルフも一緒になって笑っていたのだった。




