ニコスの贈り物
「ギードったら、最初にそんなとんでもない質と量の贈り物をされたら、私達のが出しにくくなるではありませんか。ねえニコス!」
笑いを収めたタキスが、自分が持ってきた包みを抱えてわざとらしく口を尖らせる。
「全くだ。これは間違いなく渡す順番を間違えたな」
同じく呆れたように笑ったニコスも、タキスの言葉にうんうんと頷きながら自分が持ってきた包みをそっと撫でた。
「じゃあ、あの贈り物の後に渡すのはちょっと恥ずかしいが、俺からの贈り物だよ。レイ、改めて本当によく頑張ったな。あの小さかった子が、ここまで大きくなったのにも正直驚いたが……その中身の方は、どうやら俺達が考えていた以上に、もっともっと大きく、そして立派になったみたいだ。その素晴らしい成長を家族として心から誇らしく思い、そして祝福するよ。おめでとうレイルズ」
改まったニコスの祝福の言葉に、目を潤ませたレイは慌てたように居住まいを正してニコスに向き直った。
そして、そっと渡された四角い包みを受け取る。
「あ、これは本だね。えっと、でもこれって……?」
ニコスから渡されたそれは、濃い青とやや薄い青に染めた見事な革の装丁の、二冊の本だった。
しかし、表紙にも、それから背表紙にも通常ならば書かれてるはずの本の題名や作者の名前が無い。
それにどちらもかなり分厚くて大きく、レイでも片手で持つのがやっとの重さだ。
「この二冊の本は、レイが竜騎士となる為にオルダムへ旅立ってからすぐに準備を始め、今日までの間に俺が書き起こしたものだよ。本の装丁はドワーフギルドに委託して作ってもらった。実を言うと、間に合わないかと思うくらいにギリギリだったんだ」
苦笑いするニコスの言葉に、何度も頷くギードも同じく苦笑いしている。
「まずこっちの薄い青色の本は、竜人の郷にいる父上に連絡を取って許可を得た上で書き起こしたもので、長年に渡り貴族の執事をしていた俺の一族の持つ知識の全てを、文字通り記してある。様々な礼儀作法に始まり貴族間の明文化されていない慣習など、これからのレイに必要と思われる事を俺の知る限り全て書き出した。ただし、これは基本的にオルベラートの貴族の知識だから、もしかしたらファンラーゼンの貴族では違う事もあるかもしれない。一応、シヴァ将軍にも見ていただいて問題はないとのお言葉はいただいているが、念の為、あとで誰かに確認してもらっておいてくれ。ああ、そうか。知識の精霊達に確認してもらうのもありだな。今のあの子達なら、ファンラーゼンの貴族達のそういった事についても詳しいはずだからな」
平然と告げるニコスの言葉に、本を手にしたままレイは言葉も無い。
『じゃああとで確認しておきますね』
『これはなかなかにやりがいのありそうな頼み事ですね』
『素晴らしい内容だと思います』
ふわりと現れたニコスのシルフ達が、にっこりと笑ってそう言いレイが持つ薄い青色の本の上に立つ。
「うん、うん。じゃあお願いね」
なんとかそれだけ言ったレイは、改めて手にしたその分厚い本を見る。
「ありがとうニコス。じゃあこれは知識の精霊達にまずは見えてもらうね。えっと、じゃあもう一冊の本には何が書いてあるの?」
もう一冊の、分厚い濃い青色の方の革の装丁の本を見る。
「こっちは、精霊魔法に関する様々な知識と実例が書いてある。それから、俺と俺の一族が今までに経験から獲得した様々な精霊魔法の特別な術に関する内容だ。ただし、光の精霊魔法についてだけは、残念ながら俺は扱えないからあくまでも一般的な知識しかないので、ここの項目に関してだけは俺の父上とそれからタキスに教えてもらった」
驚きに目を見開くレイを見て、ニコスとタキスが揃って笑う。
「火の精霊魔法については、ギードとバルテン男爵も協力してくれたよ」
「ええ、それって……」
「この本はレイに贈ったものだからレイが好きにしていい。精霊魔法に関する本は、合成魔法を研究しておられるお友達の役に立つ事もあるだろうから、もちろん見せてもらっても構わないぞ」
「ありがとうニコス!」
テーブルに二冊の本を置いたレイが満面の笑みでそう言い、立ち上がってニコスのところまで駆けていき、両手を広げて抱きついた。
当然、小柄なニコスはそのまま堪える間もなくレイに押し倒されてしまい、ソファーに一緒に転がる。
「何をしているんですか。ほら、危ないですよ」
呆れたように笑ったタキスが、二人の腕を引いて起き上がらせてくれた。
「ありがとうニコス! 僕もっと頑張るからね!」
体を起こして、改めてもう一度今度はちゃんと気をつけてニコスを抱きしめたレイは、嬉しそうにそう言ってから席に戻った。
「それから、これは大したものじゃあないが使ってくれたら嬉しいよ」
そう言って笑うニコスから渡されたもう一つの包みの中には、艶のある真っ白な絹のシャツが何枚も入っていた。
しかもそのシャツの襟元や袖口には、同じく真っ白な絹糸で魔除けの模様をはじめ、様々な複雑な模様や竜騎士隊の紋章の刺繍が施されている。
こういった刺繍を施した絹のシャツは、第一級礼装の際に中に着るものだ。
「うわあ、どれもすごく綺麗な刺繍だね。ありがとう! 叙任式の時に着させてもらうね!」
嬉しそうなレイの言葉に、ニコスも嬉しそうに笑って頷く。
「ああ、ぜひそうしてくれ。それからこれもな」
最後の小さな包みを、そう言ってレイの手のひらの上に置く。
「ありがとう。開けるね」
かけられている極細のリボンを解いてその包みを開くと、中に入っていたのは一本の古びたミスリル製のペーパーナイフだった。
持ち手部分にはごく細やかな蔓草と葉の模様が彫り込まれていて、その一部は少し模様が薄くなっている。これはずっと使い続けられた事による摩耗のせいだろう。
使い込まれたそれは細かな傷がいくつか見受けられはするものの、歳月を経たものだけが持つ艶やかで優しい輝きを放っていた。
「叙任の祝いの贈り物にするにはどうかと思ったんだが……これは、俺が成人した時に今は亡き祖父から貰ったものでね。祖父もその祖父から貰ったものだと聞いた。父上は、これを貰えなくて悔しかったんだって、つい最近聞いたんだよ。作った人の名は伝わっていないんだが父上曰く、作者は俺のご先祖の細工師だった方らしい。せっかくなので、レイに受け継いでもらえたらと思ってさ」
丸みを帯びた刃の無いそのペーパーナイフをそっと撫でたレイは、目を輝かせて何度も頷いた。
「ありがとうニコス! 大切に使わせてもらいます!」
「じゃあこの次は、レイの子供に引き継いでくれよな」
「僕、子供を持つ予定はまだありません!」
笑ったニコスの言葉に真っ赤になったレイが言い返し、また四人揃って大笑いになったのだった。




