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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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挨拶とバルテン男爵の到着

「はあ、今すぐ蒼の森に帰りたい……」

 豪華な応接室に通され、席に座った時点で、俯いて顔を覆ったタキスが小さな声でそう呟く。

 右横に座ったレイは、困ったようにそんなタキスを見ているだけで何も言わない。

 代わりに口を開いたのは、タキスの左横に座って苦笑いしていたニコスだった。

「タキス、だからちゃんと教えただろう? ほら、こう言う時はなんて言うんだっけ?」

 からかうようなその言葉に、もう一度タキスが大きなため息を吐く。

「ええ、そうでしたね。はあ……」

 もう一度ため息を吐いたタキスは、なんとか顔をあげて座り直した。

「こほん。本日は、お茶会にお招きいただきありがとうございます」

 そのまま優雅に一礼するタキスを見て、目を見開いて驚くレイにタキスが笑ってみせる。

「降誕祭が明けた頃から、毎晩のようにニコスがマナー講習会を開催してくれましてね。皆でもう、毎回グダグダになりながら頑張って勉強したんです。まあ、所詮は付け焼き刃ですけれどね」

「タキス凄い! ちゃんと出来てるよ」

 誤魔化すように笑って肩をすくめるタキスの言葉に、ルーク達も揃って笑顔で拍手をしたのだった。

 そこからはアルス皇子が、まずはティミーとニーカとジャスミンを三人に自己紹介していった。

 竜騎士達は、カウリを含めた全員が蒼の森へ行った事があるのでタキスとは面識があるが、ティミーとニーカとジャスミンは初対面だ。

 やや緊張しつつ順に挨拶する彼らを、皆笑顔で見つめていたのだった。



 一通りの挨拶が済んだところで竜騎士達やニーカ達の前にはカナエ草のお茶が、タキス達三人の前には紅茶が用意された。

「今日のお茶菓子は、僕のおすすめのマロンパイとキリルのジャムのビスケットだよ」

「おや、そうなのですね。では、遠慮なくいただきます」

 笑顔のタキスがそう言って、マロンパイを手にしたナイフで半分に切ってから口に入れた。

「これは美味しいですね。栗好きなレイが気に入るのは当然ですね」

 笑顔で頷き合い、レイもマロンパイを口に入れた。

 その時、執事がマイリーのところへ近付きそっと何かを耳打ちした。

「ああ、来られたか。お通ししてくれ」

 別の執事が、ギードの隣にもう一人分のお茶の用意をするのを見て、レイだけでなくニコスも驚いてマイリーを見た。

 通常、主賓であるタキスの為のお茶会に、遅れて別の人物が来ると言うのは有り得ない。

 それに、ここは竜騎士隊の本部の中にある応接室で、そもそも部外者が気軽に入れるような場所ではない。

 どう考えても、誰が来るのか分からなくてニコスが内心で首を傾げていると、足音がして開かれた扉から見慣れた顔が入ってきた。

「バルテン男爵! ええ、いつこちらへ来られたんですか?」

 レイが真っ先に声を上げ、にんまりと笑ったバルテン男爵は、そのままレイの前にゆっくりと歩み寄り深々と一礼した。

「レイルズ様、間も無くの叙任、心よりお祝い申し上げます。光栄にも叙任式にお招きいただき、レイルズ様の晴れ姿をこの目で見る栄誉を賜りました」

「そうなんですね。お忙しい中、ようこそオルダムへ。お会い出来て嬉しいです」

 満面の笑みで立ち上がったレイが、笑顔のバルテン男爵と握手を交わす。

 手を離したレイが座るのを見てから、呆気に取られて自分を見ているギードを見てバルテン男爵はにんまりと笑った。

「そりゃあ、誰かさんに大事な大事な頼まれ事をされておるからなあ。来ぬわけにはいくまい?」

 その言葉に、ギードが思いっきり吹き出す。

「ワハハ。そうであったな。いやあ、持つべきものはギルドマスターで男爵の友よな」

 そう言って立ち上がったギードはバルテン男爵のところへ駆け寄り、お互いに笑顔でバンバンと背中や腕を叩き合ってたのだった。



「頼まれ事って?」

 改めてバルテン男爵も席につき、彼にも紅茶とお菓子が用意されたところでレイが不思議そうにそう尋ねた。

 その言葉に、ギードとバルテン男爵が顔を見合わせる。

「はい、今回のレイルズ様の叙任の祝いとして、あるものを皇王様へお届けするために参りました」

「僕の叙任の祝いに、皇王様へお届け物?」

 レイが新しく竜騎士としての剣を賜る叙任式。この際に、新しく竜騎士が増えた事への祝いとして皇王に贈り物をするのは決して珍しい事ではない。

 すでに、年が明けて正式な叙任式の日程が発表されて以降は、日々の謁見の際に祝いの品を届ける人は少なくないのだ。

「えっと、何を贈ってくださるんですか?」

 興味津々のレイの質問に、バルテン男爵はまたにんまりと笑った。

「あれを出した際の、皆様の反応を考えただけでもう笑いが出ますわい」

「だなあ。あれを出せば間違いなく大騒ぎとなるだろうなあ」

 完全に他人事なギードの言葉に、黙って聞いていたマイリー達も驚いたように目を見開く。

「バルテン男爵、何をお持ちくださったのか聞いてもよろしいですか?」

 マイリーの質問に、軽く咳払いをしたバルテン男爵は背後に控えていた執事を見てからアルス皇子を見た。

「しばし、お人払いを願えますかな」

 一瞬何か言いかけたアルス皇子だったが、無言で頷き執事に目配せをする。

 心得た執事が、その場で一礼してそのまま全員が控えの間へと下がって行った。

「では、見ていただきましょうか」

 部屋に入った際に扉横の棚に置いた小さな木箱を、立ち上がったバルテン男爵が両手で捧げるようにして持ってくる。

「これはギードの鉱山から出た、ダイヤモンドにございます。さすがに割るには惜しい大きさでございましてな。ギードから相談を受けまして、良い機会でございます故、この度皇王様への献上品としてお持ちいたしました。どうぞご覧くださいませ」

 全員の無言の注目を受けながら、バルテン男爵が手早くその木箱の蓋を開く。

 中から出てきたのは真っ赤な小箱で、それを取り出したバルテン男爵がそっとその蓋を開いた。

 中に収められていたのは、子供の握り拳ほどもある完璧なまでに透明なダイヤモンドだった。

 しかし、それは通常のダイヤモンドのような表面を鋭角にしたカットは一切施されておらず、そのまま表面を磨かれているだけだが、その輝きを見て全員が声を失う。

「おお、これはなかなかに良き入れ物を見つけてくれたな」

 絶句する全員に知らぬ顔で、笑ったギードがその石を収めた真っ赤な入れ物をそっと撫でた。

 ビロードと呼ばれる柔らかな毛並みの布で作られたそれは、やや丸みを帯びた蓋付きの小箱で内側には銀色のビロードが貼られている。

「これに合わせて作ったに決まっておろうが。いやあ、これを持ってくる間、精霊達の守りがあるとはいえ緊張致しましたぞ」

 カラカラと笑うバルテン男爵の言葉に、もうその場にいた全員が、驚きのあまり完全に固まってしまっていたのだった。

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