近付くその日と出発の朝
「どうぞ、留守は我らにお任せください」
「レイルズ様の晴れ姿、しっかり見てきてくださいね。土産話を楽しみにしています」
並んで見送ってくれたシヴァ将軍とアンフィーの言葉に、タキス達はこれ以上ないくらいの笑顔になった。
「本当に感謝しています。勝手を致しますが、留守の間、皆の世話をどうぞよろしくお願い致します」
タキスの言葉に、ニコスとギードも揃って深々と頭を下げたのだった。
今日は、いよいよ近付いてきたレイの叙任式に参列する為に、タキス達が揃って出発する日なのだ。
数日前から、石の家に来てくれているシヴァ将軍は、完璧なまでの準備を整えてきてくれた。
そもそもシヴァ将軍が部下の職員の人達を引き連れて定期的にここへ来る本来の目的は、ラプトルの子供達を家族以外の知らない人達がいる環境に慣らせる、人慣れと呼ばれる訓練の為だ。
その為、ここへ来るのは毎回違う顔ぶれで、今回も全部で十人の人達を引き連れて来てくれている。
そのうち二人が料理人なのは、料理上手なニコスがいない事を考えての配慮だろう。
当然、食材も大量に持ち込まれていて、地下の食糧庫はほぼ満杯の状態に近い。
精霊使いが誰もいなくなる留守の間の食糧保存を密かに心配したニコス達だったが、ブルーが寄越した使いのシルフから、留守の間の食糧庫の保存については全面的に自分に任せろと言われて安堵したのは内緒だ。
しかも今回来てくれている職員の人達は、全員が家畜の世話や畑仕事に慣れている農家出身の人達らしく、騎竜や家畜の日々の世話をはじめ、畑の世話についても細かく聞かれて驚いたほどだ。
畝おこしは全て終わり、種を蒔き始めてまだ間がない畑の世話は、基本的にノーム達にお願いしているのでそれほどする事は無いが、それでも新しい種を蒔いたり、間引きをしたりする程度の細かい世話は幾つもある。
恐縮しつつも、留守の間にして欲しい日々のお世話について、必死になってノートに書き出して準備していたタキス達だった。
一応、ブラウニー達にも留守の間のお世話をお願いしているので、万一漏れがあっても安心ではある。
いつもなら出掛ける際にはベラとヤンとオットーに乗るタキス達だが、子育ての真っ最中のベラとポリーに乗れない。
ラプトルの雄は基本的に子育てには参加しないが、ベラとポリーの側からあまり離れるような事はなく、明らかに守っているような様子が何度も見られたので、無闇に離すのはベラとポリーの精神的な安定のためにも良くないと判断したのでヤンとオットーにも乗れない。
その為、タキス達はギードを通じてドワーフギルドから普段の移動用に乗るラプトルを三匹借りている。
今回も、タキス達はこのラプトルに乗ってオルダムまで行く。
ちなみにアンフィーは、ここへ来る際に乗ってきたラプトルをそのまま自分の騎竜として置いているので、普段からラプトルの数は多い。
その為シヴァ将軍達が来た際にはラプトルやトリケラトプスを休ませる為の厩舎が足りず、ギードの家のある側の林の一部を切り倒して急遽作った臨時の厩舎を使ってもらっているのだ。
今回は、異動の時間を含めるとひと月近くここを留守にする事になるので、タキス達の荷物もそれなりの量になるので、シヴァ将軍にお願いして荷物運び用に三匹のラプトルを貸してもらった。
どの子もよく走る良い子ですよと言って渡された三匹のラプトルは、確かに鱗はツヤツヤで筋肉の付き方も申し分ないくらいの素晴らしい子達だった。
ドワーフギルドで借りている子達より乗り心地は良さそうだと言って、三人は後で揃って苦笑いしていたほどだ。
用意していた着替えや、それぞれの贈り物が入った木箱を荷運び用のラプトルの背に乗せていく。
このラプトルの背に乗せているのは鞍ではなく、荷運び用の台と左右にある大きな籠だ。
木箱は荷台に専用の紐でしっかりと固定する。包みや鞄は左右の籠にバランスよく分けて入れて蓋をすれば準備完了だ。
長期移動の場合、人が乗るラプトルに載せる荷物は最低限にする。その為、タキス達自身は大した荷物は持っていない。
三人が羽織るやや長めの艶やかな青い革製のマントは、シヴァ将軍からの贈り物だ。
王都へ行けば恐らく様々な視線を集めるであろう彼らを守る意味もあって、胸元にはシヴァ将軍の家紋、横を向いた竜の上半身と広げた翼が綺麗に刺繍されている。
彼らの荷物の中には、こちらもシヴァ将軍が用意した正装の衣装や装飾品をはじめ、普段着や靴までもが幾つも入っている。
オルダムに行った際に、彼らが少しでも恥ずかしい思いをしなくて良いようにとの配慮だ。
まとめて渡されたそれらを見て、恐縮する三人にシヴァ将軍は笑ってこう言ったのだ。
少しでも喜んでくださるのなら、レイルズ様と共にオルダムでの時間を思い切り楽しんできてください、と。
土産話を楽しみにしていますと言われて、大感激したタキス達は涙ぐみつつ何度もお礼を言ったのだった。
特に、この辺りの貴族達の感情や思惑に詳しいニコスは、それはもう大感激して後でこっそりとシヴァ将軍に改めてお礼を伝えたのだった。
「それでは行ってまいります」
一礼したタキスの言葉に頷き、ニコスとギードもそれぞれ一礼してから自分のラプトルに飛び乗った。
荷運び用のラプトルは、各自の乗るラプトルの鞍に取り付けた引き具にそれぞれ長めの手綱が繋がれていて、離れる事なく後ろを並走するようになっている。
並んで走り去る一同を見送ったシヴァ将軍とアンフィーは、一仕事終えた満足感にどちらからともなく笑顔で頷き合い、頭上で手を叩き合ったのだった。




