趣味の倶楽部の話
「じゃあ、次の会合の時には正式な招待状をお届けするから、是非とも顔を出してくれたまえ。もうその頃には、見習いではなく正式な竜騎士様だろうけれどね」
「来月中になければそうなりますね。はい、よろしくお願いします!」
笑顔のゲルハルト公爵の言葉に、レイも笑顔でそう返事をした。
「そう言えば、閣下は色んな倶楽部を主催なさっているんですね」
新しく渡された貴腐ワインを飲みながら、ふと思いついたレイがそう言ってゲルハルト公爵を見る。
「えっと、確か燻製を楽しむ倶楽部もありましたよね?」
燻製作りが趣味なのだというゲルハルト公爵は、作った燻製で美味しいお酒を飲む為の倶楽部まで作ったと聞いた覚えがある。
以前、ギードがギルドに紹介して贈った大きな燻製作りの組み立て式の部屋は、特にお気に入りになったと聞いている。
「そうだね。まあ、倶楽部での繋がりは仕事とはまた違う繋がりになるので、人脈を広げる意味でも大きいから積極的に行なっている事は否定しないよ」
「人脈を広げる、ですか?」
驚くレイに、ゲルハルト公爵はにっこりと笑って頷いた。
「そうだよ。青年会や鱗の会などのように、立場上入らなければいけないような倶楽部と違い、特に趣味の倶楽部の場合は、普段の付き合いとは全く違う人と出会う貴重な機会でもあるからね」
「ああ、確かにそうですね」
以前ルークにも同じような事を言われたのを思い出して頷く。
確かに竪琴の会や星の友、それから刺繍の花束倶楽部の人達の多くは、レイにとっては普段は接する機会のないような人も多い。
「レイルズは、竪琴の会と星の友だったね。それからルークと一緒に本読みの会を立ち上げたそうだね。他には何か入っているのかい?」
興味津々なゲルハルト公爵閣下の質問に、レイは笑顔で頷く。
「はい。少し前にミレー夫人とイプリー夫人にお誘いいただいて刺繍の花束倶楽部に入会しました。まだ会合に参加したのも一度だけだし、作品も降誕祭のツリーの飾りくらいしか出来ていませんが、刺繍も楽しいですよ」
「し、刺繍の花束倶楽部? これはまた驚きの倶楽部だね。そうか、レイルズは手先が器用なんだね」
驚いたゲルハルト公爵は、少し離れたところにいたミレー夫人を見て、彼女がとてもいい笑顔で頷くのを見てから納得したようにそう言って笑った。
「えっと、糸紡ぎの手伝い程度はやった事がありましたが、刺繍はここへ来てから始めました。花嫁さんの肩掛けに刺繍をしたのが初めてだったんです」
少し恥ずかしそうなレイの言葉に、その辺りの事情を知っているルーク達が揃って小さく吹き出す。
「ん? 今の何処に笑う要素があるんだい?」
不思議そうな公爵に、レイも苦笑いしながら、初めて花嫁さんの肩掛けの存在を知り、皆が刺繍をしたというあの時の自分の勘違いを説明した。
「ああ、成る程ね。皆がそれぞれに刺したのだという箇所を見て、とても美しく上手に刺せていたので自分も頑張らなければと思ったわけか。そりゃあ色々と大変だったね」
肩を震わせながらそう言われて、レイも笑いながらうんうんと頷く。
「でも、初めて刺した小花の部分は縁がガタガタで全然駄目だったんです。でもその後に来てくださったサマンサ様やマティルダ様が、それを見てとても上手に縁取りを追加で刺して誤魔化してくださったんです。それで、刺繍も素敵だなって思っていたんです。その後、ブルーに教えてもらって何度か花嫁さんの肩掛けに刺繍をしていたら、少しは上手くなったみたいで、皆様に褒めていただきました」
「それで、彼女達に刺繍の花束倶楽部に招待されたわけか」
「はい。えっと、今はちょっと他が忙しくて出来ていませんが、刺し掛けの刺繍もあります」
「あら、そうなのですか? 今は何をお作りになられていますの?」
レイの話を少し近寄って聞いていたミレー夫人が、驚いたようにそう言って会話に加わってきた。
「はい、えっとサマンサ様にお贈りしようと思って、厄除けの色合わせて花の刺繍をしています。あの、そんな難しいのではなく、僕が作っているのはクロスステッチです!」
目を輝かせているミレー夫人といつの間にか集まってきた婦人会の面々を見て、レイが慌てたようにそう説明する。
「サマンサ様への贈り物か。それならば頑張って綺麗に仕上げないとね」
にっこり笑ったゲルハルト公爵がそうまとめてくれたので、なんとなくこの話はここまでになった。
「成る程ねえ。さすがはレイルズ。だね」
集まってきた婦人会の女性陣に囲まれて笑顔で刺繍の話をしているレイを眺めながら、新しい貴腐ワインの入ったグラスを手にしたゲルハルト公爵が感心したようにそう呟く。
「あの面々に取り囲まれていながら平然と笑顔で対応出来るだけでも驚きなのに、彼女達と同じ趣味の倶楽部に入るとは、いやあ、尊敬する以外出てこないよ」
「ですね。俺もレイルズが刺繍の花束倶楽部の見学に行って、その日のうちに入会したと聞いて、割と本気で驚きましたからね。ですが、サマンサ様やマティルダ様は、彼が刺繍を始めたと聞いてとても喜んでおられて、その後に彼を奥殿に招待なさって一緒に刺しかけの刺繍をしたそうですよ」
「おお、そういう効果もあるのか。竜騎士はやはり違うね」
「おかげさまで」
苦笑いした二人は、揃って手にしていたグラスを軽く掲げた。
「多趣味で器用な、人付き合いの上手い新人さんに乾杯」
大真面目なゲルハルト公爵の乾杯の言葉に、ルークだけでなく周りで聞いていたマイリー達も乾杯しつつ揃って吹き出していたのだった。




