同世代の子達との合奏
「もう来月には叙任式ですか。本当に月日が経つのは早いですわね」
「ご覧になって。正式に紹介されてからまだ一年にならないのに、あの落ち着きっぷり」
「本当ですわね。もう、どこから見ても立派な貴族の若君様ですわ」
「若者の成長の速さには、本当に驚かされますわね」
「その通りですわね」
舞台で竪琴を奏でるレイを見ながら、婦人会の面々が口元を扇で隠しつつにこやかに話をしている。
「月日が経つのは本当に早いですわね」
「ええ、本当にそうですわね。彼らもレイルズ様くらいにしっかりしてくれればいいのですけれども」
「あの子達は、まだまだ修行が足りませんわねえ」
「本当ですわね」
何やら含みのあるその呟きに、周りのご婦人方も同意するかのように苦笑いしながら小さく頷き合っている。
その言葉を漏れ聞いた周りにいた男性陣が彼女達からさりげなく距離を取るのを見て、会場内を観察していたブルーの使いのシルフはこっそりと笑いを堪えていたのだった。
舞台上では、曲を終えたレイに大きな拍手が送られている。
しかし、竪琴を抱えたままのレイは舞台からは下がらずにそのまま待っている。
すると舞台袖から、明らかに十代後半と思われるレイと同世代の少年少女達が進み出てきて、レイの後ろに整列した。
少女達の手には、小さなミスリルの鈴が幾つもついた杖が握られている。その鈴は、今は薄布の袋に包まれていて動いても鳴らないようにされている。
彼らは、社交界に出て間もない十代の少年少女達だけで構成された、雲雀の囀りの会、という混声合唱倶楽部の会員達だ。
十代特有の高音域が特に美しいと評判の合唱団で、このまま成長して二十代になると他の合唱倶楽部へ移動する子も多い。
それから、竪琴を抱えて椅子に座ったまま座っているレイの背後に、竪琴とヴィオラをそれぞれ手にした若い少年少女達も進み出てきて、用意された椅子に座って竪琴を構えたり、並んで立ったままヴィオラを構えたりした。
こちらも十代の少年少女の竪琴とヴィオラの初心者のみで構成された、あすなろの会、という倶楽部の会員達だ。
こちらは、まあ楽器の腕前はまだまだこれからといったところで、本来ならば彼らだけで歌の伴奏をする事はない。もっと上手な倶楽部の方々と一緒に舞台に上がるのだ常なのだが、今回は叙任前のまだ見習いであるレイとの合奏を彼らが希望してレイがそれを受けた形で、今日の十代の子達のみでの舞台が設定されたのだ。
舞台正面には、少しでも近くで我が子の勇姿を見ようと舞台に上がっている子達の保護者達が詰めかけ、かなりのぎゅうぎゅう詰めの状態になっている。
さすがにこの顔ぶれで、指揮者無しで演奏すると間違いなく崩壊するので合唱団の代表を務めているカルトン子爵が指揮棒を手に進み出てきた。
拍手が静まったところで、まずは竪琴とヴィオラの前奏が始まった。
曲は、春風の囀り。
前奏の高音域と低音域が交互に演奏される部分は、冷たい北風と暖かい南風を表す。
若干、高音域のヴィオラの音には難があったが、咄嗟にレイが高音域を追加演奏して何とか誤魔化す事が出来た。
これは、ニコスのシルフ達が咄嗟に弾いてくれたものだ。
「ありがとうね」
ごく小さな声で笑いを堪えてそう言い、ここからは遠慮せずにやや大きめの音で演奏を続けたレイだった。
「凍てつく厳しい冬を超え」
「春の訪い今ここに」
「凍てつく厳しい冬を超え」
「春の訪い今ここに」
「吹きゆくそれは春風と」
「ほころぶ新芽と小さな蕾」
「凍てつく厳しい冬を超え」
「春の訪い今ここに」
噂通りの、高音域の美しい少年少女達の歌声が会場に響く。
「若木の枝を揺らすのは」
「悪戯好きのシルフ達?」
「それとも小鳥の羽ばたきですか?」
「伸びゆく若木の枝先に」
「集まるてんとう虫ですか?」
左右に分かれて交互に歌い交わす合唱団の少女達の手にあるミスリルの鈴が、時折大きく振られて軽やかな音を立てる。
その度に、舞台上に呼びもしないのに集まってきていたシルフ達が、歓声を上げてその周りを飛び回っていた。
だが彼女達の動きに合わせてわずかな風は吹くが、その風がミスリルの鈴を勝手に鳴らすような事はしない。
「凍てつく厳しい冬を超え」
「春の訪い今ここに」
「凍てつく厳しい冬を超え」
「春の訪い今ここに」
「吹きゆくそれは春風と」
「ほころぶ新芽と小さな蕾」
「凍てつく厳しい冬を超え」
「春の訪い今ここに」
今度はやや低音の歌声が響き、同じく低音のヴィオラの演奏が続く。
今までのような上手い方々との演奏ではなく、正直言って自分が一番上手いであろうこの状況に、レイは戸惑いつつも音がずれそうな部分を咄嗟に何度も助けてやりつつ、何とか演奏を無事に終えたのだった。
演奏を終えて最後の和音が消えた途端、会場からは大きな拍手が湧き起こった。
皆、笑顔で顔を見合わせ、立ち上がって深々と会場に向かって一礼してから下がっていった。
レイも、今度は竪琴を持った子達と一緒にそのまま舞台から下がって行ったのだった。
「ありがとうございました!」
「一生の思い出になりました!」
舞台袖の衝立の奥へ下がり、そこから一旦廊下へ出て控え室へ通されたところで、少年少女達が口々にレイにお礼を言って握手を求めてきた。
もちろん、合唱倶楽部の子達も全員一緒だ。
「僕も楽しかったよ。お疲れ様でした!」
竪琴を置いて握手に気軽に応じてくれる笑顔のレイの言葉に、皆もこれ以上ないくらいの笑顔だ。
周りでも、笑顔で手を叩き合ったり抱き合ったりして、無事に終わったお互いの演奏と歌を讃え合った。
実は、演奏前にこの部屋でレイは各倶楽部の子達との顔合わせを行なっている。
自信なさげに、それでも一緒の舞台に上がれて嬉しいと言って憧れの目で自分を見る同世代の子達にレイは、どうぞ自信を持って演奏してください。僕も頑張りますからと、何度も声を掛けていたのだ。
最初のうちこそ遠慮して誰もレイに直接話しかけようとしなかったが、笑顔のレイの方からあちこちに積極的に話しかけた結果、舞台に上がる時間になった頃には妙な結束感が彼らを包む事となり、まだあまり演奏が上手ではないあすなろの会の子達も、堂々と顔をあげて演奏する事が出来たのだった。
『ご苦労だったな。どうなる事かと心配していたが、何とかなったようだな』
窓辺に並んで座ったブルーの使いのシルフの言葉に、今回ばかりはお助けに大活躍だったニコスのシルフ達が嬉しそうに胸を張る。
『こんなの我らには簡単な事』
『我が主殿は優秀なお方だからね』
『いつもはあまり出番が無くて残念だったから』
『今回はたくさんお手伝いが出来て嬉しい』
『そうだな。確かに彼らに比べればレイは優秀だな』
苦笑いしたブルーの使いのシルフ言葉に、ニコスのシルフ達も笑いながら何度も頷いていたのだった。




