様々な薬草茶?
「ペリエルが持ってきてくれた薬草茶です。味見用に少しだけご用意したので、まずは飲んでみてください!」
満面の笑みのレイの言葉に、皆不思議そうにしつつもそれぞれのカップを手にした。
そしてほぼ同時に、一気に飲み干す。
レイとジャスミンとニーカは、カップを手にしたまま飲んでいない。
「うげえ!」
若竜三人組は、見事なまでに同時に同じ悲鳴を上げて、咄嗟に揃って右を向いて口にしたお茶を思いっきり噴き出した。
その結果、タドラが噴き出したお茶は隣に座っていたユージンが丸かぶりする事となり、そのユージンが噴き出したお茶はさらにその隣に座ったロベリオが丸かぶりする事となった。
そしてそのロベリオが噴き出したお茶は、その隣に座っていたルークが丸かぶりする事態となったのだった。
しかしそのルークはといえば、こちらもあまりの苦さに咄嗟に口を押さえて俯き我慢しきれずにそのまま床に全部吐き出していて、さらには突然のロベリオからのお茶攻撃に驚いて顔を上げて横を向き、口元を押さえて咳き込むロベリオの足をテーブルの下で力一杯蹴ってから、こちらも咳き込みつつ大笑いしていたのだった。
「……おお、これはなかなかの苦さだなあ」
「……だな。これは相当だ」
一方、口の中のお茶を平然と飲み込んでからしばしの沈黙の後、空になったカップを見つめたまま顔をしかめて小さくそう呟くカウリとヴィゴ。
それぞれの後ろに控えた執事や従卒達が、咳き込む彼らに水の入ったグラスを慌てて渡していたのだった。
「ふむ。おお、これは懐かしい苦さだなあ」
そして唯一、お茶を飲み干した後も平気そうな顔をしているマイリーに、お茶を飲まなかったレイ達の注目が集まる。
「ええ、マイリーはこれを飲んでも平気なの?」
驚いたレイが、そう言って手にしたままだったカップを見せる。
「なんだ、お前らは飲んでいないって事は、先に飲んだか?」
渡された水を飲み干して笑ったマイリーの呆れたような言葉に、レイ達三人が揃って吹き出しうんうんと頷く。
「はい! 飲んで思いっきり噴き出しました。今のロベリオ達みたいに!」
「私も思いっきり噴き出しました!」
満面の笑みのレイとニーカが、胸を張って噴き出しましたと言っているのを見て、ジャスミンが口元を押さえて必死で笑いを堪えていた。まあ、ほぼ我慢出来ていなかったのだけれども。
「わ、私は、こんな風に、口元を押さえた、布に、全部、全部吐き出しました」
笑い過ぎて呼吸困難になっているジャスミンの言葉に、あちこちから呆れたような笑いがこぼれる。
その後もしばらく笑いが止まらない一同だった。
「いやあ、すごい苦さだったけど水を飲めば意外に簡単に収まるんだな。ウィンディーネ、噴き出したお茶で濡れた部分を全部まとめて綺麗にしてくれるか」
グラスの水を三杯飲んでやっと落ち着いたルークが、呆れたようにそう言ってから自分の濡れた髪を引っ張る。
直後に彼の頭の上だけでなく、濡れたロベリオ達の頭の上にもウィンディーネ達が現れてそっと髪を叩いた。
もうそれだけで、全員すっかり元通りだ。
「お見事。ちなみにこれは、本来ならこの原液をお湯や水で薄めて飲むもので、普通はそのままは飲まないぞ。これは、明らかにこうなるのが分かっていて仕掛けた彼らに、俺達全員はめられた訳だな」
空になったカップを見せながらの面白がるようなマイリーの説明に、ルークとヴィゴとカウリが揃って吹き出し、若竜三人組は声を上げて三人揃って立ち上がり、レイに駆け寄って飛びかかった。
「この野郎! こうなるのが分かってて俺達に飲ませたのか!」
「よくもやったな!」
「レイルズ酷いよ!」
椅子に座ったままで左右からロベリオとユージンに完全に腕と肩を取られ、更には背後からタドラに椅子の背もたれごと胸の辺りをがっしりと掴まれてしまい、レイは身動きが取れなくなってしまった。
「あはは。ごめんなさい!」
笑って謝るレイに、三人がまた吹き出す。
「許すか〜〜〜!」
綺麗に三人の声が重なり、いきなり首筋と脇腹を左右と背後からくすぐられてレイが情けない悲鳴を上げる。
「ごめんなさい。そこは駄目〜〜〜!」
もう一回謝って叫んだレイの言葉に、全員揃って大笑いになったのだった。
「はあ、笑い過ぎて腹が痛い。それで、この苦いお茶がペリエルの土産なわけか」
ようやく笑いが収まったところで、ルークが大きなため息を吐きながらそう言ってレイの頭を横から突っつく。
「そうです。以前精霊魔法訓練所の食堂で、カナエ草のお茶を彼女に飲ませた時、ペリエルは普通に飲んだんです。それで皆が驚いていたら、子供の頃に彼女のお父さんが作ってくれた薬草茶の味に近いって話してくれて、それで一緒に聞いていたブルーが、昔の、民間に伝わるカナエ草の葉を使った薬草茶だろうって言ったんです。今でも作っている人がいて驚いたって。そうしたらペリエルが、これなら配合を覚えているから今度作ってきてくれるって言ってくれたんです」
「ああ、成る程。それで持ってきてくれたのが、これだったわけか」
「持ってきてくれたのは茶葉だよ。それで、それを煮出したのがこの原液で、本当ならさっきマイリーが言ったみたいにこれを薄めて飲むんだってさ。マイリーもこれを知っていたんだね」
笑ったレイの言葉に、苦笑いしたマイリーが頷く。
「俺の実家にも、こんな感じの薬草茶がいつもあったよ。子供の頃は風邪気味になるとこのお茶を飲まされてね、苦くて不味いから大嫌いだったんだけど、これが本当に治るんだよ。それはもう驚くくらいにな。昨日の具合の悪さは夢だったのかってくらいに熱も下がって綺麗さっぱり元通り。このお茶は、あれに近い味がするよ」
カップを見ながらのマイリーの説明に、レイは思わずテーブルの上に立っていたブルーの使いのシルフを見た。
「ねえ、確か以前、ロルフとフォルカーが同じような事を言っていたよね。あの時の薬草茶と、ペリエルが作ってくれた薬草茶やマイリーが言う薬草茶は、それとはまた違うのかな?」
以前、瑠璃の館で友人達とお泊まり会をした時、カナエ草のお茶を初めて飲んだロルフ達が自分達の故郷であるテンベックの辺りで飲まれている薬草茶を教えてくれたのだ。
手に入ったら届けてくれるとは聞いていたが、まだ届いていないのでそれは飲んだ事がないレイだった。
『ああ、アメジストの主が飲んでいたと言うのも、恐らくはこの薬草茶に近い配合なのだろう。もしかしたら、元は同じ人物が作ったものを、それぞれの家が伝えて作り続けていたのかもしれないな。だが、民間薬は時を経れば同じように作っていても配合が変わるのは当たり前だ。アメジストの主の家に伝わる薬草茶と、見習い巫女の家で父親が作っていた薬草茶の配合は、似ているが同じでは無いわけだ。後で、その薬草茶の配合も調べさせてもらおう』
面白がるようなブルーの使いのシルフの言葉に、マイリーが笑いながら頷く。
「では後で父上に連絡して、あの薬草茶の配合を教えてもらえばいいな」
『ああ、ぜひ頼むよ。だが、レイの友人の故郷はテンベックは北の竜の背山脈の麓の街で、ペリエルやアメジストの主殿の故郷は、この国の南の端に近いクームスの街だ。これだけ距離が離れているのに、似た配合の薬草茶がいまだに飲み続けられているというのも、また面白い事だな』
笑ったブルーの使いのシルフの言葉に、話を聞いていた皆も納得するように頷き合っていたのだった。




