実体験とお咎め?
「ごめんなさい。後で説明しようと思って言っていなかったんです。あの薬草茶を飲むには、先ほどの説明で作った濃いお茶を、五倍から十倍くらいまでの量のお水かお湯で割ってそれを飲むんです。煮出した濃いお茶は保存が効きますので、密閉瓶に入れて冷暗所に置いておけば十日くらいは使えるんです。特にこの煮出したお茶はすっごく濃いので、そのまま飲むとこの方みたいに思いっきり咽せて喉が痛くなります。もちろん濃くても体に害はありません。水をたくさん飲めばすぐに治るので、もう大丈夫だと思います」
早口なペリエルの説明を聞いて、その場にいた全員が納得したように頷く。
ピッチャーを持ったままだった侍女も、大きく頷いている。
「そりゃあそうだよね。あれだけ細かく砕いた茶葉を水からじっくり煮込めば、相当濃いお茶が出来るよね。でも、だからこそ高い効用になるのかとも思っていたけど、まさかの水で薄めて飲む用だったとは思わなかったね。えっと、もう大丈夫ですか?」
「はい、おかげさまでもう大丈夫でございます。本当に大変な失礼をいたしました」
真っ青だった顔色も戻っているので、もう本当に大丈夫そうだ。
「えっと、さっきのお茶は、濃いまま飲んでも問題は無いんだよね?」
「はい、でも冗談抜きで先ほどのこの方みたいになります」
レイの言葉に困ったように苦笑いしながらペリエルがそう答える。
「じゃあ、そのヤカンを持って来てください」
笑ったレイが、そう言ってひとまずペリエルを伴って席に戻って行った。
控えていた別の執事が、手早くワゴンを用意して水の入ったピッチャー、それから別のお湯の入ったヤカンをワゴンに並べる。
すっかり顔色の戻った執事が、煮出したお茶が入ったヤカンをそのワゴンに載せて、ワゴンを押してレイの後に続いた。
「聞こえていたわよ。ねえ、そんなに苦いの? カナエ草のお茶よりも?」
戻ってきたレイ達に、苦笑いしたジャスミンが振り返ってそう尋ねる。
「お水やお湯で割ったものは、多少は苦いですがそれほどではありません。煮出した原液は、まあ……」
語尾を濁すペリエルを見て、ジャスミンは戻ってきたレイを見た。
ジャスミンを見たレイも、苦笑いしつつ頷く。
「ねえ、そのお茶、カップにほんの少しだけ人数分入れてちょうだいな」
驚く執事に、にっこりと笑ったジャスミンが頷く。
「早く」
明らかな命令口調に、何か言いかけた執事は一礼して手早く言われた通りに原液のままのお茶をさじに一杯ずつ、本当に少しだけ入れた。
「まあ、それくらいなら何とか……なるかな?」
笑ったペリエルの言葉に戸惑いつつも言われた通りに五つのカップをテーブルに並べた執事は、困ったようにジャスミンを見た。
「ご指示の通りにご用意いたしました。ですが、これは本当にとんでもなく苦いので……」
「じゃあ、どんなものでも一度は体験してみないとね!」
飲むのを止めようとする執事の言葉を遮った笑顔のレイがそう言い、素早くカップを手にする。
それを見た少女達も、揃って笑顔でそれぞれにカップを手にした。ペリエルも笑いながらカップを手にしている。
「では、どんな味か体験!」
そう言ってレイが飲むのを見て、全員がそれに倣った。
「げふう!」
横を向いて、口に含んだお茶を勢いよく吹き出すレイ。
「キュウッ」
奇妙な音と共に吹き出しかけて俯いたジャスミンは、手にしていた布を即座に口に当ててそこに口の中のものを全部吐き出した。
「カハッ!」
「ゲホッ!」
レイと同じく、クラウディアとニーカも横を向いて堪えきれずにそのままお茶を吹き出し、それから慌てたように口元を布で押さえた。
「ううん、やっぱり苦い!」
一人だけ吹き出す事なく口の中のお茶を飲み込んだペリエルは、即座に用意していた水を一気に口に入れている。
「お飲みください!」
それぞれ口を押さえて堪えきれずに咳き込むレイと少女達に、侍女達が慌てたように水の入ったグラスを渡していた。
「はあ、びっくりした」
「これは予想以上の苦さね。分かっていても吹き出しちゃったんだから、知らずに飲んだらそりゃああなるわよね」
それぞれ三杯は水を飲んでようやく落ち着いたレイとジャスミンは、そう言って笑いながらワゴンの横に控える執事を横目でチラリと見て、それから顔を見合わせて何度も頷き合っている。
「確かに強烈だったわね。とても苦かったわ」
「本当に苦かったわね。カナエ草のお茶より苦いお茶はないと思っていたけど、原液のこれは、余裕でその上をいくわ。ああ大変。汚したところを綺麗にしておかないと」
こちらも顔を見合わせてそう言っていたクラウディアとニーカは、先ほど自分達が吹き出した床を見て慌てたように立ち上がった。
ここは椅子を動かしやすいようにごく毛足の短い絨毯が敷かれているのだが、濃いお茶のせいで絨毯の濡れた所の色が少し変わっている。
「あの、どうぞお構いなく!」
床にしゃがみ込むニーカとクラウディアを見て、慌てたように侍女達が駆け寄ってくる。
「気にしないで。ウィンディーネ、苦いお茶を吹き出しちゃったから、この絨毯の汚れを綺麗にしてください」
「ウィンディーネ、こっちもお願い。床と絨毯の汚れを綺麗にしてください」
笑ったクラウディアが、レイが汚した部分を見てウィンディーネ達にそうお願いする。
その声にウィンディーネ達が現れて、笑いながら汚れた絨毯を軽く叩く。
一瞬だけ渦巻き状の水が現れ、すぐに消える。
彼女達が消えたその時には、もう絨毯にはシミの一つも残っていない。
あまりの手早い浄化に、まだ精霊魔法をさほど見慣れていないジャスミンとニーカの侍女達は、揃って驚きに目を見開いて床を見つめていたのだった。
「って事で、これは吐き出すのは避けられないと判断したので、お咎めは無しです」
「その判断を支持いたします」
満面の笑みのレイの言葉に、ジャスミンもそう言って笑顔で頷く。
ここでようやく今の行為の意味を理解したクラウディア達も、揃って笑顔で拍手をしたのだった。
「寛大なる処置に、心より感謝申し上げます」
先ほどの執事がそう言って深々と頭を下げる。
「じゃあ、今度はお湯で薄めたのをください。えっと、十倍くらいでお願いします」
「そうね。初めてならそれくらいから始めるのがいいと思います。あの、これって普段から飲むと滋養強壮に効果があるって聞きました。毎日は無理だと思うけど、数日おきくらいに飲むのがおすすめです」
「ううん、効果があるって分かっていても、ちょっと飲むのをためらう苦さだね」
笑ったペリエルの言葉に、十倍に薄めてもらったお茶を一口飲んだレイがしみじみとそう言い、同じく一口飲んだ少女達も揃って何度も頷いていたのだった。
『あれがどれほどの苦さなのか。こればかりは、さすがの我らも体験するというわけにもいかぬな』
顔を見合わせて苦かった苦かったと言っては笑っているレイと少女達を見て、ブルーの使いのシルフは面白がるようにそう言って笑った。
『そうだね』
『使いのシルフでは味を感じられないし』
『かと言って竜である僕らが飲んでも』
『人の子が感じるような苦さは感じないだろうしね』
隣に座ったクロサイトの使いのシルフも、笑っているニーカを優しい瞳で見つめながらそう言って首を振っている。
その周りでは呼びもしないのに集まってきたシルフ達が、何かを吐き出す振りをして遊び始めていたのだった。




