人形遊びと突然の騒ぎ
「それでね、これがレイルズが作ってくれたトランクよ。ほら、ちゃんと中に物が入れられるようになっているのよ」
「ほら、こっちのお裁縫道具入れも作ってくれたのよ。凄いでしょう?」
「うわあ、凄い!」
「ええ、レイがこれを作ったの? 凄いわ!」
突然、四人に一斉に注目されてしまったレイは慌てたようにうんうんと頷き、少女達に歓喜の悲鳴をあげさせていたのだった。
カナエ草のお茶を飲みながらの楽しい会話は、最初にうちこそお互いの近況報告のような内容だったのだが、仲の良い女の子が四人もいたら当然話は盛り上がるし話題は尽きず次々に変わっていく、後半のレイはもうほぼ聞き役に回っていたのだった。
それでも笑顔で楽しそうに話をする少女達を、レイも嬉しそうな笑顔で見つめていたのだった。
今の話題はあの人形とその道具や衣装についてで、クラウディアとペリエルは、予想通りにあの人形で実際に遊んだ事が無いのだという。
それなら少し遊んでみましょうと言ったジャスミンが、侍女に頼んで一通りの人形や道具を持ってきてもらい、テーブルの端でまさに今から人形遊びが始まろうとしているところだ。
その際に、レイが作ったトランクや裁縫箱をニーカとジャスミンが得意げに披露して、目を輝かせて見ていたペリエルとクラウディアが手を取り合って歓喜の悲鳴をあげたのだった。
「じゃあ、ちょっと遊んでみようよ。ほら、どの子にする?」
「好きなドレスに着替えさせてくれていいからね。もちろん、着せ方も教えるわよ」
目を輝かせて人形や道具を見はするものの手を出そうとしないクラウディアとペリエルを見て、ジャスミンとニーカが満面の笑みでそう言って人形を差し出す。
顔を見合わせたクラウディアとペリエルは、笑顔で頷き合ってから揃って人形に手を伸ばした。
まずはジャスミンとニーカが選んだドレスを渡された二人は、戸惑いつつも教えられるままにドレスを着せつけていった。
「うわあ、素敵なドレスね……」
「本当だわ。夢みたいね……」
二人とも、手にした人形をうっとりと見つめている。
「じゃあ、ここは中庭で、今からお茶のお時間よ」
「ようこそお越しくださいました〜」
緑色のふわふわとした布をテーブルに広げたジャスミンとニーカが、笑顔でそう言ってトランクから小さな食器を取り出し始める。
綺麗なお皿やカップは、先日の夜会でタドラが競り落としてくれたミニチュアの食器だ。
人形人気の噂を聞きつけた陶器の工房が作った物なのだそうで、当然その工房を支援している貴族からの出品だ。
それ以外にも、粘土で作ったお菓子の数々や果物などもあってなかなかに立派なお茶会になっている。
「ええと、お邪魔します? かしら……?」
「こういう時は、お招きいただきありがとうございます。でいいの。ほら、ここに座らせてね。ペリエルはこっちね」
嬉々として遊び始めた四人は、最初こそ若干ぎこちなかったがすぐに慣れてあっという間に人形のお茶会が始まってしまった。
完全に置いてけぼりになったレイには、おかわりのカナエ草のお茶が用意されている。
苦笑いして追加のパイを食べかけたところで控えの間から突然、カシャンと、カップの落ちる音と共に大きく咳き込む音が聞こえてきた。
「うえっ! ゲホゲホ!」
休憩室に一般の身分とはいえクラウディアとペリエルという、レイが招待した正式なお客様がいる場で、このような失態は通常ならばあり得ない。
そんな事を知らないクラウディアとペリエル、それから礼儀作法はまだまだ習っている途中のニーカは特に驚いた様子もなくそのまま聞き流していたが、レイとジャスミンは揃って驚いたように控えの間を振り返った。
「た、大変な失礼をいたしました」
即座に一人の執事が出てきて、そう言って深々と頭を下げる。
奥からは、咳き込むのを無理やり我慢したのだろう奇妙な音が聞こえてから静かになった。
「えっと……大丈夫?」
本来であれば失礼を叱責する立場のレイだが、思わずそう聞いてしまった。
「本当に、大変な失礼をいたしました」
もう一度そう言って頭を下げる執事に、レイはジャスミンと顔を見合わせた。
「えっと、本当にどうしたの? 何かに咽せたみたいな咳き込み方だったけど……もしも具合が悪いのなら、無理せず休ませてあげてね」
「そうね。無理は駄目よ」
ジャスミンも心配そうにそう言って控えの間の前に立てられた衝立を見ている。
人形を持っていたクラウディアとペリエルも、何事かと手を止めて心配そうにレイ達を見ている。
「あ、もしかして……」
何となく奇妙な沈黙が続いたところで人形を置いたペリエルが、立ち上がってそのまま衝立の方へ小走りに向かった。
それを見て驚いたレイが、慌てたように立ち上がってその後を追った。
「ねえ、もしかして煮出した薬草茶をそのまま飲みましたか?」
衝立の裏を覗き込みながらペリエルが心配そうにそう尋ねる。
思わずレイもその背後から控えの間を覗き込んだ。
部屋の床には割れたカップが落ちていて、その横に先ほどレイが茶葉を預けた執事が、口元を押さえたまましゃがみ込んでいる。
声に慌てたように振り返ったその執事は、衝立に手をかけてこっちを覗き込んでいるレイとペリエルを見て、真っ青な顔を慌てたように深々と下げた。
「た、大変な失礼を、ゲホッ!」
謝ろうとしてまた咳き込む。明らかに様子がおかしい。
「あの、とにかく水を飲んでください。たくさんです!」
焦ったようなペリエルの言葉に、一礼した侍女の一人が水差しとグラスを手にしてしゃがんだままの執事に駆け寄る。
「飲んでください!」
無言で頷いた執事が、渡された水を一息に水を飲む。
「もっとです! あのまま飲んだのなら最低でもあと二杯は飲ませてください!」
明らかに原因が分かっているらしいペリエルの指示に素直に従い、とにかく執事に水を飲ませた。
「はあ、ありがとうございます。何とか戻りました。本当に大変な失礼をいたしました」
落ち着いたらしい執事がそう言い、立ち上がってレイ達に向かって深々と頭を上げる。
もう大丈夫そうだと見て安堵のため息を吐いたところで、ペリエルが小さく笑ってレイを見上げた。
「あの、レイルズ様……もしかして、これって何か懲罰の対象になったりするのでしょうか?」
先ほどから執事が何度も大変な失礼をと謝っているのを見て、ペリエルが心配そうにそう尋ねてきた。
「まあ、本来ならね。別に僕は気にしないけど……」
「いえ、そのような訳には参りません」
慌てる執事の言葉を聞いて、ペリエルがそう言ってレイに向かって深々と頭を下げた。
「もしもこの方が罰を受けるのなら、私にも責任がありますので、同じ罰を与えてください」
その言葉に、レイと執事が揃って驚きに目を見開く。
「ごめんなさい。後で説明しようと思って言っていなかったんです。あの薬草茶を飲むには、先ほどの説明で作った濃いお茶を、五倍から十倍くらいまでの量のお水かお湯で割ってそれを飲むんです。煮出した濃いお茶は保存が効きますので、密閉瓶に入れて冷暗所に置いておけば十日くらいは使えるんです。特にこの煮出したお茶はすっごく濃いので、そのまま飲むとこの方みたいに思いっきり咽せて喉が痛くなります。もちろん濃くても体に害はありません。水をたくさん飲めばすぐに治るので、もう大丈夫だと思います」
焦ったように早口になったペリエルの説明を聞いて、その場にいた全員が思いっきり納得していたのだった。




