それぞれの準備
「レイルズ様、巫女様方が本部に到着なさり、事務手続きを終えて祭壇のお部屋に入られたそうです。いかがなさいますか?」
竪琴の練習を一通りもう大丈夫だと思えるまで終えたところで一旦休憩して竪琴を片付け、その後は新しく届いた楽譜を見ていたレイは、待ちかねたラスティの声に笑顔で顔を上げた。
「はあい。それじゃあ、お掃除のお手伝いもしたいからもう行きます!」
慌てて散らかしていた楽譜をまとめるレイを見て、ラスティも笑顔になる。
「ああ、楽譜は後ほど楽器と一緒にまとめて片付けておきますので、どうぞそのままに」
「ごめんね。じゃあ、楽譜と楽器の片付けはお願いします」
ラスティの言葉に嬉しそうに笑ったレイは、持っていた楽譜を机の上に置いたままにしていた竪琴の横にまとめて置いてから立ち上がった。
竪琴に傷をつけないように剣帯ごと外していたので、ラスティから受け取った剣帯をまずは自分で身に付ける。
それから渡された剣を装着して服の皺を直してもらえば準備完了だ。
「はい、これでいいです。では参りましょう」
笑顔のラスティの言葉にレイは大きく頷き、ラスティと一緒にエイベル様の祭壇のある部屋へ向かった。
「ジャスミン様、ニーカ様。巫女様方が本部に到着なさり、事務手続きを終えて祭壇のお部屋に入られたそうです。いかがなさいますか?」
ちょうどその頃、四階の休憩室では人形の自作のドレスをそれぞれ縫っていたジャスミンとニーカにもレイと同じ報告がなされていた。
「やっと到着ね。それじゃあお掃除のお手伝いをしたいから、もう行きます。ほらニーカも」
振り返ったジャスミンが笑顔でそう答えて、道具入れにしている綺麗な木箱に縫い掛けのドレスを入れた。
「うん、ちょっと待ってね。これ、端まで縫わせて」
縫い掛けの手も止めずに俯いたままでそう言ったニーカが、小さく頷いてそう答える。
「ええ、いいわよ。気が済むまで縫ってちょうだい」
ニーカの手元を覗き込んだジャスミンが笑いながらそう言い、彼女が端まで縫い終えるのをじっと待った。
「よし、これで良いわね。お待たせ。それじゃあ行きましょう!」
しっかりと玉留めまでしてから手を止めたニーカがそう言い、ジャスミンとお揃いの道具入れにしている木箱に、縫かけのドレスを入れた。
顔を見合わせて笑顔で頷き合った二人は、侍女達が用意してくれていたゆったりとしたお掃除用のエプロンを持って、揃って休憩室を後にしたのだった。
「では、お掃除に行ってきます」
「いってきます」
神殿の事務所にいつもの届けを出したクラウディアは、竜騎士隊の本部にペリエルが入るための許可証と、向こうでお掃除終了した後にサインをもらう為の書類を受け取り、まとめて折りたたんで胸元に差し入れた。
巫女達の制服は、ちょっとした書類や道具を入れられるように、あちこちに小さなポケットが作られているのだ。
例えば胸元の合わせの裏側には、厚みはないがやや大きめのポケットが作られている。
「竜騎士様方のおられる本部へ行くのは初めてです」
小柄な体には少し大きめのお掃除道具入れを抱えたペリエルが、嬉しそうにそう言って持っていた道具箱を抱え直す。
その様子に、初めて会った頃の、まだ背も低く体も細くて小さかったニーカを思い出していたクラウディアだった。
以前ならニーカと一緒に、時にはジャスミンも一緒に本部のエイベル様の祭壇のお掃除に行く時、本来の所属が神殿ではなく竜騎士隊の本部なジャスミンと、ディレント公爵様の紋章の入った指輪を持つクラウディアとニーカには竜騎士隊の本部に入る際の許可証は必要無かったのだが、マイリーが後見人であるとはいえ単なる見習い巫女でしかないペリエルは、勝手に竜騎士隊の本部に入る事は出来ない。
なので、公爵閣下が後見人になってくださる以前のクラウディア達のように、本部へ行く際には、毎回事務所に届け出をして許可証を貰わないといけない。
久し振りの結構面倒な手続きに、こっそり苦笑いしていたクラウディアだった。
それぞれお掃除道具がぎっしりと入った道具箱を抱えたクラウディアとペリエルは、急ぎ足で竜騎士隊の本部へ向かった
到着したところでまずは事務所に顔を出し、いつもの担当の僧侶に書類を渡す。
「はい、ご苦労様。あら、今日はペリエルも一緒なのね。しっかりお手伝いするんですよ」
クラウディアの後ろに大人しく控えて事務手続きが終わるのを待っていた彼女に気づいた僧侶は、笑顔でそう言って置いてあった小瓶から小さな飴を取り出した。
「ほら、口を開けなさい。お掃除している間に溶けるから、ここで食べて良いですよ」
笑顔でそう言って差し出された飴を見て、ペリエルの目が輝く。
進み出てきた彼女が満面の笑みで口を開くのを見て、笑顔の僧侶は彼女の口に飴玉をそっと入れてくれた。
「ありがとうございます。甘いですね!」
嬉しそうなペリエルの言葉に、事務所にいた他の僧侶達も笑顔になる。
「貴女も食べますか?」
笑った僧侶が、そう言って飴玉の入った小瓶をクラウディアに見せる。
「私は結構です。叶うなら私の分も彼女にあげてください」
「おや、いいのかい? それじゃあもう一つ、こっちの小さなお口に追加だね」
「んん! ありがとうございます!」
驚いたようにもう一度お礼を言って口を開いたペリエルの口に、笑顔の僧侶はもう一つ飴玉をそっと入れてくれた。
二つも飴を貰って少し膨らんだ頬を嬉しそう横を向いて肩でに押さえたペリエルが道具箱を抱え直すのを見て、笑顔のクラウディアも道具箱を抱え直してから彼女を連れてエイベル様の祭壇がある部屋に向かったのだった。




