レイの日常と少女達の色々
叙任式の日取りが正式に決まって以降、夜会や昼食会に招かれる機会が増えてレイは忙しい日々を送っていた。
その為、精霊魔法訓練所へ行く機会が三の月に入ってからはまだ一日だけしか無く、クラウディアと会えなくて少し寂しい思いをしていたのだった。
三の月も後半に差し掛かったその日、今夜の夜会で竪琴の演奏を依頼されていると聞いたレイは、午前中いっぱいずっと部屋にこもって届けられていた楽譜を散らかしながら、演奏予定の曲を中心に竪琴の練習を行っていた。
廊下まで聞こえるその見事な竪琴の音に控えていた護衛の者達や執事達も笑顔になり、彼の部屋の前を歩く時には足取りがゆっくりになっていたのだった。
昼食を食べ終えて部屋に戻り竪琴の練習の続きをしていたところで部屋に訪ねてきたルークから、間も無く本部のエイベル様の祭壇の掃除の為にクラウディアが本部に来ると教えられた。
「ええ? ディーディーが来るの?」
竪琴を置いて目を輝かせるレイの予想通りの反応に、ルークは遠慮なく大笑いしていたのだった。
今月に入ってからは、本部で一度会ったきりで寂しい思いをしていたレイは、お掃除も手伝う気満々で彼女が本部に到着したらすぐに知らせてもらえるように、控えていたラスティにお願いしたのだった。
「ええ? ディアが本部のエイベル様の祭壇のお掃除に来てくれるの? うわあ、嬉しい! 久しぶりにゆっくり会えるわね」
「ええ、彼女が到着したら私達も行きましょう。祭壇のお掃除ならお手伝い出来るものね。それで、お掃除が終わればここへきてもらって一緒にお茶にしましょう」
目を輝かせたニーカの言葉に、クラウディアが本部に来る事を知らせたジャスミンも笑顔でそう言って頷いた。
今の彼女達は、レイ達と一緒に昼食を食堂で食べて四階の休憩室に戻って来たところだ。
午後からは、竜司祭の季節の祭事に関する役割と担当する予定が書かれた資料を読む時間となっている。そのあとは自習時間の予定だったので、午後のお茶は習った礼儀作法の復習を兼ねた練習をしようと言っていたのだ。
「それで今日は、ディアと一緒にペリエルも来るんだって。彼女も頑張っているみたいよ。精霊魔法訓練所には週二日から三日くらい通っていて、四大精霊の下位の座学はもう全部単位を取って、下位の術の実技だけじゃあなくて、いよいよ光の精霊魔法の実技にも入ったって聞いているわ」
「ええ、精霊魔法に全く無知の状態でここへ来て、それでもう下位の座学の講義を終えて実技に入っているの? それって凄くない?」
目を輝かせてジャスミンの説明を聞いていたニーカだったが、ペリエルの勉強の進み具合を聞いて驚きに目を見開いてそう言い、周りにいるシルフ達を見上げた。
ニーカの視線に気付いた何人ものシルフ達が笑顔で頷く。
『彼女とちょっだけ仲良くなれたの』
『でもまだまだ声が遠いの』
『もっと仲良くなりたい』
『でもまだまだ声が遠いの』
『残念残念』
『まだまだなの〜』
『これからなの〜〜』
笑ったシルフ達の言葉を聞いて、ニーカとジャスミンは顔を見合わせて苦笑いしていた。
彼女達の言う声が遠い、と言うのは精霊魔法の術を行使する人が本当の初心者である。と言う意味になる。
術を行使する人と精霊達との間に完全な信頼関係や友好関係が築けておらず、そもそもの術の行使や発動自体がまだ難しい状態である事を指す。
「まあ、実技に関しては間違いなく初心者なんだから声が遠いのは当然だけど、それでも下位の座学を全部終えたなんて、確かに凄いと思うわね。でも、当の本人は全然自信が無いらしくて、聞くところによると、本人の希望で下位の座学を改めて受け直しているんだって。教授達もそれは張り切って教えているみたいね。ディアも頑張って色々と教えているみたいよ。以前のニーカみたいに、今のペリエルは基本的にディアとずっと一緒にいるらしいからね」
「へえ、真面目なのね。そっか……普段のお勤めはディアが指導役なのね。じゃあディアも、私がいなくなっても寂しくなる間がなかっただろうね」
笑ったニーカの呟きに、ジャスミンも笑顔で頷いた。
「まあ、忙しくしているのは事実みたいね。でも、だからと言って寂しくないって事はないのではなくて? ニーカはどう?」
少しからかうような、それでも優しい声でそう言われてニーカは困ったように俯いて頷いた。
「神殿にいた頃に比べれば、ここでは考えられないくらいの贅沢をさせてもらっている。暖かい部屋で、こんな素敵なドレスを毎日着せてもらって、美味しい食事、お菓子だって食べきれないくらいにあって、いつでも好きな時にお茶もいただける。そりゃあ覚えなければいけない事は毎日山のようにあるし、色んなお勉強もどんどん難しくなっているわ。大変ではあるけどやり甲斐もあるし、頑張るって決めたんだからそれはいいの。でも、でもやっぱり寂しいわ。今はジャスミンがいてくれるから、一人ってわけじゃあないけど……でも、あの豪華な部屋で朝、目を覚ました時に、ああ、ここでは一人でいるのが基本なんだなあって思ったら、やっぱり寂しい。分かっていても、やっぱり寂しい……」
ニーカの最後は消えそうな呟きを聞いたジャスミンは、手を伸ばして俯いたままのニーカを背中からそっと抱きしめた。
「そうよね。一人はやっぱり寂しいよね。ディアの代わりには到底なれないだろうけど、ここには私がいるわ。私はニーカが本部に来てくれて嬉しい。ね。だから寂しいって思う夜があれば、遠慮なく枕を抱えて部屋に来てくれていいんだからね。そうだ! この間みたいに、内緒で夜の本部を探検するなんてどう? きっと楽しいと思うわよ」
ニーカを抱きしめたまま、言い聞かせるように小さな声で話しかけていたジャスミンだったが、最後の思いつきの部分は顔を上げたニーカと顔を見合わせて満面の笑みでそう言い、二人揃って思いっきり吹き出したのだった。
「いいわね。ぜひやりましょう! この間のあれ、面白かったものね!」
目を輝かせるニーカの言葉に、ジャスミンはもう一度吹き出してから何度も頷いていたのだった。




